第104話 裏庭の邂逅

 ジュダが自分の部屋で打ちひしがれていることなど露知らず、アンジェリーナは、裏庭のベンチに座り込んでいた。


 クリスに謝るんだ、なんて決意して森を出たはいいものの、いざとなると決心が鈍って――結局未だ城に入れず。


「ここにいたのですか」


 柱の陰からひょこっと、クリスの顔がのぞいていた。


「げっ、クリス!」

「げ?」


 二人の間に沈黙が走る。


“げっ”、じゃないでしょう!?


 アンジェリーナは即後悔し、頭を抱えた。


「アンジェリーナさ――」

「ごめんなさい!」


 クリスの言葉を制して、アンジェリーナはすっと立ち上がり、勢いよく頭を下げた。


「さっきは本当に取り乱してしまって多大なる迷惑を。あれは、何ていうかクリスに非は無くて、完全な八つ当たりというか――ともかく、本当にすみませんでした!」

「いいんですよ、もう」


 クリスの優しい声が上から響く。


「こちらこそ配慮が足りず申し訳ありませんでした。何やら剣のことでお悩みだったようで」

「――え?」


 そこでアンジェリーナはピタッと止まった。


 クリスにはそのこと話していないはず。

 というか、誰にも話していないはず。

 私とジュダしか知らない、知らな――。


「ジュダか!」


 アンジェリーナはばっと顔を上げた。


「ジュダめ、本人の許可なく」


 護衛には守秘義務があるとかなんとかは、一体どうした?

 勝手に人の悩みを暴露するとは、許せな、い?


 そこでアンジェリーナはあることに気が付いた。


「あれ?というかその当人は?」


 アンジェリーナはきょろきょろと周りを確認した。


「いつもなら、おい待て!ってすっ飛んでくるのに」

「あぁー」


 判然としないその反応に、アンジェリーナは疑わしそうにクリスを見つめた。

 すると、視線が痛いと言わんばかりに、クリスはすっと目を逸らした。


「それはたぶん、私がいじめてしまったせいでしょうね」

「え、はぁ!?いじめた?」


 アンジェリーナは口をあんぐり開けた。


「な、な、何がどうなればそうなるの!?え、何をしたの!?」

「まぁまぁ、とりあえず座りましょう」


 そう言うと、クリスは何事もなかったかのようにベンチに座った。

 アンジェリーナは目を細めてクリスを見た。


 この人、自分がやったこと、わかっているのかな?

 こうもずけずけ来られると、いっそ清々しいというか。

 はぁ。


 アンジェリーナは諦めてクリスの隣に座った。


「ところで、ジュダさんとお話しして思ったのですが――」

「ん?」

「アンジェリーナ様とジュダさんって似ていますよね?」

「え?嘘!?」


 またまた唐突な切り出しを。

 ジュダと私が似ている?


「どこが?」

「そうですね――頑固なところ、とか」

「はい?」


 アンジェリーナはクリスを睨みつけた。


「あ、ちなみになんですが」

「なに?」


 クリスは悪びれる様子もなく続けた。


「父いわく、アンジェリーナ様とイヴェリオ様もまた、よく似ていらっしゃると」

「なっ!――だけど、それは、否定できない、かなぁ」


 思わずアンジェリーナは目を逸らした。


 これはもう、物心ついた頃からの話だけど、自分がお父様に似ているということは自覚していた。

 容姿はともかく、中身に関しては、クリスの言った通り、頑固者だったり、頭の容量を超えると爆発したりと、共通点の多いこと多いこと。


 はぁ、とアンジェリーナはため息をついた。


 というか、クリスの話によると、私とジュダも似ているんだよね?

 あ、そうか。


 ふとアンジェリーナは気づいた。


 ジュダってなんか、初対面のときからやりづらさを感じていたり、その一方でどこか親しみも感じていたんだよね。

 もしかして、ジュダって私というより、お父様に似ている?


「アンジェリーナ様」


 クリスの呼びかけに、アンジェリーナは視線を戻した。


「先程の、話の続きをさせていただけませんか?」

「さっきって――」

「昔から悪い癖なんです。回りくどいの。父からも散々直せ直せと言われてきたのですが」


 やっぱり、あれ、話の途中だったんだ。


 アンジェリーナは静かにうつむき、会話を思い起こした。


『私は、あなたに、この国の“象徴”となっていただきたいんです』


 あの続きに一体何があるのか、はっきり言って聞くのが怖い。

 でも、逃げるのは、嫌だ。

 だから森を飛び出したんじゃないか。


 アンジェリーナは覚悟を決めて、クリスに向き直った。


「わかった。聞かせて」

「はい」


 暖かな庭の中で、澄んだ目の二人が見つめ合っていた。

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