そのトリックには穴がある

和久井 葉生

その男、要注意人物

 柱の陰に隠れ、何やら不審な動きをしている者がいる。

 通称『アケチ』本名は立花智明(たちばなともあき)。 


 名前の智明を逆にすると『明智』であることから、そう呼ばれるようになった。というよりも、本人がそう呼んでほしいと公言しているので、みんな仕方なくそう呼んでいる。


 この『アケチ』、主君にパワハラをされ謀反を起こしたのはいいけれど、誰も味方になってくれず三日天下で終わった明智光秀。


 ではなく、江戸川乱歩が生み出し、探偵でありながら変装を得意とし容姿端麗で頭脳明晰、小林少年を助手にして怪人二十面相と対峙する、スーパーマンのような明智小五郎のほうを意識しているようだ。


 けれどどう見ても、見た目は子ども、頭脳は大人『真実はいつもひとつ』って名言を口にする、小さくなった探偵――じゃない、その保護者のおじちゃんに近い。


 そんな彼の肩をポンポンと叩いた。


「うわぁっ!」 


 アケチは私が近づいてきた事にまったく気づいていなかったのか、予想以上に驚いた。


「な、な、何よ。そんなに驚いて、私の方がびっくりするじゃない」


「急に肩を叩かれたら、誰だってびっくりするだろ、っていうか、静かに」


 そう言ってアケチは私の腕を引っ張り、柱の陰に引きずりこんだ。


 思いもよらない急接近に、私の心臓はムダに暴れ出した。


バカがつくほどの推理好きで、単なる幼馴染だけど、肌のぬくもりを感じるほど近づいたというだけなのに、心臓が暴れ出した。暴れん坊将軍以上に暴れ出した。といっても、暴れん坊将軍がどれだけ暴れるかは全く知らないけれど、私の心臓は小さな胸を突き破って今にも飛び出してきそうな勢いで、ドックン、ドックン暴れている。


