異世界転移したアイツと、その後の私〜残され少女の見る夢は?〜

さこゼロ

たとえ夢でも、ひと目あなたに…

 高校二年の夏、アイツが突然いなくなった。


 私の見てる目の前で…


 前を歩く彼の足下に、円形に輝く紋様が浮かび上がった次の瞬間、


 アッと思う時間もなく、彼の姿が消え失せた。


 辺りを探しても見当たらない。


 何が起きたのか、全く理解が追いつかない。


 友人知人も所在を知らず、その日の夜には彼の両親から捜索願いが提出された。


 夕刻の駅前と言うこともあり、目撃証言はたくさん出てきた。


 しかしその全員が、同じ内容を口にする。


「道に魔法陣が浮かび上がり、一瞬で少年の姿が消え去った」と…


 いくつかのマスコミは無責任に、


「少年は異世界に召喚された」と報道した。


 とは言え私も、そんな風に思えてならない。


 アイツは常日頃から、そう言う妄想めいた話をしていたから。


 そうして半月が過ぎたころ、彼の両親が捜索願いを取り下げた。


 私が理由を尋ねると、


灯里あかりちゃんを見てると何だかね。あの子らしいと言うか何と言うか、新太しんたが元気ならそれでいい」


 親御さんが、笑顔を見せる。


 そんな二人の表情に…


 あれから初めて私は泣いた。


 ~~~


 アイツが休学扱いとなり、生徒たちの噂話も落ち着き始めたそんなある日、


 私はおかしな夢を見た。


 周りが瓦礫がれきで埋め尽くされ、もうもうと土煙りが舞い上がっている。


 最初は大きな地震でも起きて、家が倒壊したのかと考えた。でも違う。散らばる瓦礫の状況から、ここが私の部屋じゃない事は確かに判る。


 とりあえず、身体に痛みはどこにも無い。


 私は大きな瓦礫を押し退けて、その場にスッと立ち上がった。


「おーい、シンタ。生きてるかー?」


 そのとき視界を覆う土煙りの向こうから、野太い男の声が聞こえてきた。


(新太…?)


 私は一瞬、ドキリとする。それと同時に、これは夢だと思い至った。


 それでもこの土煙りの向こう側に、もしかしたら新太がいるのかもしれない。


 そう思うや否や、私は土煙りから飛び出した。


 そうしてやっぱり、これは夢だと確信する。


 勢いよく飛び出た私の真正面に、


 二階建ての家屋ほどもある真っ黒な闘牛が、鼻を鳴らして待ち構えていた。


