君に振り向いてほしいから

加藤巳紀

第1話 君に振り向いてほしいから

僕は勉強が苦手。運動も苦手。歌も上手くないし、絵だってへたっぴ。

じゃあ顔は?見た目は良いのかな?いいや、顔もぜんぜんカッコよくない。

残念だけどこんな男子に振り向いてくれる女の子はいないよ。悲しいけど。


でもね、僕にだってちゃんといるんだ。振り向いてほしい子が。


その子は僕の斜め前の席に座っている。今日もしっかり授業を聞いて、板書をノートに書き写している。たぶん、きれいな字で。


「じゃあみんな、復習問題出しますよ。昨日『大化たいか改新かいしん』を習いましたね?では、ここで問題。この大化の改新をげた中大兄皇子なかのおおえのおうじを手伝った重要人物は誰でしょう?わかる人!」


きたっ。僕の出番だ。


「はい!はいはーい!」

「ではつばさくん、どうぞ!」

「はい!中臣なかとみかたまり!でしょ⁈」

–あはははははっ−

「ちょっと違うんだよなぁ、俊くん、ヒント出してあげて」

「翼、『かたまり』じゃないって!」

「あれぇ、なかとみの…かま、そうだ鎌足かまたりだ!」

「正解!もう、先生が昨日『かたまりじゃないよ』ってちゃんと教えたでしょ?」

「へへへ、うっかりミスですね」

–あははははっ−

「意外と間違えちゃうから、みんな気をつけましょうね」


僕はよくこうやって積極的に発言しては間違えて、みんなを笑わせる。僕はこのクラスの黒板消し係だけど、勝手にお笑い係もつとめている。人を笑わせることは好き。特に君が笑ってくれるのは本当に好きなんだ。


僕が間違えた解答をするとき、君は必ず僕の方を向いてくれる。優しい瞳がほほえんでいる。今はコロナのせいでマスクをしているから口元が見れないけど、たぶん口元もほほえんでいるかな?


そして授業が終わったら話しかけてくれるんだ。

「翼くん」

「あっ、沙弥香さやかちゃん」

菊池きくち沙弥香さやかちゃん。この子が僕の振り向いてほしい子だ。

「『かまたり』と『かたまり』ってすごく似てて間違えちゃうよね」

「う、うん。なんかダサい間違え方したからちょっと恥ずかしいけどね、へへ」

僕は頭をかきながら視線を逸らした。気になる子の前で間違えるのは恥ずかしいと思う反面、間違えることによってその子と話せるといううれしい気持ちが僕にこういう仕草をさせるのだろうな。

「ダサくなんかないよ。いつも授業で発言してすごいと思うよ」

「そうかなぁ、でも僕、間違えてばっかだよ?」

「んー、でも翼くんが間違えることでもう一回確認することができたりするから、沙弥香的には助かってるんだよね」

「えっ、そうなの?」

僕は少しビックリした。沙弥香ちゃんは学年の中でもすごく優秀な子だし、中学受験をするから塾にも通って毎日お勉強を頑張っていると聞いている。そんな子が「僕の間違えが助かってる」なんて言うとは思いもしなかった。

「うん、それに翼くんの発言のおかげで授業が楽しくなるし。やっぱ翼くんって面白いよね」

「ほんと⁈その言葉すごいうれしいな」

僕は素直すなおに喜んだ。められたら素直に喜んだ方がいい、そう誰かに教わったから褒められたら必ず喜ぶようにしている。

「面白い」は僕にとって最高の褒め言葉だ。僕は頭が悪いから「頭が良いね」なんて言われることはないし、スポーツができなくて、イケメンじゃないから「カッコいい」なんて言われることもない。だから「面白い」と言われることが何よりもうれしいんだ。それにそう言われると勇気がく。自信が持てる。僕には人を笑顔にする力があるんじゃないかって。



そうは言うものの、僕だって男だ。たまには女の子に黄色い声援をかけてほしいし、カッコいいとこだって見してやりたい。特に沙弥香ちゃんには。

だから僕には勝手にライバル視している男子がいるんだ。佐藤さとうしゅんっていう、頭脳ずのう明晰めいせき、スポーツ万能ばんのう、イケメンのモテる要素の三拍子さんびょうしそろっている子が僕と同じクラスにいる。俊くんは去年東京から引っ越して来て、群馬の片田舎かたいなかにあるこの学校に転校してきた。