 けれど私の心臓のことなんてお構いなしに、アケチが小声でささやく。


「今日こそは絶対に捕まえてやる。助手である小林くんがこの場にいるのは心強い」


 その言葉を聞いた途端、私の心臓は嘘のように静かになった。それこそ止まったんじゃないかってくらい静かになった。


 代わりに頭が爆発を起こした。戦隊ヒーローが変身を終えてポーズを決めた時、背後でものすごい勢いで爆発するくらいのやつ。爆薬を惜しまないほどの大爆発だ。


「はぁ? もう一回言ってみ。誰がこの場にいるって? あぁ?」


「す……すみません、間違えました。く、苦しいので、離していただけますでしょうか、莉子(りこ)さん」


 気づけばアケチのむなぐらを掴んでいた。


「立花くん。私が『小林くん』って言われるのが、どのくらいイヤかって、よ~く知っていますよね?」


 アケチは悲哀に満ちた瞳を向けてきたけれど、そんな目で見たって私の怒りはおさまらない。


「もったいないなぁ~、せっかく小林っていう特別な苗字を授かったっていうのに、なんでそんなにイヤがるかな」


 『小林』が悪いわけじゃない。むしろ『小林』にはいっさい罪はない。


 でも、全国の小林さんには申し訳ないけれど、私は小林っていう苗字が大嫌いだ。


 綾小路とか伊集院とかが良いってわけじゃない。小林でなければ鈴木でも佐藤でも塩でも胡椒でも……ってこれは言いすぎだけど、小林以外ならなんでもいい。


 どうせなら私だって明智が良かった。明智がダメなら、『じっちゃんの名にかけて』って方でもいい。


 ホントのところ、『小林』が気に入らないわけじゃない。ことさらアケチに小林くん呼ばわりされるのがイヤなだけ。だって、『助手感』が半端ないんだもん。


「なんならあんたの事、ワトソンくんって呼ぶよ。どちらかといえば、小五郎のおじちゃんの方がお似合いだと思うけど?」


「……それだけは勘弁してください」


 お代官さまぁ~って、言葉が続きそうなセリフを吐くアケチ。


怒りはおさまらないけれど、アケチが捨てられた子犬のような目で私を見つめるので、仕方なく解放した。


「こんな所で何してんの? 明らかに不審人物だよ」


 解放しながらそう尋ねると、アケチの目が捨てられた子犬から、飼い犬がご主人を見つけたような活き活きとした目になった。


「僕の靴をイタズラする不届き者がいるんだ」


静かな、それでいて低い声で言った。まるで『これは密室トリックだ!』とでも言っているかのような言い方にいささかうんざりしながらも、少しだけ興味を惹かれてしまう。


 でも悔しいから、できるだけ興味がない素振りを見せる。


「あんたの靴をイタズラして何が楽しいのよ」


「これは僕に対する犯人からの挑戦状だ」


 大仰に言い放つと、アケチは再び柱の陰から下駄箱のほうを見つめた。


「そんなところで何イチャイチャしてんだ?」


 背後から突然声をかけられ、反射的に振り向くと、そこにはまぶしいほどに超絶イケメンの神津蓮(かみつれん)がいた。


「イチャイチャなんかしてないッ!」


「イチャイチャなんかしてないわよっ!」


 私とアケチは、ほぼ同時に同じ言葉を吐き出した。まるで狂犬にでも吠えられたかのように驚いた蓮くん。でも、驚いた顔さえかっこいい蓮くんが首を捻る。


「そうか? イチャイチャしているようにしか見えないけど……じゃあ、こんなところで何をしてるんだ?」


 アケチは相も変わらず臨戦態勢で、口元に人差し指を当てながら小声で答える。


「シー……静かに。今日こそは、犯人をとっ捕まえてやるんだから邪魔するな」


 答えにならない答えに戸惑う蓮くんは、救いを求める様に私をみた。


「アケチの靴をイタズラするモノ好きがいるらしいわよ」


 私の答えに、蓮くんが意外そうに目を丸くした。


「マジか……アケチにちょっかいを出すなんて、そんな酔狂な奴がいるんだな」


 私と同じくらいアケチの事をよく知る蓮くんが、半ば感心するようにつぶやいた。


 それもそのはず、アケチは探偵モードにスイッチが入ると、かなり面倒くさいヤツになるからだ。


 海で泳いだ後に、砂がついた水着を洗う以上に面倒くさい。海水浴は遊んでいるときは楽しいから、どれだけ水着が砂だらけになっても体がベタベタになっても海に行きたくなる。


 でも、アケチにちょっかいを出しても何ひとつ楽しいことはない。ただただ面倒くさいだけだ。アケチは無類の探偵好き、みんなに自分のことを『アケチ』と呼ばせているあたり、かなりイタいヤツだ。誰も興味を持たない事柄を、事件だ、謎だ、と騒ぎ立てては周りを巻き込んでかき回す。


 この間も、冷蔵庫に入っていたプリンが無くなったと大騒ぎして、隣接している私の家に上がり込んで冷蔵庫を勝手に探索していた。でもあえなくアケチのお母さんに見つかってめちゃくちゃ怒られていたっけ。


 プリンはアケチのお母さんが、いつもアケチの面倒をみている私にってプレゼントしてくれたものだった。せっかくだからアケチと一緒に食べようと思っていたけど、頭にきたからアケチの目の前でこれ見よがしに食べてやった。


