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色々な話をした後、時田先輩は会社から戻るよう連絡を受け、私は校門までの道のりを先輩と肩を並べて歩いた。
高校時代はただ遠くから見ているだけが精一杯だった憧れの人。そんな憧れの人と今こうして肩を並べながら一緒に歩いているなんて。
「そう言えば、大崎さんは今就活中だっけ?」
不意に時田先輩が訊いてきた。
「あっ、は、はい!今就活中です」
「そっかぁ。今色々大変だよね。入社したいと思う企業はあるの?」
「今は色々企業の会社説明会に参加しながら、どういう事をやりたいのかを模索中です」
「そうかぁ。俺が偉そうな事を言えた身じゃないけど、就職先は時間をかけてでもしっかり自分に合った企業を探した方がいいよ。仕事内容は勿論、人間関係とか、その会社に入社して、社員さん達と何かを成し遂げられるか…って、何か夢物語みたいなこと言っちゃってるよね。ごめん」
先輩はそう言うと、無邪気な表情で照れ笑いをした。
その笑顔は高校時代、よく同級生や後輩たちと交わし、私が遠くから見て大好きだったあの笑顔そのままだ。
「いいえ。今日先輩と再会出来て、嬉しかったです。
私、就活で自分が何をしたいのか、どうなりたいのかが全く分かりませんでした。今でもまたハッキリした答えは出ていませんが、ずっと得意だった語学を活かせる仕事に就けたらって、今は思います」
ずっと今の自分には何が出来るのかが分からなかった。でも自分への課題が見えた時、改めて自身と向き合ってみると、中学校の頃から英語や英会話が得意だった。
高校時代、同じく英語が得意な奈々の紹介で地元でアメリカ人の講師が開いている英会話教室に奈々と一緒に通っていた時期もあった。
奈々は将来 海外からの観光客のために、観光案内や日本の文化を発信していける仕事に就きたいと話していた事を思い出した。
奈々は誰に何を言われても、自分がなりたい自分になる!と卒業式の時意気込んでいた。その傍らで、語学をあれだけやっていたくせに、自分には海外関係の仕事など不可能だといつの間にか勝手に決めつけ、避けてしまっていた。奈々と競う訳ではないが、今からでも海外を目指して挑戦してみるのも有りだ。
「時田先輩、私…海外を目指しみようと思います!」
「おおっ!デッカい決意だな! よし!俺も今の事業を拡大して世界のマーケットに挑むかっ!!」
具体的では無いものの、先輩のように世界を目指してみたかった。
もし先輩がサッカー選手になっていたら、今頃国内、もしくは海外のチームに所属し、様々な国へと飛び回っていたかもしれない。
でも、今は仕事で海外を目指すことが出来る。
きっと先輩は近い将来、自分の手掛けた事業と共に海外へ赴くかもしれない。私はそこに追いつけなくても、私の歩み方で世界を見てみたい。そしてまた先輩と再会することがあれば、世界を視野に入れた共通の話題で盛り上がれたら…そんな目標を私はひっそり胸に秘め、校舎を後にする時田先輩の変わらぬ逞しい背中に手を振った。
【完】
本作は2022年4月第一回表参道文學大賞受賞作品『恋文-koibumi-』に加筆・修正を加えたものです。
また本作に登場する人物、団体等は内容も含め全てフィクションです。
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