第503話 冥界の神と光と闇の神と:後

 カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ!


「あの、ランタン……」

「残像ができるレベルで震えてるね……」


 こちら『観神之宮』。

 神が宿る古鏡を前にして、置かれた古びたランタンが超高速でバイブレーション。


 これには見守っている集もライミもビックリだ。

 しかし、ランタンを持ってきたマリク・バーンズは言うのである。


「か、隠れても無駄ですから出てきてください、ディ・ティ様」

『ヒィィィィィィィ~~~~ン! あてぃしはついに死ぬんだわァ~~~~!』


 悲鳴。泣き声。悲鳴。

 ああうん、ディ・ティ様ってそういう神様なんだね。


 否応もなく、ライミはそれを理解する。

 そして、ランタンがポゥと白く光ると同時、中から小さい人影が飛び出してくる。


 それはトンボみたいな羽根を背に生やした可愛らしい少女。

 マリクの妻にして、彼が信奉する『光と闇の神』ディディム・ティティルである。


「うわッ、可愛い……」


 その見た目の可憐さに、ライミは声を漏らしてしまう。が――、


『死ぬんだぁぁぁぁぁ~~~~! あてぃしはついにここで死んじゃうんだわぁぁぁぁぁぁ~~~~! チックショ~! マリクからお出かけって聞いて楽しみにしてたのに裏切られたぁぁぁぁぁぁぁ~~~~! どうして、どうしてこの世界には裏切りが存在するの? 何でこの世界には悲しみが生み出されるの……!? あてぃしにはもう何を信じればいいのかわからないぃぃぃぃぃ~~~~!』


 誰か、この神様を導いてあげた方がいいんじゃ……?

 空中で頭を抱えて悲嘆に暮れる神様を見て、ライミはそう思うのであった。


 ちなみに、この嘆くばかりの神様に人生を導いてもらってる次男がいるらしい。

 その、見た目美少女にしか見えない次男は困ったように笑いながら言う。


「で、でもディ・ティ様、ここに来るまで、カディルグナ様にマウントとってたじゃないですか……。カディルグナ様はさみしんぼだから自分が支えてあげないと、とか。最上位の神様に頼られるのは自分がそれだけ偉大な神様だからだ。とか……」

『何でそれを本人がいる前で言っちゃうのよ、マリクゥゥゥゥゥゥ~~~~ッ!?』


 う~~~~ん、このよわよわの三下!

 ライミは、集の評価を意味するところを実感した。確かに、彼の言う通りだ。


「え~、コホン」


 何故か、マリクがわざとらしく咳払いをする。


『マリク、マリク~! またカディっちゃんからのお誘いが来たんですってぇ~? どうしよっかなぁ~、行ってあげよっかなぁ~! 行ってあげてもいいけどぉ~、いっつもあてぃしの側が行ってるのもどうなのかなぁ~? あてぃし別に、カディっちゃんのしもべじゃないしぃ~? 友達っていっても一方が従う立場なのって健全っていえるのかしらぁ~? 次に会ったときはカディっちゃんにその辺、じっくりと説いてやろうかしら~! え? 遊びに行くのかって? 気が向いたらねぇ~!』


 と、ディ・ティの声で語ったのは、マリクであった。変声の魔法だ。


「こんなこと言ってたんで、お出かけと称して連れてきました」

『マリクゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ~~~~ッッ!!?』


 これはひどい。

 ライミと集から、泣いてるディ・ティへジトッとした目線が送られる。


『どーして! どーしてなのマリク? 何であてぃしを売るような真似を~!?』

「ぼくの心の平穏のためです」


 マリク、表情のない顔で自分の信奉する神に告げる。


「ディ・ティ様がカディルグナ様のお誘いに応じてくれないとですね、ぼくの方に集さんから問い合わせが来るんです。そうなると、当然、電話がかかってくるんです。そしてぼくは、こっちの母親の意向でスマホを持っていません。電話は家にかかってきます。今まではギリギリぼくが電話を取ってました。母親にとられたら、何を言われるかわかったものじゃないからです。そして今の時点で、母親をごまかすのに割と苦労して胃がキリキリしています。……説明はこのくらいでいいですか?」