 そんなこんなで何でもかんでも『謎だ、事件だ』と騒ぎ立てるアケチに、あえて寝た子を起こす真似は誰もしない。


「で、その酔狂野郎は、どんなちょっかいを出したんだ?」


 蓮くんが疑問を口にした。そういえば、それは私も聞いていない。アケチを見ると、怒りに顔を歪ませた。


「僕の靴を移動させる不届き者がいる」


 いまいち理解に苦しむアケチの言葉に、蓮くんが再び質問した。


「どういうことだ?」


「僕の靴を一段上へ移動させるんだ。ご丁寧に上履きもだ」


「ん?」


 蓮くんが首を傾げた。すかさずアケチが蓮くんに詰め寄る。


「どうした蓮。怪しいヤツを見かけたか? まさか犯人を知っているとか?」


「いや……」


 蓮くんは否定しながらも心当たりがあるのか、何やら考えている素振りを見せた。


「お前、犯人を知っているな? 変に庇い立てをすると、犯人隠避の罪に問われるんだぞ。正直に話せ。いくら親友でも僕は容赦しないぞ」


 刑事か。サスペンスドラマに出てくる人情に厚い刑事か。


 思わずそう突っ込みたくなるけれど、それはガマン。でも黙っているつもりはない。


「ちょっと、大げさすぎない? たかだか上履きを移動させたくらいでしょ。可愛いイタズラじゃない」


「大げさなもんかッ! 一回や二回の話じゃない。入学してからずっとだぞ。それも毎日欠かさずだ。可愛いイタズラ? これはイタズラの範疇を超えている。立派な嫌がらせだッ!」