初めて俊くんを見た時、「これが都会男子か」って思った。そして初めて俊くんと一緒に体育の授業を受けた時、「これが都会男子か」って思った。そして初めて俊くんの成績を知った時、「これが都会男子か」って思った。とにかく嫉妬心しっとしんしか湧かなかったんだ。僕とは正反対の子で、僕の理想が全て詰まっている子だから。こういう男子に僕だってなりたいよ、でも…僕じゃなれない。どうせ沙弥香ちゃんだって、バカな男よりかしこい男の方がいいに決まっている。運動音痴うんどうおんちな男より運動神経が良い男の方がいいに決まってる。ブスよりイケメンの方がいいに決まってるよ。ゼッタイ。

だから僕は俊くんをライバル視しつつも、お手本にしているんだ。だって、「面白い」に「カッコいい」がプラスされたら、僕って最強でしょ?


次は体育の時間で跳び箱をやるんだ。頑張って俊くんと同じ段数を跳んでやろう。そうすれば沙弥香ちゃんは僕のこと「カッコいい」って思ってくれるはず。


先生は僕を含めた運動音痴勢にひと通りの説明と見本を見せ終えると、すぐに運動神経抜群勢の方に行った。たぶん段数が多くて、もしも何かがあった時すぐに助けることができるようにするためだろう。


「はい、じゃあ次跳ぶ子は?俊くんだね」

「はい!いきまーす!」

–タタタタッ、ダーンッ!–

俊くんが跳んだ。

–ダンッ!–

着地成功。先生の補助をひとつも借りずに。

俊くんが着地を決めた途端とたん、クラスの女子から黄色い声援が湧き起こる。

「俊くんすごい!」「こんな高いのよく跳べるね!」

もちろんこの声の中に沙弥香ちゃんの声も混じっているのだろう。ちゃんと聞き取ることはできないけれどね。でも混じっているに違いないよ。だって女の子はみんな運動できる男子が好きに決まっているから。


それにしても一体何段跳んだんだろう?ちょっと数えてみるか。いち、に、さん、し、ご、ろく、しち、は…、いやいや、そんなわけない。もう一回数えてみようか。いち、に、さん、し、ご、ろく、しち、は…ち、八段⁈嘘でしょ⁈僕まだ三段を跳んで、四段に挑戦しようと思っているところだよ?僕は一体どんな子と勝負しようとしているんだ。頑張ったって俊くんと同じ段数を跳べるわけがない。俊くんを勝手にライバル視している自分が恥ずかしくてしょうがない。無駄な対抗心たいこうしんを燃やすのはやめよう。かなうわけがないんだから。


でも待てよ。僕がここで、みんなの前で八段に挑戦したら沙弥香ちゃんは絶対に見てくれるはず。そして失敗すれば、また「面白い」って言ってくれるかな?僕の失敗は沙弥香ちゃんの助けになるはずだから、チャレンジしてみるか。


「せんせー!」

「どうしたの?翼くん」

「僕も八段に挑戦してみたいです!」

「まだ翼くんには早いと思うけどな。今何段跳べるの?」

「今三段成功して、次四段です!」

–ふっ、ははは–

運動神経抜群勢が吹き出すように笑う。おそらく無謀むぼうともいえるこの挑戦がおかしくてたまらないのだろう。

流石さすがに今四段挑戦中の子に八段をやらせるわけにはいかないな。せめて五段にしなさい」

「えー、八段がやりたいんですけどぉ」

「ダメです!八段なんかやったら絶対ケガするからダメ。じゃあ俊くん、この跳び箱五段にしてくれる?」

「あっ、はい。翼もちょっと手伝って、お前が跳ぶんだから」

「ちぇっ。わかったよ」

僕には八段に挑戦することすらできないってことはなんとなく予想していたけど、面白くなればなんだっていい。おそらく五段だって途中でお尻をついて失敗するはず。でもこの失敗が面白くて、沙弥香ちゃんの助けになるんだったら文句なしだ。

「せんせー、積み終わりました」

「じゃあみんなで翼くんを応援しましょうか!」

–頑張れー!–


なんだろうこの気持ち。こんなにも多くの人から応援されると、できないって思っていたことでも、できてしまうような気がする。

みんなの前で成功させたら、八段じゃなくても絶対カッコいいよね?沙弥香ちゃんも絶対そう思ってくれるよね?


