第48話 記念撮影

 結婚の挨拶に行った翌日、イヴェリオはいつもの泉の前にいた。

 早い方がいいだろうと、オルビアはソフィアに早速、明日から城に入るように言った。

 さすがに即引っ越しなど無理だと言ったのだが、『こういうのは思い立ったときにすぐ行動するのが良い。わしの気が変わる前にのう』などと、全く聞いてくれなかった。

 昨日の話だってまだ全然納得していないのに。


「すみません、お待たせして」

「いや――っておい、荷物それだけか?」

「あ、はい」


 ソフィアの手には風呂敷が一つだけ携えられていた。


「そんなにいるものもないので」

「そうか――本当にいいのか」

「何がです?」

「何がって――」


 そう言ってイヴェリオはソフィアから目を逸らした。


 昨日から、こいつの顔を直視できない。


 そのとき、柔らかな手がイヴェリオの頬を触った。


「そんな顔しないでください」


 ソフィアは優しく微笑んだ。


「私は大丈夫です。私が望んであなたといることを選んだんです。あなたが責任に思う必要はありません。それよりも、もっと喜んでくださいませんか?せっかく一緒になれるというのに暗い顔ばかり。それでは幸せが逃げてしまいます」


 ソフィアは少女のように頬をぷくっと膨らませた。

 その可愛らしい姿に、イヴェリオは絡まった心がほどけていくのを感じた。


「そうだな。お前の言う通りだ」


 イヴェリオは頬を触るソフィアの手に、自分の手をそっと重ねた。


「ここでうだうだしていても仕方がない。先のことを考えねばな。私もついに国王だ」

「はい」


 二人は互いに微笑み合った。

 そのままいい雰囲気に――。


「あっそれはそうと、持ってきてくれました?


 イヴェリオは動きをピタッと止めた。

 そんなイヴェリオの挙動に気づくことなく、ソフィアはつぶらな瞳でこちらの返事を待っている。

 イヴェリオは何事もなかったかのように、自分の手と一緒にソフィアの手を降ろした。


「――あぁこれな」


 イヴェリオはポケットから手のひらサイズのカメラを取り出した。


「これですこれ!実物初めて見ました。すごい、本当にちっちゃい。え、持ってみてもいいですか?」

「ああいいぞ」

「やった!」


 ソフィアはカメラを掲げ、目をキラキラさせている。


「それにしても、いきなりどうしたんだ?写真を撮りたいだなんて」

「結婚記念の写真、撮りたいと思って」


 ソフィアは満面の笑みでこちらを振り返った。


「後から嫌というほど撮ることになると思うぞ」

、撮りたいんです」


 早く早く、とソフィアはイヴェリオにカメラを渡して急かしてきた。

 そのあまりに無邪気な様子にふぅと息を吐いて、イヴェリオはカメラをセットした。


「こ、これで撮れるんですか?」

「10秒タイマーだ。ほら、早く準備準備」


 パシャ。


 カメラが音を立てたのを確認すると、イヴェリオは立ち上がった。


「この写真、いつできますか?」

「ん?あぁ外に頼むから一週間ぐらいか?」

「そうなんですか。楽しみですね」


 そう言うソフィアの足は心なしか跳ねていた。


「そろそろ行くか」


 イヴェリオはソフィアに呼びかけた。


「あ、はい。そうですね。最後にいい思い出ができて良かったです」

「最後って大げさな。また来ればいいだろうが。王宮に入るといっても、軟禁されるわけでもあるまいし」

「――そうですね。また来ましょう」


 そう言って荷物に向かうソフィアを制して、イヴェリオはひょいと風呂敷を拾い上げた。


「おい、これ、本当に中身入っているのか?とても軽いが」

「入っていますよ、こまごまと」

「そうか?」


 ここでイヴェリオは一つ気がかりになっていたことを思いだした。


「そういえば、本当にいいのか。お前のところの家族に挨拶しなくて」


 結婚の挨拶といえば、両家に行くのが当たり前。

 突然決まった結婚。本来ならば謝罪も辞さない展開なのだが、ソフィアはそれを断っていた。


「はい。家族といっても私の両親はすでに亡くなっていますし、他の人たちも――王族嫌いな人も多いので。勝手にしろって感じです」

「だが今まで一緒に暮らしてきた人たちなのだろう?ならばちゃんと挨拶に――」

「いいんですよ。これ以上もめごとが起きれば、婚約解消になりかねませんし。ほら、法皇様だって、気が変わられたら大変でしょう?」

「――ああ」


 それはそうなんだが、どこか引っ掛かるというか。


「じゃあ行きましょう」

「おう――あれ?」


 イヴェリオはふと立ち止まった。


「どうかしました?」

「そういえば、最近ポップの姿を見てないなと思って」


 イヴェリオはそう言って、泉を振り返った。

 そこにはいつも通り煌々と輝くポップの石があった。


「――まぁ、ポップはイヴェリオ様のこと、あまりよく思っていないようですから」

「“あまり”どころじゃないだろう、あの横柄さといったら。どうしてあいつはあんなに私のことを嫌っているのか」

「さぁ?――それよりなぜ今それを?」

「え?」


 言われてみればそうだ。

 私だってあいつのことは苦手だ。

 なのにどうして今、そんなやつのことが気になったのだろうか。


「いや何となく――特に理由はない」

「そうですか」


 心にモヤモヤを残しながらも、イヴェリオはそのまま森を後にした。

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