第59話 親子の時間

「それから、お前の許婚の件だが――悪い。それに関して私は一切の口出しを禁じられている。だから、私からそれを解消することはできない」

「――それって、お父様とおじい様の仲が悪いことに関係してる?」

「あぁ」


 やっぱり、そうなのか。

 お父様の記憶を辿ってみてわかった。

 きっと、おじい様が統一民族政策という、自身の策謀のためにソフィアを迎え入れたことが原因だろう。

 加えてそれを隠していたことも。

 私が見た記憶の中では、二人が明確に対立していた映像はなかった。

 でもあの後、もしくは私が見ていない場面で、何かあったのだろう。


「――わかりました。でも認めないからね。了承した訳じゃないからね」

「はぁ、頑固だな。一体誰に似たのか――わかった。今はそれでいい」


 イヴェリオはパンと膝を叩くと、改めてアンジェリーナの顔を見つめた。


「じゃあ次の話をしよう。お前も気になっているだろう、その力についてだ」


 来た。


 アンジェリーナは背筋をピンと伸ばした。


「お前も見て聞いて知っただろうが、お前の力は“記憶を見通す”力。ソフィアは“記憶の旅人”と表現していた」

「記憶の旅人――」

「魂に触れることでその人の記憶を辿ることができる力だ。ただ見るだけではなく、当人限定ではあるが、実際に話したり触れたりできる。しかもそれによって当人の記憶を書き換えることが可能だ」


 なるほど。それで、無意識にお父様の記憶を書き換えてしまったと。


「でも、また無意識に発動しちゃったら怖いな。記憶を勝手に書き換えちゃうって」


 それは昨日からずっと感じていた懸念だった。

 記憶の中でお父様が言っていたように、この力が持つ意味はわからない。

 でも、人の記憶を覗けるという力は野放しにしていいものではない。


「――ソフィアいわく、トリガーがあるそうだ」

「トリガー?」


 イヴェリオは顔の横にぴっと指を立てた。


「例えばソフィアの場合は、相手に直接触れて『見て差し上げましょうか』と提案することだった。それに倣った条件が、お前の力にもあるはずだ」


 条件?

 え、何かあったかな。私が力を発動したときに。

 えーっと、あぁ思い出せ私。

 昨日、街であの人の記憶を見たとき、私はどうしていたんだっけ。

 3年前お父様の記憶を見たときは?

 えーっとえーっと――。


「あ!」


 そのときぱっとアンジェリーナの頭に浮かんだ。


「『どうして』だ」

「え?」


 アンジェリーナは興奮した面持ちでイヴェリオを見つめた。


「『どうして』だよ!私、力を発動したタイミングで『どうして――』って叫んでた!だから――」

「なるほど。可能性はあるな」


 これがもし本当なら、これからは勝手に発動することはないってことか。

 それはちょっと安心かも。

 でも――。


「私の力って――」

「隠しておくべきだな」


 イヴェリオは続けた。


「類まれなる能力だ。良くも悪くも利用しようとするやつが必ずいる。ただでさえお前の運命は波乱万丈なんだ。これ以上ややこしくすることは絶対にない。いいな?」

「――うん。わかった」

「よし」


 イヴェリオはアンジェリーナの真剣な表情を確認すると、ふぅと息をついた。


 ここで一息、かな。

 一番話しておきたいこと話せたし。


「そうだ。お前、記憶の旅でどこまで見た?」

「え?」


 唐突にイヴェリオは尋ねた。


「どこまでって?」

「どの場面までってことだ」


 どの場面って――。


 アンジェリーナはうーんと唸り、記憶を辿った。


「えーっと、確か未来を変えられるとか信じる信じないとかそういう話をしていたときかな?その後私がお父様の肩を叩いて、そこで映像が途切れているような」

「――なるほど、わかった」

「え、何が?」

「いや、なんでもない」


 何なんだ?


 確実に何かを隠されたような気がしたが、今のアンジェリーナにそれを知る由はなかった。


「そうだ。それより、一つ言い忘れていたことがあった」

「何?」

「時の宝剣の件だが」

「あ」


 そうか。いろいろと他の内容が濃すぎて忘れていたけど、それも最重要なことだった。

 結局、私は使者に選ばれたってことなんだよね。

 記憶の中でお母様もそう言っていたし。


「使者として選ばれてしまった以上、もはやお前と剣を引き離すことは不可能だ」

「え、じゃあもしかして――」

「仕方ない。お前が時の宝剣を所持することを認める」

「よし!」


 アンジェリーナは思わずガッツポーズした。

 すかさずゴホンとイヴェリオの咳払いが響く。


「ただし」

「え?」


 な、なんか嫌な予感が――。


「お前、今身長何センチだ?」

「え、120ちょっとだけど」

「剣の長さは?」

「確か140センチ――え?」


 イヴェリオはすぅっと息を吸って宣告した。


「お前の背が剣を超すまで使用を禁じる」

「えぇー!?」


 アンジェリーナは今日一番の声を上げた。

 所持を認められたと思ったらこの急転直下。


「そ、そんなぁ」

「当然だ。そもそも考えてみろ。自分の身長以上の武器をうまく扱えると思うのか?確かに世の中には背を超すほども大剣を扱う兵士もいるが、お前はまだ子ども、しかも女だ。わかるな?これはお前が将来、剣を正しく使うために必要なことだ」


 う゛っとアンジェリーナは言葉に詰まった。


 これは確かにその通りだ。

 正論過ぎて文句の一つも出ない。


「わ、わかったよ」


 仕方なくアンジェリーナは口を尖らせて言った。


 そうして久しぶりの親子水入らずの時間は過ぎていった。

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