第32話 少女の目には
ど、ど、ど、どうしようー!
アンジェリーナは心の中で叫んだ。
本当に、なんでこんなことに!?
私、何かした?
いやしたか。結構、かなり周りに迷惑かけるほどのこと。
いやそうじゃなくて――。
アンジェリーナは目の前のナイフをまじまじと見た。
この状況を何とかしないと!
「いいか、近づくな!動くなよ!」
男はさっきから同じことの繰り返し。
アンジェリーナを人質に取ったものの、その場で大声を上げ続けるばかりだった。
そもそもこの人、ただの泥棒なんだよね。
なのになんでナイフなんか。
というか、どうして人質なんか取って。
別に何かを要求するつもりもないだろうに。
それならなりふり構わずに逃げたほうが良かったんじゃ――。
自身が大変な状況にあるにもかかわらず、アンジェリーナは妙に冷静だった。
それは自分でもどうしてかわからないほどに。
周りの景色がよく見える。
通行人は恐怖を顔に張り付かせてこちらを見ている。
街の雰囲気がいつもよりも緊張しているのがわかる。
視界の端、一段と険しいまなざしを向ける集団が動いた。
あ、警備隊の兵士。
やっとの思いで姫を見つけたと思ったら、今度はこの騒ぎ。
王族を人質に取られるなんてもってのほか。
触れるだけでも罪になりかねないのに、ナイフを突きつけるなんて。
これでけがをしようものなら――。
アンジェリーナの体がぞくぞくっと震えた。
私が思っている以上に、この状況はやばい。
はやくどうにかしないと――。
「――くそっなんでこんなに早く、こんなに大勢の兵士に見つかるんだよ」
そのとき男がぼそっと発した。
焦りを含んだそのつぶやきにアンジェリーナははっとした。
もしかして、勘違いしてる!?
いやそうか。冷静に考えたらそうだよね。
普通、脱走した姫を捜しているなんて思わないよね。
そりゃ自分を捕まえに来たんだって思うよね。
あ、待って。それじゃあ急にこんな真似をし出したのって――。
アンジェリーナは男をまじまじと見つめた。
無数の兵に囲まれて、逃げ道無くなって、もう後がないって思っちゃったってこと?
だとしたら私のせい!?
「あ、あの」
「んだよ、お前は黙っとけ」
アンジェリーナの声を男は完全に拒絶した。
それはそうだ。
今、この男には人質に構っている余裕などないのだ。
それでもアンジェリーナは話しかけ続ける。
「で、でも――」
「うるせぇな」
だめだ。全然聞いてくれない。
この人は、まさか自分が人質にしているのがポップ王国王女だなんて夢にも思っていない。
だけどこのままじゃ――。
そのとき、アンジェリーナの目に、兵士の姿が映った。
気づかれないように周りの見物人をよけさせて、男の死角から徐々に距離を詰めている。
まずい。もう時間がない。
「とりあえず放してください!」
「さっきから何なんだよお前は。子どもは黙っとけ」
「でもはやくしないと――」
「うるせぇ!」
どうやっても会話が成立しない。
アンジェリーナはもうどうしようもなくなって腹の底から叫んだ。
「もう!どうしてこんなことするんですか!」
――――――――――
「薬を探しに来たんですか」
「え?」
男は戸惑っていた。
少女はまるであいさつをするかのように、淡々とそう言った。
「だってそれ、赤ちゃんのでしょ?」
「おま、なんでそのこと――」
そのとき、一閃、光が走った。
次の瞬間、少女の視界が赤く奪われる。
男が膝から崩れ、少女はそのまま解放された。
足元で動かなくなった男を少女はただ呆然と見つめていた。
男の首から血だまりが広がる。
しかしそのときの少女からは、恐怖などまるで感じられず、ひどく澄んだ目が、男の死体を通して、どこか遠くを見つめていた。
――――――――――
そうだ。そうだった。
やっと思い出した。
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