 今にも蓮くんのむなぐらを掴みそうな勢いのアケチを宥めたつもりだったけれど、それは逆効果だったみたいで、余計にアケチの神経を逆なでしてしまったようだ。


 アケチは唾を飛ばさんばかりの勢いで、私に言い返してきた。


 入学してからずっと、それも毎日欠かさずイタズラされれば、そりゃあ、アケチじゃなくても怒るのも無理はない。


 長い年月、土の中で暮らしていたセミも、そろそろ出番だと這い上がってくる時期。


 私もセミほどじゃないけれど、受験生という辛く苦しい時を経て、ようやく輝かしい高校生となって早や三ヶ月。よくもまあ、三ヶ月も我慢したね。


 思わず感心してしまったけれど、蓮くんはそう思わなかったみたい。


「お前さぁ~、下駄箱の使い方わかってる?」


 蓮くんがトンチンカンの質問をした。


「僕を馬鹿にしているのか?」


 アケチが目を吊り上げた。そりゃあ、仕方ない。下駄箱の使い方は幼稚園生でも知っている。それを高校一年生に聞けば誰だって怒る。


 けれど、蓮くんは至極まじめにアケチに聞いている。何か意味があるに違いない。


「アケチ、あんたの出席番号って何番?」


「二十四番だが……おい、何をする気だ? ちょっと待て、今犯人を待ち構えて……」


 私は制止するアケチを無視して下駄箱へと向かった。


 現場百遍。実際に見てみなきゃ分からないことは山ほどある。下駄箱を見れば、蓮くんが言わんとしていることがきっと分かるはず。


 一年F組の下駄箱で二十四番と記された場所を見た。


 なるほど。


 百聞は一見に如かず。一目瞭然、明々白々、簡単明瞭、先人たちはよく言ったものだ。見れば納得。蓮くんの言いたいことが、よぉ~く分かった。


 私はアケチを手招きした。アケチは面白くない顔をしているけれど、素直に私の招集に応じる。ふてくされて歩くアケチの後ろから蓮くんがついてくる。


 まるで連行される犯人みたい。当然アケチが犯人だけど……。二人が私のところに来た。


「蓮くんの出席番号って十七番?」


 私は犯人を連行してきた刑事に……もとい、後ろを歩いてきた蓮くんに尋ねると、蓮くんは黙って頷いた。


 それを見て、私は蓮くんと同じ質問をアケチにぶつけた。


「アケチ、下駄箱の使い方知ってる?」


 当然アケチは怒る。


「莉子まで僕をバカにするのかッ! さっき、小林くんって呼んだからその仕返しか?」


 小林くんって呼ばれたのは腹が立ったけれど、仕返しするならもっと別の方法で……というのは飲み込んだ。興奮するアケチに、私は冷静に質問を重ねる。


「アケチの下駄箱はどこ?」


 バカなことを聞くな、と言いたげな顔をしながらも質問に素直に答えてくれた。アケチは二十四番と書かれた、ナンバープレートの下にある空っぽの下駄箱を指さした。


 やっぱり。不確かだった自分の考えが、確信へと変わった瞬間だった。


 蓮くんは呆れたようにため息を漏らし、アケチひとりがチンプンカンプンという顔をしている。


「靴や上履きを戻したのは、蓮くんだよね」


 全く予想していなかったのか、アケチは私の言葉にひどく驚いた顔で蓮くんを見た。蓮くんはといえば、いたって冷静に頷いた。


「そんな……蓮……僕はお前のことを親友だと思っていたのに」


 ひどくショックを受けたのか、アケチは崩れ落ちる様にその場に膝をついた。


「いやいやいやいや、そんなショックを受けることじゃないから」


「親友に裏切られたんだぞ。ショックを受けるだろ、普通」


「裏切られるも何も、そもそもこれは事件でもイジメでもイタズラでもないから」


 これはアケチの勘違いと、蓮くんの優しさが絡み合って……そもそもアケチが悪いんだけど……すべてはアケチの間違いが引き起こしたこと。蓮くんもひと言アケチに『下駄箱の使い方が間違っているぞ』って言ってくれていれば、こんな事にはならなかったんだけどね。


 三ヶ月も様子をうかがっていたアケチもアケチだけど、三ヶ月も入れなおしていた蓮くんも相当根気強いというか我慢強いというか、しぶとい。素直に教えてあげていればこんな面倒くさいことにはならなかったのに……。


「アケチさぁ、あんたの下駄箱はここだから」


 そう言って、私は二十四番と書かれたナンバープレートの上の下駄箱を指さした。


  そこにはきちんとアケチの靴が収められている。多少くたばってはいるけれど、それはアケチが酷使しているからに他ならない。なんの脅威にもさらされていないアケチの靴は、のほほんとお行儀よく下駄箱に納まっている。


 それに比べて隣の蓮くんの下駄箱といえば、あふれんばかりにかわいい封筒が入っている。靴を取り出すのがひと苦労だ。


蓮くんの下駄箱に比べれば、アケチの下駄箱は淋しいくらいに何もない。と、これは蓮くんの方が例外になるのだけれど。アケチの下駄箱は至って普通だ。


 単に、アケチが下駄箱の位置を勘違いしていただけ。そう、アケチの下駄箱は蓮くんの隣で、下から二番目だ。何故かこの学校では、一番下の下駄箱は使わないようにしてある。それが謎と言えば謎だ。


 アケチよ、どうせならそっちの謎に食いついてくれ。


 謎ではあるけれど、とにかく一番下の下駄箱は常にカラでなくてはならない。 本来なら、アケチはナンバープレートの上の段を使うはずが、間違えて下の段を使っていただけの事。


 それに気づいた蓮くんが親切にも本来の下駄箱に入れなおしていた、というのが真相だ。


 三か月間も靴を入れなおしていた蓮くんにも驚きだけど、自分の下駄箱が間違っていることに気付かないアケチもアケチだ。


 自称探偵を気取るなら、そのくらいの洞察力はあって然り。一番下の下駄箱は不使用ということくらい気づけよ! っていうか、普通は気付く。探偵を気取っていなくても気付く。


 人騒がせな下駄箱事件……事件とういうほどのことでもないけれど……は無事解決、ということで解散。


 うなだれるアケチを放って、私は自分の下駄箱から靴を取り出そうとした。


 その時、親友の姿を見つけた。


「聖来(せいら)!」


「エッ!」


 私が聖来を呼び止めると、何故か蓮くんが驚いたように声を上げた。


 むふふふふふふふふ……。


 私は知っている、蓮くんは水町聖来(みずまちせいら)のことが好きってことを。


 わかるよ。聖来はかわいいもん。女の私から見てもめっちゃキュートだもん。黒くて長い髪はサラサラだし、色は白いし、パッチリとした大きな瞳で見つめられたら、そりゃ、ときめいちゃうよね。ドキドキしちゃうよね。蓮くんが惚れるのも分かる。私が男だったら間違いなく惚れているよ。