 ~~~


「シンタ、無事? 治癒は必要? …って、誰⁉︎」


 金髪ロングの超絶美人が、青い瞳を見開いて、驚きの表情を浮かべていた。


 フードをずらした白い外套で身を包み、身長ほどもある長い錫杖しゃくじょうを構えている。


「シンタの装備と一致。何でか女の子みたいになってる」


 続いて声が聞こえると、魔女のような黒い三角帽子をかぶった小柄な少女が、茶色い瞳で、マジマジと私を見ていた。


 黒い外套で身を包み、手に持つ木製の魔法杖は、少女の身長を優に超えている。


「とりあえず今は後にしてくれー。流石の俺でも、そう何度も防ぎきれねー」


 そのとき聞こえた野太い声は、先ほど聞こえた男の声だ。


 二メートルはあろうかと思う巨躯の男性が、同じく身長ほどもある大盾で、巨大闘牛の突進を押さえ込んでいた。


 日に灼けた浅黒い肌に、ボサボサの黒い短髪。ガッシリした広い肩幅の上半身には、みっちりした鉄色の鎧を着けていた。


「もしかして、結構ピンチ?」


「見たまんまよ」


 私の独り言のような呟きに、金髪美女がキツい態度で溜め息を吐く。


「あの子の魔法は?」


 そんな私の提案に、魔女っ子の瞳がキラリと光り輝いた。


「私の稲妻で、仲良く黒焦げでも良いなら」


「嫌に決まってるでしょ!」


「だったら距離を取るとか…」


「アンタのマントのせいだって、気付いてない訳ないよね?」


「…え⁉︎」


 言われて私は視線を落とす。胸部を護る白銀の鎧の後ろには、真紅のマントが揺らめいていた。


 …なるほど、そう言うことか。


「仕方ない。私の夢だし、私が何とかするよ」


「何とかって、シンタ…じゃねー、嬢ちゃん。一体どうする気だー?」


 巨大闘牛と力比べの体勢のまま、大男が険しい表情で振り返る。


「ゲームじゃコテンパンだったけど、運動神経なら負けないんだから」


 誰に対する対抗心だか。思わずいて出た自分の言葉に、私は小さな苦笑いを浮かべた。


 それから、巨大闘牛に向けて一歩を踏み出す。


 その一歩で、本能的に理解した。


 身体が異様に軽い。全身に力がみなぎっている。


 タンと地面を蹴り跳躍すると、一瞬で巨大闘牛の真上に躍り出た。


「あはっ!」


 胸に湧き上がる不思議な感覚。どこかバカにしてた男の子シンタの心境が、今なら私にも判る気がする。


 私は腰の剣に右手をかけると、シャキンと勢いよく引き抜いた。それから頭上に振り上げて、両手でしっかりと握りなおす。


「メテオスラッシュ!」


 降下と同時に振り下ろした上段斬りが、巨大な闘牛を一撃のもとに両断し、地面ごと十数メートル斬り裂いた。


 直後に巨大闘牛の全身が、無数の立方体となって拡散し、瞬く間に霧散する。


「お、おい…」


 聞こえた野太い声に顔を上げると、三者三様にポカンと大口を開けてコチラを見ていた。


 そこで私は、ハッと気付く。


 恥ずかしいセリフを、本気で叫んでしまった…


『メテオスラッシュ!シュ!シュ!』


 自分の声が何度も脳内でリフレインし、皆んなの視線がチクチクと突き刺さる。


 わああああ、穴があったら入りたい!


『ちょっとアンタ、大丈夫…』


 ピピピピピピ。電子音が鳴り響く。


 気が付くと、そこは自分のベッドの上だった。


 ~~~


 あれから度々夢を見た。


 メラメラと燃え盛るライオンだったり、自由に空を飛び回るドラゴンだったり…


 そのどれもがいきなり窮地に立たされていて、息つく暇もありはしない。


 私の夢の筈なのに、全然私に優しくなかった。


「たまにはノンビリ、観光くらいさせてよ!」


 思わず自分の夢に愚痴ってみせた、そんなある日のこと…


「あ、ホントに入れ替わった」


 そこはベッドの上だった。


 何処かの寝室なのだろうか。いつもの三人が、私のことを見下ろしていた。


「思った通り。外的要因による気絶がトリガー」


「お前らマジかー。女ってこえーな、おい」


「えっと、これは…?」


 私は上半身を起き上がらせて、皆んなの顔を順に見る。


「ちゃんと挨拶するのは初めてね。改めまして、私はソニア」


 金髪美女が、青い瞳を優しく細めて微笑んだ。


「メリル。雷光の魔女とは私のこと」


「アンタそれ、自称でしょ!」


 魔女っ子の決めポーズに、ソニアの厳しい突っ込みが入る。


「俺はダニエル。よろしくなー、嬢ちゃん」


 浅黒の大男が、見かけに寄らず、人懐っこい笑顔を浮かべた。


「あ、えと、私は灯里…」


「アカリね。それじゃ、行きましょ!」


 自己紹介もそこそこに、いきなりソニアが私の右手を引っ張った。


「え、あの…?」


「観光がしたいって、言ってたじゃない!」


「…………あ!」


 どうやら私のささやかな願いは、ちゃんと聞き届けて貰えたようだ。


 ~~~


 そこからは、本当に楽しかった。


 自分の夢の筈なのに、見るもの聞くもの新鮮で、とにかく本当に楽しかった。


 材質は石膏せっこうだろうか、白い壁の街並みが絵画のように綺麗だし、


 港に出れば、採れたて海産物の屋台が良い匂いだし美味しいし、


 極め付けは、


 入った喫茶店のウェイターが、金髪をオールバックに固めた、超絶美形の男性エルフだった。


 一日中皆んなで歩き回り、夕食も食べ、今は温泉でノンビリしている。


 ファンタジーだからと危惧もしたが、どうやら混浴ではなかったようだ。


「今日はホントにありがとう」


 露天風呂に三人並んで浸かりながら、私は大きく伸びをする。


「アカリにはいつもお世話になってるから、こんな事で喜んで貰えるならお安い御用よ」


「本当に感謝。アカリが居なかったらと思うとゾッとする」


 二人の気持ちも判るけど、そもそもが私の夢なんだから、それはそれでちょっと気まずい。


「私の夢が、何かゴメン」


「何でアカリが謝るのよ、おかしな子」


 そう言ってソニアが優しく笑った。


「次は夜の部。今日はピピまだ終わらピピ」


 続いて立ち上がったメリルが何かを言うが、耳障りな雑音と重なって、上手く聞き取れない。


「ごめ…何か、よく聞こえない」


 だんだんと大きくなる雑音が、徐々に苦痛になってきた。


『ちょっとアカリ、大丈夫⁉︎』


『悪い予感。時間切れかもしれない』


『え、それって……待ってアカリ! こんな所で元に戻らないで…っ』


「早く起きなさい! 遅刻するわよ!」


 同時にハッと覚醒する。


 鳴り響く電子音に、母親の怒鳴り声。


 そこは自分の部屋だった。


「あーもう。まだまだ楽しみたかったのに」


「馬鹿なこと言ってないで、早く起きなさい」


「は~い」


 渋々起き上がってパジャマを脱ぐ。楽しい夢ほど途中で終わるとか、ホントあるあるだ。


「また皆んなに会いたいな」


 無意識に零れた自分の言葉に、私は思わず笑ってしまった。


 きっと新太も、何処かの世界で、こんな風に旅をしているのだろう。


 会えなくなったのは寂しいけれど、楽しくやっているのならそれで良い。


「いつまで着替えてるの。早くご飯食べなさい!」


「はーい!」


 急いで制服に着替えると、私は自分の部屋から飛び出した。





 ~おしまい~

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界転移したアイツと、その後の私〜残され少女の見る夢は?〜 さこゼロ @sakozero

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