第4話


 彼と私との間に壁ができてから1週間、私は彼ときちんと話せていないし、彼も私と距離を開いたままだ。


 しかし、神様と時は残酷で私が聞きたくなかったその言葉は、彼のお手伝いを終わらせた時にいきなり降ってきた。


「おめでとう。君はもう帰れるよ。だから、行きなさい」


 私は彼が発したその言葉にどんな反応を返したのか覚えていない。


 ただ、頭の中は混乱していた。


 まだ何も伝えられていないという焦りと、もっと一緒にいたいという願いと、どうして今伝えたのかという怒りと……とにかく混乱していた。


 彼に手を引かれて浜辺まで連れて行かれて、1人しか乗れない様な船に乗せられて、前に押し出された。


「君は一つ願わなければならない。君は僕に何を望む?」


 船が海に出されて、彼の手が離される前に彼は私に向かってそう告げた。


「今までは、全ての知識、人を治める器、武力、色々望んでいたよ」


 お兄さんがどうでもいいことのように呟く。


「さあ、君は僕に何を差し出して欲しい?」


 願いなんかどうでも良い。私は彼ともっと一緒にいたい。まだ彼と別れたくない。


 私は何も呟いてない。だから、私の心からの言葉は彼に届かない。


 彼は何よりも悲しそうな顔で笑っていた。


 そんな顔の彼に願いを言える様なほど私は、私は、


「……強くない」


 そっと呟いた。


「強くなりたい。私は、強くなりたいです」


 決意を含んだ目で私は彼に言う。


 私の声が波に呑まれない様に、彼に聞こえる様に大きな声で彼に言った。


 私の言葉に彼は泣きそうな笑顔で微笑んだ。


「……分かった。君の願いを叶えよう。さようなら、小さなお嬢さん」


 彼は涙を一粒だけ零して私の船を押し出した。


 悲しそうに笑う彼に私は大きな声で叫ぶ。


「もし、もし私がまたここに来たら、また私に笑ってくれますか!」


 黒い海に呑み込まれそうになっている私の声を聞いた彼は、


「君がもし訪れたのであれば、僕は君を迎えるよ」


 私に微かな希望を見せてくれた。


 その直後に、ザバッと黒い大きな波がたって彼の姿を消した。


 私が乗っている船は波の力で前へ前へと進む。


 船の上で涙を零しながら私は闇に呟いた。


「さようなら、お兄さん」


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