 そんな天使のような聖来が、手を振る私に気付いて近づいてきた。


 すると、蓮くんが急にソワソワしだした。超絶イケメンで女の子には事欠かない蓮くんが、好きな女の子の前ではタジタジなんて可愛いかも。


「莉子。今日はもう帰るの?」


「うん。聖来はこれから部活?」


尋ねると、聖来は首を振った。


「ううん。今日は休み。私も帰るから一緒に帰ろう。ってか、あんたのダンナどうした?」


「ダンナじゃないから!」


 全力で否定する。私とアケチは単なる幼馴染。それを、聖来は時々茶化す。


「はいはい、で、どうした? 全力で戦いつくしたボクサーみたいに廃人になっているよ」


うなだれるアケチを見て、私に聞いてきた。


「いちいち大げさなんだよね。単に三ケ月間下駄箱の使い方を間違えていたってだけなんだけどね、それを事件だ! 謎だ! って騒いでいたから、私が木っ端みじんに砕いてやったのさ」


「なるほど、あんたも大変だね」


「蓮くんも被害者の一人、だよね?」


「そうなの?」


 聖来が窺うように聞くと、


「えっ!」


 話しかけられると思っていなかったのか、蓮くんはものすごく驚いて声が裏返った。


 コホンと咳払いをすると、蓮くんは少しすました顔をする。


 それが尚更いじらくって、チョット意地悪したくなる。


「お、俺は別に……じゃ、俺帰るから」


 そう言うと、蓮くんはそそくさと踵を返したので、急いで腕を掴み引き留める。


「ちょっと待った。アケチを回収してってよ」


「なんで、俺なんだよ。莉子の家はアケチの隣なんだから、莉子が回収していけよ」


 責任の押し付けあいをしているように聞こえるこの会話。


 本人が近くにいても、まったく聞いていないから良しとする。


「え~ヤダよ。テンション高いアケチも面倒くさいけど、テンション低いアケチはもっと面倒くさいんだもん。それに、私は聖来と帰るし……」


 そう話している途中でいい案を思いついた。


「蓮くんも一緒に帰ってくれるなら、アケチ回収しま~す」


「えっ!」


 本日二度目の裏返り。コホンと咳払いでごまかすのもさっきと一緒だ。

 すると、聖来が割って入った。


「どっちでもいいけど、私ちょっと美術室にスケッチブック取りに行ってくるから、それまでに話つけといて」


 それだけ言うと、聖来は美術室へと行ってしまった。


 聖来がいってしまうと、少しだけ寂しそうな顔をする蓮くん。けれど、しぶしぶというスタンスを崩さず、蓮くんはこちらの提案に乗ってくれた。


「四人で一緒に帰るなら、アケチを回収するのを手伝うよ」


「うん、じゃあ、四人で帰ろ」


 蓮くんは聖来というニンジンにまんまとかぶりついた。


 話はすぐについたけれど、すぐに戻ってくると思っていた聖来が、なかなか戻ってこない。


「遅くないか?」


 蓮くんが心配そうに、時計を見た。


 確かに。『ちょっと』はせいぜい二・三分、五分までが許容範囲。でも、すでに十五分は経過している。何かあったのかな。


「事件の臭いがする」


 今の今まで廃人だった男が、ゾンビとなって復活した。もとい、廃人と化していたアケチが、水を得た魚のように目を爛々と輝かせていた。


 何やらアケチのポンコツ探偵アンテナが、何かのレーダーを察知したらしい。


 この先、テンションが高くて面倒くさいアケチに、振り回されるのが決定した瞬間だった。


 蓮くんと二人同時に大きなため息を漏らしたのは、言うまでもない。


 アケチは先陣を切って美術室へと向かう。その後ろを私と蓮くんがついていく。

けれど、先ほどから何やら視線が痛い。


 蓮くんの隣を歩いている私のことが気に入らないのか、鋭いまなざしで私のことを睨んでくる人たちがいた。


 蓮くんは超絶イケメンで背が高くて、成績優秀なうえに運動神経も抜群。モテないわけがない。そんなモテモテの蓮くんの隣を、私みたいな冴えない女の子が歩いていればそりゃあ、面白くないのは理解できる。でも、ただ隣を歩いているだけなのに、嫉妬に燃えた視線を投げられても困る。それに、そんな熱烈な視線を送ったところで、蓮くんの心には、すでにひとりの女の子でいっぱいなんだから無駄ですよ。


