フェリシアと買い出しへ

「くあ……」


 カーテンの隙間から差し込む太陽の光で目が覚めた僕は、大きく欠伸あくびをした。


 さてさて、今日は忙しいんだ。

 なにせ、行かなければいけないところがいくつもあるからね。


 ということで、僕は手早く身支度を済ませ、フェリシアの部屋へと向かう。


 すると。


「坊ちゃま、おはようございます」

「おはよう、アン。こんなところで何をしているんだ?」


 フェリシアの部屋の前にいたアンに、僕は不思議そうに尋ねた。


「そ、その……実は……」


 アンが、部屋の中にいるフェリシアのことについて説明してくれた。

 どうやら今は入浴をしているらしく、アンもお世話しようとしたらしいのだが、一人で入浴するといって聞かないらしい。


「……おそらくは、身体の傷やあざ、それに……あの傷跡・・・・を見られたくないのだと思います。そして、坊ちゃまにそのことを知られたくないのでしょう……」

「そうか……」


 ああ、本当に……今すぐプレイステッド家の連中を全員地獄に落としてやらないと気が済まない。

 でも、それを行うのはフェリシアだけの権利だ。

 もちろん、彼女が今すぐにと望むのであれば、僕は嬉々として連中に絶望を味わわせてやるんだが。


 とにかく、そういう事情なので僕とアンは部屋の前で談笑していると。


「お、終わりました……って、ギルバート様!?」

「フェリシア殿、おはようございます」


 入浴と着替えを済ませたフェリシアが、扉を開けて申し訳なさそうに現れたので、僕は笑顔で挨拶をした。

 彼女もまさか僕がいるとは思ってもみなかったらしく、驚いた表情を浮かべる。


「そ、その、おはようございます」

「うん。それで、よければ一緒に朝食をと思ったんだけど、どうかな?」

「はい。もちろん、ご一緒させていただきます」

「よかった。フェリシア殿、どうぞ」


 僕は右手を差し出すと、フェリシアがその細くて白い手を添える。

 初対面の時と比べ、スムーズに手を添えてくれるようになったから、僕と彼女の関係も前進した、と考えていいんだろうな。


 そして。


「ふわあああ……!」


 テーブルに並ぶ朝食を見て、フェリシアがサファイアの瞳をキラキラとさせる。

 あはは、昨日もそうだけど、彼女のこんな表情を見ると、美味しいものをもっと出したくなってしまうよ。


「さあ、食べよう」

「はい!」


 僕とフェリシアは隣同士並び、朝食を楽しむ……んだけど。


「フェリシア殿は痩せ過ぎですから、たくさん食べていただかないと」

「は、はい……ですが、ふわあああ……朝からこんなにすごい食事で、これは夢ではありませんよね……?」

「もちろんです。これから毎日、こんな朝食を食べてもらいますからね?」

「は、はい! はむ……っ! 美味しい!」


 満面の笑みを浮かべながら……そして、ほんの少し瞳に涙をたたえながら、フェリシアは食事を楽しんだ。

 僕も、そんな彼女を見ているだけで胸が一杯になる。


「そうだ。フェリシア殿にはもっと食べていただくために、毎日十五時におやつを食べていただきます。これは強制ですから」

「お、おやつですか……!」


 おやつという言葉を聞いた途端、サファイアの瞳をこれ以上ないほどに輝かせる。

 あはは、これはフェルシアのために専属パティシエでも雇おうかな。


「ご馳走様でした」


 その細い身体のどこに収まったのかと思ってしまうほど、フェリシアは料理の全てを平らげてしまった。

 その食べっぷりに、僕も思わず惚れ惚れしてしまう。もちろんうちの料理長も、そんな彼女を見て満足げだ。


「さて……食事も終えたことだし、少し落ち着いたら出掛けることにしましょう」

「? お出掛け、ですか?」


 首を傾げるフェリシアに、僕は頷いてみせた。

 そう……今日はこれで彼女を喜ばせるつもりだからね。


 ということで。


「それで……どちらに向かっているのですか?」

「あはは、着いてからのお楽しみです」


 馬車の中、おずおずと尋ねるフェリシアに、僕は笑いながらはぐらかす。

 やっぱり僕としても驚いてほしいから。


「お、着いたみたいですね」

「ここは……」

「はい、王都で一番のブティックです」


 そう……フェリシアの服は、妹のおさがりである一着しかない。

 ドレスにしても、昨日こちらで取り急ぎ用意したものだけだ。


「ですので、今日はあなたのドレスや普段着の服を仕立てようと思います。ただ、出来上がるまで少々時間がかかるでしょうから、既製品もいくつか買っておくほうがいいかと」

「あ……そ、そんな……」


 僕がそう告げると、フェリシアは遠慮がちに目を伏せた。

 まあ、彼女はこういったことはまだ・・未経験だからね。これからは、おいおい慣れてもらわないと。


「さあ、行きましょう」

「あ……!」


 僕は彼女の手を取って馬車から降ろすと、戸惑うフェリシアを少し強引にブティックの中へと引き入れた。


 すると。


「ようこそいらっしゃいました。小公爵様」


 一人の貴婦人が、店に入るなり恭しく一礼しながら出迎えてくれた。

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