狩猟大会の招待状

 フェリシアが公爵家で一緒に暮らすようになってから一か月。


 ようやく彼女も慣れてきたようで、今ではここの使用人達とも打ち解けてきた。

 うん、僕としてもすごく嬉しい。


 そして、僕はといえば。


「…………………………」

「……坊ちゃま、諦めが肝心ですぞ?」

「うるさい」


 そう……僕はモーリスが持ってきた手紙をヒラヒラさせながら、眉根を寄せている。


『王国主催の狩猟大会に参加されたし――マージアングル王国 国王 ヘンリー=オブ=マージアングル』


 この狩猟大会というのは、毎年恒例で行われている王国の行事の一つで、僕もブルックスバンク公爵家の代表として、前世の記憶を取り戻した八歳以降、毎年参加してはいる。


 だけど。


「ハア……アイツ等、絶対に会いたくない……」


 そう……当然ながら、王国主催だけに物語のヒーローであるあの二人・・・・も参加する。


 ――王太子、ニコラス=オブ=マージアングル。

 ――第二王子、ショーン=オブ=マージアングル。


 さすがにヒーローだけあって、まあイケメンである。

 ウェーブのかかったハニーブロンドの髪に黄金に輝く瞳、整った目鼻立ち。

 今はまだ十三歳と十二歳だからそうでもないが、王立学院に入学する頃には、二人共百八十センチ……いや、百九十センチに届きそうなほどの高身長になる。


 オマケにフェリシアと共にラスボスと戦う仕様のため、王太子は王国でも屈指の剣術の使い手で、第二王子も百発百中の弓の腕前であったりする。


 もしフェリシアが二人に出会ったりしたら……って、それはないか。

 そもそも、彼女を狩猟大会に連れて行くつもりは…………………………あ。


 そうだった。

 これ、本編に入る前の回想シーンで入れてたっけ。


 元々は、ギルバートがこの狩猟大会に婚約者としてフェリシアを連れて行って、散々けなした挙句、プレイステッド侯爵が連れてきた妹のソフィアに一目惚れしてしまうんだった。

 そして、姉のものは全部自分のものにしないと気が済まないソフィアも、姉にみじめな思いをさせるためにギルバートにちょっかいを出すんだったな。


 で、落ち込むフェリシアのことが印象に残った王太子と第二王子は、王立学院に入学した時に思い出し、そこからフェリシアとの関係が始まる、そんな設定だ。


 なのに、まさかフェリシアが公爵家に来た時にソフィアが一緒にいたものだから、すっかり失念していたなあ……。


「それで……フェリシア様はいかがなさいますか?」

「うむ……」


 モーリスの問い掛けに、僕は思わず唸る。

 正直言えば、そんな場所に彼女を連れて行ってヒーロー二人と接点を作るのは嫌だし、プレイステッド侯爵や妹のソフィアに会ってつらい思いをさせたくない。


 だけど、だからといって連れて行かなかったら、それはそれで婚約者であるフェリシアをないがしろにすることになってしまう。


「ハア……仕方ない。今夜にでも相談してみるか」

「ですな」


 溜息を吐く僕に、したり顔のモーリスが頷いた。


 ◇


「……ということなんです」


 その日の夕食後、僕はフェリシアを庭園に連れて、狩猟大会について話をした。

 彼女が参加したくないのであれば、連れて行くつもりはない。むしろ、そうなればいいのにとさえ思っている。


 でも、彼女が参加したいと言えば……その時は、仕方ない、か……。


 そう考えながら、僕はフェリシアの表情をうかがうと。


「そ、その……ギルバート様はどのように思われますか……?」

「あ、僕ですか……」


 ウーン……ここは、僕の素直な気持ちを伝えるか……。


「……狩猟大会には、当然ながらプレイステッド侯爵が参加します。そして、あなたの妹であるソフィア殿も。僕としては、あなたを苦しめた連中に会わせたくありません」

「はい……」


 僕の言葉に、フェリシアは唇を噛んでうつむいた。


「それと……情けない話ですが、実はこの国の王太子と第二王子も参加することになっていまして、その……あなたを合わせたくないな、と……」

「? それはどうしてですか?」

「……王子は二人共、何と言うか……顔がいいので……」


 うう……ああ、そうだよ。僕は王子にあなたを取られてしまうんじゃないかと、気が気じゃないんだよ。

 笑いたくば笑うがいいさ。モーリスには思い切り笑われたけどね。チクショウ。


 恥ずかしさのあまり、口を尖らせながら顔を背けていると。


「ふ、ふふ……!」


 ……やっぱりフェリシアにも笑われてしまった。


「大丈夫です……私は、あなた以外の殿方に心が惹かれるなんてことは、絶対にありませんから」

「あ……」


 そう言って、彼女は僕の手を握りしめる。

 でも、それって……。


「じゃ、じゃあ……」

「はい! 私も、是非ご一緒させてください! あなたの婚約者・・・として!」


 フェリシアは、咲き誇るような笑顔を見せてくれた。

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