夕刻の蜉蝣

DITinoue(上楽竜文)

第1話

 いつも通り、大きな大きな4歳児が飛んでくる。実際は8歳児なのだが・・・・・。石田和実いしだかずみは怪訝な顔をしながら息子の翔太朗しょうたろうをあやす。

「おかあさん、おはよー」

 普通なら、日照りが気持ち良い、最高の日なのだろうが・・・・・私にとっては、この死ぬほどつらい育児が始まるバッドな時間である。そして、この部屋に日光は入らない。絶対に。

「おはよう、翔太朗。ちゃんと起きて偉いね」

 棒読みプラス作り笑いで翔太朗を迎える。

「それじゃあ、おとうさんと一緒に朝ごはん、食べておいてね」

「はーい」

 8歳児は、一見して何も変わらないが、ずっとあやしていると、苦労が多くなる。もちろん、“これからの計画”では話さないと思うが・・・・・。


 翔太朗は、ある重度の病気を患っている。

 時々、テレビなどで紹介されることもある病気で、「色素性乾皮病しきそせいかんひびょう」という。この病気は、分かりやすく言うと、「太陽に当たれない病気」だ。

 この病気は、太陽・・・・・紫外線に当たると、皮膚がんになってしまうという症状、5歳を過ぎたごろから、言語難や聴力の低下、そして、身体能力、特にバランス力の低下が起こる。

 バタン!!!!

 そう、今、翔太朗がすってんころりんしたように。

 そして、私を最も縛り付けるのが、寿命だ。一般的に、20歳までしか生きられないという。長くても、30歳。


 そんなことをブツブツ呟きながら、新聞の取材の時に話す内容を手帳に書く。

「ねえ、翔太朗お代わりあるけどいる?」

「・・・・・」

「ねえ、翔太朗!お代わりあるんだけど、欲しい?」

「・・・・・ねえ、おかあさん、お代わりある?」

 ああ、聴力難だ・・・・・。

「お代わりだよ、お代わり」

 そう大きな声で言いながら、引き出しをいじって、補聴器を持ってくる。

「あ、わすれてた。ありがとう」

 そう言って、少しの量のお代わりだけを入れる。

 なぜかと言うと、成長と共に、食べ物を食べることも難しくなってくるらしいからだ。今は、まだお代わりちょうだいと言える年だが、成長するとそんなこともできなくなる。


(ああ・・・・・イライラする)

 お代わりを入れて、夫のあきらに翔太朗を任せると、自分の部屋で体を横にした。

 成長とともに、他の子を見てイライラするようになった。なんで、うちの子はこうなんだろうと。そして、だんだんと寿命が少なるなるごとに、他の子、章、翔太朗、そして私自身にイライラするようになった。

「そのための計画なんだから」

 私は、そう呟くと、スマホを取り出した。LINEで、「貴深海たかふかみ」とのトーク画面を開く。彼の本名は、深川信介ふかがわのぶすけ。私の学校の友達で、“ある計画”の鍵になる人物に連絡を取ってくれる人物だ。

 メッセージを送る。

『健さん、元気?ささっと、連絡しておいてね。そろそろ、結婚式とかのことを考えるから』

 これで、私の計画を察した人は何人いるだろう。

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