接続不良のドラゴネクター

ゼッケイ・カーナ

プロローグ

「ッけ! 一人相手に大人数でそれか。次はちったぁマシな奴連れてこい!」


 俺の名は天清龍雅てんせいりゅうが。ろくでもなけりゃ未来もねぇ男だ。

 普通の家庭で生まれたが、親父は理想的な父親を目指し頑張り過ぎてストレスを溜め込み、捌け口としていた酒に溺れて俺達に手を上げるようになっていた。

 そんな親父に耐えながらお袋は俺を育て続けてたが、心がもたなくなって壊れちまった。そしてお袋は俺の面倒を見切れないと思ったのか、まとまった金と一緒に俺を親戚に預けた。

 一緒に居たかったが……お袋の苦痛にはなりたくなかった。

 その後しばらくして二人は離婚。親父は今じゃ病院に通って依存症の治療、お袋からは偶に手紙が来るが今どこに居るかを書いてあった事はない。


「よう、龍雅。また派手にやりやがったな」


「正当防衛ってやつだぜ。数揃えて先に殴ってきたのはあっちだ。それに病院で世話になるような怪我負わせてねぇよ」


「俺とお前の付き合いだ。そいつはよく知ってるが……いい加減落ち着いたらどうだ?」


「そういうおっちゃんは早く身を固めたらどうだい?」


「ガキに言われたかねぇよ」


「はっはっは! そいつはすまねぇな」


 この人は刑事のおっちゃん。中学の時からの仲で、結構な腕利きの刑事らしいが……俺の中じゃ、いっつもくたびれたスーツでラーメン啜ってるオヤジだ。


「お前、たしか今年で二十一だったか」


「そいつがどうしたってんだ?」


「その歳ならまだやり直せる。訓練学校にでも行って短期のバイトは……」


「わりぃなおっちゃん。こんなのにそんな未来はいらねぇよ。どうせ短命だ。それにこんなの雇ってくれる所はそうねぇよ」


「そんな歳で絶望するなよ……人生、何があるか分からんぞ?」


「じゃあ、そのを祈っといてくれや。あばよおっちゃん。俺は仕事に行くけど……そっちは仕事サボんなよ?」


「サボっとらんわバカタレ!」


「へへっ……そんじゃあな」


 そのまま俺は夕方のバイトに直行していつも通り働くつもりだったが、その日はいつもより仕事が忙しくて帰る頃には随分と暗くなっていた。


(ったく、ついてねぇな。まぁ、どうせあのオンボロマンションに帰っても寝るだけか)


 近道する為にひと際暗い道に入った時だった。物陰からなにかがこっちめがけて突進してくる。少し反応が遅れたせいで俺はすぐそこの小さな公園に突き飛ばされてしまった。口の中に砂利が入って、かなり不快だ。


(挨拶代わりに突き飛ばして、お通しは公園の砂ってか……)

「随分な出迎えじゃねぇか……! 誰だか知らねぇが覚悟しやがれ!」


「相変わらず威勢のいいガキだ」


(この声、たしか……)

「てめぇ……! こないだ叩きのめしたスーツ野郎か! 逃げきったとは聞いちゃいたが……律儀に復讐か?」


「あぁそうとも、こっちにもメンツってもんがある。やられっぱなしじゃダメなんだよ! やっちまえ!」


 図体だけはデカい男がこっちに向かってまた突進してくる。単純な攻撃だが、また喰らいたくはない威力だ。

 俺は跳び箱の要領で男の攻撃を避け、振り返った相手の顎目掛けて蹴りをお見舞いした。


「寝てやがれイノシシ野郎!」


「ぐへぇッ!」


「一撃かよ。根性のねぇ野郎だ。どうせこいつだけじゃねぇんだろ? さっさと全部出せや」


 暗がりからぞろぞろとギラついた奴らが物騒な得物を携えて俺を取り囲む。どいつもこいつもいかにもって面構えの奴らばっかりだ。


「っへ、一人相手にこんな数揃えて恥ずかしくねぇのかよ」


「お前は強いからな。礼儀ってやつだよ。クソガキ」


「ッは! なら、こっちも襟を正して相手しねぇとな。おう、かかってこいや! クソども!」


 得物を振りかざした奴らが我先にと襲い掛かってくる。

 最初に来た奴の腕をへし折って顔に一撃、次に来た奴には腹に一撃ブチ込んで怯んだところを膝で思い切り蹴り上げてやった。背後から襲ってきた奴には肘で腹を突いてやって、間髪入れず顔を五回ぶん殴って終わり。