 むふふふふふ……。


 とはいえ、この視線は痛すぎる。これを無視できるほど私の神経は太くない。少しだけ歩くテンポをずらして、蓮くんの後ろを歩くようにした。 


すると、少し遅れて歩く私に蓮くんが振り返って首をかしげた。


「どうした? 腹でも減ったのか?」


 なぜそうなる。長い付き合いだから仕方ないけれど、普通そこは『どうした? 具合が悪いのか?』じゃない? 蓮くんは頭がいい割には、女心には疎いみたい。


「あのさ、蓮くんいい加減自分がモテるって事、自覚してくれないかな」


「……?」


 子犬のような目で首をかしげるその仕草。ズルい。無意識だからホントたちが悪い。


 そんな目で女の子を見つめたら瞬殺ですよ。心臓破裂でキュン死ですよ。


 思わず恨みがましく睨みつける私に、蓮くんは更に首を捻る。


「さっきから、女の子たちの視線がめちゃくちゃ刺さってきているのに気付かない?」


 言われて周りをキョロキョロする蓮くん。


 恥ずかしさのあまりサッと姿を隠す子、少しでも認知してもらいたくて笑顔で手を振る子と反応は様々だけど、蓮くんは自分に視線が集中していたことに、全く気づいていない様子だ。


 ふと疑問が浮かんだ。


「蓮くんさ、自分がものすご~くモテるって気が付いている?」


 すると蓮くんは驚いたように目を見開いた。


「俺が? モテる? 笑えない冗談言うのはやめてくれ」


 いや、それこっちのセリフだから! 蓮くんはカッコいいんです。成長するに従いほんとカッコよく成長しました。半分アケチに分けてあげてほしいくらい。


「下駄箱にいっぱい手紙入っていたよね」


「ああ、あれかホント迷惑してんだよ。俺の下駄箱をゴミ箱だと勘違いしているやつらがいるんだ」


「……」


 蓮くんの言葉に、私はマリアナ海溝よりも深ーいため息をついた。


 この時、長年の謎がついに解けた。蓮くんが、どうして人に迷惑ばかりかけるアケチと仲がいいのか。単なる幼馴染だけではアケチとは付き合えない。それなのに長年連れ添っていられるのは、ひとえに鈍感だからに尽きる。そうじゃなきゃアケチと友だち付き合いなんて無理。マジで無理!


 私がアケチの面倒を見ているのは、会うたびにアケチのお母さんに泣いて頼まれるからだし。そういえば、この前蓮くんも、『智明の事見捨てないでやってね』って、おばさんにしがみついてお願いされていたっけ。


 私と蓮くんは小学校からの付き合いで、言わば同志のわけだけれど、ホントこの鈍感さは何なんだろう。でも、この鈍感さも蓮くんの魅力の一つでもあるんだけどね。


 思いを込めて一生懸命書いたラブレターをゴミだと思われていたなんて、ちょっと……いや、かなり悲しい。これは、ここだけの話にしておこう。


「蓮くん、それゴミじゃないから」


「え? ゴミじゃないのか?」


 連くんは心底驚いたように目を見開いた。


 ゴミのわけがないじゃん。よく見てよ。花柄やハート柄の封筒だよ。どうしてそれがゴミなわけ? どんだけ鈍いのよ。っていうか、これまでラブレターって見たことがないの? これだけモテてそれはないよね。ならわかるはずなんだけどな、普通。


「ゴミじゃないから捨てないで」


「……うん、わかった。ゴミじゃないのか、そうか……なら、アケチへの依頼か?」


 何故そうなるっ! いつから蓮くんはアケチの窓口になった? っていうか、そもそもアケチに依頼は来ない。絶対ない。うちのおじいちゃんの頭に毛が生えるくらいありえない事だからッ!


「お願いだから、読んで。読めばわかるから」


「……読めばわかるのか? そうか……」


「そうだよ! だから、絶対捨てないで! わかった?」


「…お、おう、わかった。次から捨てずにちゃんと読む」


 力説する私に蓮くんは若干引き気味に頷いた。


そんなこんなで美術室についた私たちだけど、美術室が何やら騒がしい。めずらしくポンコツ探偵アンテナが正常に作動したらしい。蓮くんもそう思ったらしく、二人して顔を見合わせた。


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