塩野しおの翼、いきまーす!」

–タタタタッ、ダンッ–

僕は勢いよく跳んだ。みんなの応援のおかげか、自分でも驚くくらいのパワーが出た。

いける、これならカッコよくなれる。

だけど…


–タンッ–

手をつく位置が完全におかしかった。

「うわぁー!」

勢いがありすぎたせいで、跳び箱の先端ギリギリに手をつき、そのまま前に顔から落ちた。それだけならまだ良かったが次の瞬間…

–危ない!–

僕が手をつく位置を間違え、跳び箱への体重のかかり方が悪かったせいか、一番上の跳び箱が崩れ落ちた。


「翼くん!」

すぐに先生が駆けつけて、崩れ落ちた跳び箱をどかしてくれた。

「翼くん!大丈夫⁉︎」

「う、うん…」

幸いにも、跳び箱は僕の上には落っこちてこなかったから大怪我おおけがをすることはなかったけど、やっぱり顔面から落ちたのは流石に痛かった。

けど面白かったかな?沙弥香ちゃんはまた僕の失敗が助かるって言ってくれるかな?

でもなんでだろう。みんなのいつもの笑い声がひとつも聞こえない。


「保健係さん、こっち来て翼くんを保健室に連れてってくれる?」

先生の合図で保健係である沙弥香ちゃんが僕のところに来てくれた。

「翼くん、大丈夫?立てる?」

「うん、ちょっと痛いけど大丈夫だよ、へへ」

沙弥香ちゃんの前だと少しカッコつけて強がってしまった。ほんとはちょっとじゃなくて、普通に痛いのに。

「ほんとに大丈夫?顔、れてる気がするけど」

「え?腫れてる?」

沙弥香ちゃんに顔をじっと見られて恥ずかしかったせいか、余計に顔を赤らめていたのかもしれない。

「うん。早く保健室に行って先生にてもらおうよ」

そう言って沙弥香ちゃんは僕の手を取り、ゆっくりとしたペースで、僕を保健室に連れて行ってくれた。


保健室に着いて、保健室の先生に診てもらうと、先生は僕に「打撲だぼくだね」と告げた。そしてそのまま僕にアイスパックを渡してきて、「これで冷やしときな」と言った。


沙弥香ちゃんは僕が顔を冷やしている最中も、体育館には戻らず、僕のそばにいてくれた。だけどその間の沙弥香ちゃんの表情はずっと暗かった。

「ねぇ、沙弥香ちゃん」

「なに?」

「なんか暗くない?元気ないの?」

「…ねぇ翼くん」

「ん?」

「なんであんな無茶をしたの?」

「んー、なんか俊くんがすごくカッコよかったから、僕も真似したかったんだ」

「確かに俊くんは運動神経が良くてカッコいいよ、」

やっぱり運動神経抜群男子はモテるんだな。わかっていたけど、なんか悔しい。

「でも、人にはできることとできないことがあるじゃん。翼くんは運動が苦手でも、面白くてすごく良いって沙弥香は思ってるよ」

え?じゃああれは面白いって思ってくれたのかな?

「じゃあ、あの顔から落ちたの面白いって思ってくれた?」

「あんなの面白くないよ!」

僕はビックリした。沙弥香ちゃんってこんな大きな声出るんだ。

「あーやってケガをするようなことをして面白いって思うわけないじゃん。むしろ心配しかしなかったよ。だからもう、あーいうのはやめてほしい」

僕はこの時初めて理解した。笑えないお笑いもあるんだって。自分がケガをして人を笑わせることはできないみたいだ。笑わせるどころかむしろ心配させてしまう。暗くさせてしまう。

「沙弥香ちゃん、ごめんね。もうやらない」

僕は固く決意した。一番笑ってほしい人を心配させ、暗くさせてしまうのなら、僕は自分がケガをする笑いは取らないと。

「次やったらもう保健室連れてこないからね」

「うん!もうケガするようなことはしないって約束する!」



それから僕は俊くんに対抗心を燃やすのはやめて、自分にできることに精一杯頑張った。無茶はしないと沙弥香ちゃんと約束したからね。


沙弥香ちゃん!これからもたくさん発言して、おバカな発言して笑わせるよ!

だっていつでも君に振り向いてほしいから。

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君に振り向いてほしいから 加藤巳紀 @Takanoha13

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