 次来た奴には、まず蹴りをお見舞いしてやろうとしたが避けられた……と思ったら、避けるのが間に合わなかったのか、タマを思いっきり潰してしまった。


「おっと、すまねぇ! ……けど、先に襲ってきたのはそっちだ。女の相手できなくなっても文句言うんじゃねぇぜ?」

「いてぇだろうから寝てやがれ!」


 俺の蹴りは顎先にクリーンヒットし、股をおさえて悶絶してた奴は声も出さず気を失った。その後もわらわらと湧いてくる奴らをどんどんと潰していく。まるで虫みたいにきりがない。


(大勢だが、こいつら動きがてんでばらばらだ。金で雇われたゴロツキどもってあたりか……運のねぇ奴らだぜ)


 どいつもこいつも一発で倒せているが、昼の奴らの分の疲れが残ってたからか、俺は久々に息を切らしていた。

 いつの間にか隙が出来ていたんだろう。倒れていたと思っていた奴が俺に組みついてきた。


「なんだ。根性のある奴も……!」


 そんな俺の言葉を、けたたましい一発の炸裂音がかき消した。

 左胸に今までの人生の中で感じたどんな痛みも鼻で笑えそうな程の激痛が走る。さっきから見てるだけの野郎の方を見ると、隣の舎弟らしき奴が慌てていた。


「あ、兄貴! さすがにこんな場所で銃はマズいですぜ! それに、アイツ抑えてるのは俺と同じ兄貴の……!」


「構うもんかよ……!」


「こんな場所で撃つたぁ……イカれてんのかてめぇ!」


「お前のせいで俺の出世はパァになっちまったんだよ! ならお前の命で償ってもらわなきゃ割に合わねぇ!」


「てめぇの舎弟ごとか! ッぐ……!」


「あぁそうだよ! 舎弟なら兄貴分のために命の一つや二つ捨てるんもんだろうが!」


 気に食わなかった。己の恨みつらみを晴らす為に、自分の舎弟ごとまとめて撃ち殺そうとするその根性が気に食わなかった。

 野郎は容赦なく銃弾を放ち続ける。俺の体も抑えてた奴の体も関係なしに穴を開け続け、俺の意識はだんだんと薄れていった。これがこのろくでなしの最期なんだなと腹をくくったが、同時にもう一つ腹をくくったことがあった。


(こんな……なにしでかすか分からねぇ奴、生かしちゃおけねぇ……! わりぃなおっちゃん。俺は喧嘩以外でサツの世話になるつもりはなかったけどよ)

(どうせ最期だ。一回だけ、許してくれや……)


 俺は足元に落ちていたナイフを既に事切れた舎弟の体の影に隠し持ち、機会をうかがう。意識がどれだけ持つかと心配したが、チャンスはすぐに来た。


「とどめだ……!」


 確実に仕留める為だろう。野郎はこっちに近づいて来た。

 小さな外灯に照らされた顔は喜びで歪み、その薄汚い性根が透けて見えるようだった。


「どうした……もっとこっちこねぇと……ッ狙えねぇぞ……!」


「ふん! どうせお前はもう動けないだろうからな。ここで十分……ッ!?」


 勘付いたのか、野郎の顔が一瞬で焦りの色に変わった。頭はいい癖に優位になるとすぐ油断をする。この前の負け方と全く同じだ。


「この前と一緒だな……あばよ……!」


「クソッ! この……!」


 俺が死体を押しのけナイフを投げるのとほぼ同時に、奴は最後の銃弾を放った。

 銃弾は俺の胸に命中し、ナイフは奴の首に深々と突き刺さる。

 野郎は声にならない悲鳴を上げ、俺は静かにその場に倒れた。

 もう痛みは感じない。聞き慣れたサイレンの音が、遠くの方で聞こえる。


(言ったろおっちゃん。短命だってよ……)

(……親父。酔いから醒めた後に泣いて謝るぐらいなら、最初から飲むんじゃねぇや。早く治して、身の丈にあったまっとうな生き方しやがれ)

(お袋。どこほっつき歩いてるんだか知らねぇが、幸せにな。この出来損ないのことは、忘れてくれ……)


 視界がぼやけ意識が途絶えていく中で最後に見たものは、うっすらと緑色に輝く不自然な夜空だった。

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