『――マリク、人生とは茨が敷き詰められた長き道のりを素足で歩くが如しよ』


 無表情のマリクを、ディ・ティが優しい笑顔で諭す。

 ただし、それを説く神の顔には、神のくせして汗がびっしり浮かんでいた。


「ディ・ティ様、ぼくはあなたを崇拝していますし、大切に思っています。でも辛いんです。あの母親に色々言い訳しなくちゃいけないのが、本気でストレスなんです」

『……うん、うん。はい。はい。そうですね。はい。あてぃしが悪かったです』


 折れた。ついに神が折れた。空中で正座して、マリクに土下座している。

 っていうか、これは全面的にディ・ティが悪いので、謝る以外に何ができるのか。


「それじゃ、ぼく達は上に行ってるんで、ゆっくりお話ししてくださいね」

『…………はい』

『待っていたのよ、我が友、偉大なりし『光と闇の神』よ~~~~!』


 ディ・ティが了承した瞬間、鏡に映し出される冥界の神カディルグナの姿。

 すごくニコニコ。すごくウキウキ。すごく、眩しい笑顔。


『そうね、あなた程の神を我が動けないという理由でわざわざ呼びつけてしまうのは不敬かもしれないのよ。まさしくあなたの言う通りなのよ、我が友にして偉大なりしディディム・ティティルよ。それでもこうして来てくれたあなたの神としての度量の広さに、我は感激する以外になく、そしてその感激を言葉に表すすべも知らないのよ。ああ、我はあなたのような友に出会えた幸福をこの世界に感謝するのよ~!』

『やぁめてぇぇぇぇぇぇぇ~~~~! 異世界に冠たる『特神格』があてぃしみたいなちっちぇ~『矮神格』のド底辺神を全肯定しないでぇぇぇぇぇぇぇぇ~~~~! 違うのぉぉぉぉぉ~、あてぃしは、そんな風に言われるような立派な神様じゃないのぉぉぉぉぉ~~~~! あああああああ、申し訳なさで死んじゃうぅ~~~~!』


 カディルグナに褒めちぎられたディ・ティが、空中を縦横無尽にのたうち回る。


『ああ、そうやって謙遜するところが素敵なのよ、我が友、偉大なりしディディム・ティティル! 本当にあなたは謙虚で、お茶目で、素敵な神なのよ。そういうところが我の如きものには眩しく映るのよ! 是非とも学ばせていただきたいのよ!』

『やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~!』


 何だこれ、言葉だけで神様を殺す完全犯罪計画か何かか?

 見ているライミは、これが現実の光景なのか疑って、きつく目を凝らしてみた。


 最上位神とド底辺神。

 本来であれば並び立つはずもない格差を持つ二柱の神のやり取りは不思議だった。


『やめてぇ~、あてぃしはこんなに褒められる資格なんてないのよぉ~~~~!』

『いいえ、いいえ。我が友、偉大なりしディディム・ティティル、あなたはこの我が世界で唯一尊敬を寄せる神なのよ。今日はいっぱいお話しましょうね~!』

『ああああああああああああああああああああああああああああああ~~~~……』


 神が頭を抱えて泣いているところを、ライミは初めて見た。

 現実に当てはめるなら、デイ・ティはアメリカ大統領に親友宣言された一般人。


 しかも、相手はこっちを全肯定で、何を言っても好意的にしか解釈してくれない。

 と、いったところだろうか。


「あ~、うん、死ぬね。死んじゃう。それは胃が死ぬ」

「大丈夫ですよ、おばあちゃん。ディ・ティ様は神様です」


 ディ・ティに理解を示すライミだったが、それをマリクが一刀両断。

 ライミが見ると、マリクの瞳はドロリと濁っていた。ストレスがヤバヤバだ。


「……うん! 上いこっか、マリクちゃん!」

「……はい」

「それじゃあ、二時間くらいしたらまた来ますね、カディ様~」


 こうして、人間組はディ・ティをその場に残して『観神之宮』を去っていった。


『ハァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ~~~~~~~~…………』


 盛大。とても盛大。ディ・ティのため息が、かくも盛大。そして長い。


『……ねぇ~え、カディ。私も悪いとは思うわ。だからって、わざわざ私をいじめるような真似をするのはどうなの? 私の夫にまで負担をかけるのはよくないわよ?』

『そうですね。そこについては申し訳ありません。――


 カディルグナとディディム・ティティル。

 両者の物言いが、二人っきりになったと同時に大きく変わる。関係性も含めて。


『けれど、やはり郷愁というものは神でも感じるものでして、我が全知全能の神であれば姉様にこのようなお願いをすることもなかったのでしょうが……』

『全知全能なんてありえないわよ、カディ。そんなものがあったら、それはつまり『何もかもがあって何もない』ということになってしまうのだから。全能とは即ち『一にして全』を言い換えたものに過ぎないわ。あなたならわかるでしょうに』


 光の粒子を散らして浮遊し、ディ・ティは自らを姉と呼ぶ最上位の神を諭す。

 かつて、異世界で己が同じ『特神格』であった頃、そうしたように。


『……姉様』

『正しくは私はあなたの姉ではないわ。あなたと共に生まれた『命の神デディム・テティス』は一度死を迎えたのち、完全な新生を果たせず、数多の神として再誕したのだから。私はその一つ。ただの『照明器具の神』ディディム・ティティルよ』


 それは、バーンズ家はおろか、カディルグナを祀る宙船坂家ですら知らない事実。

 ディ・ティは遥かなるいにしえに存在した『命の神』を基として生まれた神だ。


 カディルグナがそれに気づいたのは、マリクがディ・ティを連れてきてから。

 それまでは、ディ・ティ本人も自らのルーツについては全く知らずにいた。


『前世、とでも言えばいいのかしらね』


 自らを揶揄するようにそう言って、ディ・ティは軽い苦笑を見せる。

 それで、カディルグナが思い出したように――、


『そういえば、姉様。今日、面白いことがあったのですよ』

『だから姉ではないって……、まぁ、いいでしょう。言ったところで寂しんぼさんのあなたは私を姉と呼び続けるのでしょうし。それで、何があったというの?』

『フフフ、ありがとうございます。嬉しいです。それでですね――』


 嬉しそうに笑って、カディルグナが話したのはついさっきあった出来事。

 タマキ・バーンズと、シルク・ベリアに関する話だ。


『……そうなの、そんなことが。一度輪廻を経た『出戻り』なんて奇跡ね、確かに』

『そうでしょう? 我は人のえにしの面白さと不思議さを感じさせられました!』


 はしゃぐカディルグナに、ディ・ティも同じく笑ってうなずく。


『私も常々感じているわ。バーンズ家に、我が夫マリクに、かつての我が司祭クラマ・アヴォルトに、あなたの司祭である宙船坂集に、不思議な繋がりばかりね』

『そうですね。けれどそこに不快なモノはありません。素晴らしき絆ばかりですよ』

『……本当にそう思っているの?』


 笑っているカディルグナだったが、いきなりディ・ティに問われてしまった。

 ディ・ティも、当然笑っている。しかし、その笑みの質が少しだけ変わっている。


『あなたに私の由来を聞かされて、私も思い出したのよ。かつて『命の神』であったものが、何によって殺されて、どうして私として再誕することになったのか』

『それは……』

『恨みがあるワケではないの。だって殺されたのは私自身ではないから、でも、やっぱり思うところは出てきてしまうのよ。それはわかるわね、カディ』


 本当に、本当に縁とは不可思議なモノ。

 そがよきものであれそうでないものであれ、不思議は不思議。ディ・ティが呟く。


『――神喰いの刃ガルザント・ルドラ』


 かつて異世界に存在した古代文明が創造した、世界を滅ぼす力を宿した最終兵器。

 全ての古代魔法をその身に宿した、己の自我を持った『魔剣にして魔導書』。


『まさか『命の神』を喰い殺したあの魔剣が今も現存していて、しかも私の夫の父親が所有者だなんて、これは一体、どういう奇縁なのかしらね?』

『姉様……』

『言ったでしょう、別に恨みはないのよ。……それに、今のガルさんはどうやらそのときの記憶を持っていないらしいし、性格もまるっきり変わっているようだし』


 その話は、カディルグナも初めて聞くものだった。


『その、姉様……。過去のガル殿は、今とは全く……?』

『キャラは全然違ったわ。今みたいな気さくな親戚のおじさんみは微塵もなくて、神喰いの刃に相応しい、触れるもの全てを断ち切る鋭さと危うさに満ちていたわ』

『し、信じられないのよ……』


 カディルグナの知るガルさんは、ただの気のいいおじさんだ。

 物言いこそ尊大だが、面倒見がよくて、優しくて、話し相手にもなってくれる。


『創造されて一万年も経てば、世界を滅ぼす凶器も丸くなるということね』


 ディ・ティが笑う。

 そして、カディルグナも笑う。


『…………』

『――――』


 二人の顔から、同時に笑みが消える。


『姉様、ガルさんは……』

『あなたがそう感じているのなら、それは当たっているのでしょうね、カディ』


 カディルグナは冥界の神。

 その彼女が感じている。感じてしまっている。兆しを、感じとってしまった。


『いつ頃になりそうなのかしら、カディ?』

『…………』


 重い沈黙ののち、カディルグナは告げる。その瞬間だけは冥界を統べる神の顔で。


『ガルザント・ルドラ殿の寿命は、夏になる前には、尽きるでしょう』

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