第502話 冥界の神と光と闇の神と:前

 カディルグナも驚く事態だった。


『シルク・ベリアはククル・ルルルクの生まれ変わりなのよ。間違いないのよ』

「マジかよォ~~~~!?」


 まさかと思ってシルクを伴い宙船坂家を訪れたタマキだが、さすがに愕然となる。


「私が、師匠ちゃんの、最初の弟子の……?」


 呆気にとられるシルク・ベリアに、鏡の中のカディルグナも興味深げに腕を組む。


『そうなのよ。これは本当に、本当に珍しい事例なのよ。日本人の眉村絹は、異世界人ククル・ルルルクに転生したのち、異世界で一度輪廻を経てシルク・ベリアになって、それから日本に『出戻り』したのよ。いや~、こんなことがあるなんて……』


 死者の魂を統べる冥界の神カディルグナをして、感嘆せしめる現象らしい。


『多分、シルク・ベリア以外には存在しない事例なのよ』


 と、カディルグナは言うが、実はそうではない。

 バーンズ家三女スダレの夫であるジュン・ライプニッツもまた、シルクと同じだ。


 ジュン・ライプニッツになる以前の名は、ジュン・クライエル。

 異世界においてスダレの夫だった男だ。

 彼にせよ、シルクにせよ、神すら驚かせる奇跡的な出来事に違いはなかった。


『おそらく、シルク・ベリアのタマキ・バーンズへの執着も、根っこにあるのはククル・ルルルクのタマキ・バーンズへの敬意なのよ。金鐘崎美沙子の例もあるように、強烈な感情は魂の在り方そのものに多大な影響を与えるのよ』

「強烈な、感情……」


 金鐘崎美沙子の場合は、弱い自分に対する絶望ゆえにミーシャ・グレンとなった。

 両者は転生前と転生後の関係性だが、存在としては非常に遠い。


 本来であれば『出戻り』しないはずだったくらいには、かけ離れていた。

 それも全ては、元の美沙子が抱えていた自己嫌悪を起因としている現象だった。


「じゃあ、シルクの口からククルっぽい言葉が出たのも……?」

『シルク・ベリアの魂の奥底に残っていたククル・ルルルクとしての記憶が反応したのよ。それだけ、ククルはタマキに褒めてもらえたことが嬉しかったのよ』


 タマキの問いに、カディルグナが答える。

 それを聞いたシルクの中に、納得と混乱が同時に生まれる。


「……何か、すごい許せなくなったの。師匠ちゃんからククルって子の話を聞いて」


 あのときに感じた、凄まじいまでのククルに対する反感。

 彼女が吐露したそれを、カディルグナは説明する。


『それこそ己に対する反発なのよ。シルク・ベリア、あなたがククル・ルルルクに抱いたものは、ククル・ルルルクが志半ばに死したことに対する、自分への憤りなの。だからあなたはこうも思ったはずなのよ。自分ならもっとちゃんとできる。って』


 思った。確かに思った。

 ククルの死に方を情けないと思った。自分ならタマキを悲しませることはしない。


 それを、シルクはククルに対する嫉妬の表れだと思った。

 だが、違っていた。

 これは未練だ。ククルが遺した未練に対する、シルク・ベリアの意気込みだ。


「ククル・ルルルクが失敗したことを、シルク・ベリアになった私は今度こそやり遂げてみせる。つまり、そういうこと、なんですか。……カディルグナ様?」

『そういうことなのよ。シルク・ベリア。あなたは本当に、タマキが好きなのね』


 慈しむような目で自分を見つめるカディルグナに、シルクはドキッとなる。

 それもあって、彼女は自分に迫るものの気配を察知するのが遅れた。


「スッゲェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ~~~~ッ!」

「ゥゲッフゥッ!?」


 シルクの体が綺麗にくの字に折れ曲がった。

 女子にあるまじき声が出る。ミサイルみたいな、タマキによる飛びつきだった。


「おまえ、ククルかよ! ククルなのかよ~! 何で言わなかったんだよ~!?」

『今、初めて知ったことをどうやって教えろというのよ……』


 歓喜爆発、感激炸裂。そんな感じのタマキにも、カディルグナは冷静だった。

 シルクは全身を走る激痛に耐えつつも、ちょっとだけモヤっとしたものを覚える。


「師匠ちゃん、私の前世はククルだったかもしれないけど、私はシルクだよ。シルク・ベリア。それは、忘れないでほしいなぁ。ククルじゃないんだからね?」

「わかってるよぉ~! でも、でも、嬉しいんだよぉ~~~~!」


 タマキは涙ぐんでいた。鼻を啜ってもいた。

 それは、シルクとしてもちょっと驚かされてしまう。


『今だけは受け入れてあげるのよ、シルク・ベリア』

「カディルグナ様……」


『タマキもわかってはいるのよ。でも、ククル・ルルルクのことは、この子にとっても心残りの一つだったの。だから今だけは、浸らせてあげてほしいのよ』

「むぅ……」


 そう言われてしまっては、さすがに言い返せない。

 でも納得はしない。自分はシルク・ベリア。決してククル・ルルルクではない。


『それでいいのよ、シルク・ベリア。あなたの中にあるその想いこそ、まさにククル・ルルルクが望んだものなのだから。あなたはシルクとして、精一杯努めなさい』

「そうだぜ、シルクゥ~! これからも一緒に頑張ろうなァ~~~~!」

「はぁ、まぁ、そうします……」


 神に諭され、師匠に抱きつかれ、シルクはすっかり毒気を抜かれてしまった。

 ま、いいかな。前世が誰であろうとも、今の自分はシルク・ベリアで、眉村絹だ。


 ひとまず、シルクはそうやって己の中に納得を見出した。

 それにしても、人の縁って本当に不思議なモノだ。そんな風にも思った。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 タマキとシルクが帰っていった。

 そして、誰もいなくなった『観神之宮』に、集とライミがひょっこり顔を出す。


「カディ様~」

『あら、二人ともどうしたのよ?』

「さっきさ~、おじさんのスマホに電話あったよ。マリク君から」


 ライミの報告を受けて、鏡の中のカディルグナの態度が一変する。


『マリクが来るのね~! 今日という日を待ちわびたのよ~!』


 姿は幼いながらも威厳に満ち溢れていた冥界の神、一気にルンルン。


「おじさん、カディ様ってマリク君と仲良かったの?」

「そっちじゃないんだなぁ~」


 不思議に思うライミに、集は軽く笑ってかぶりを振る。


『マリクと会えるのも喜ばしいけど、我が会いたいのは我が友なのよ~!』

「わがとも?」


「うん。マリク君の奥さんがね、神様なんだよ」

「え~! あの眼鏡の可愛い子に奥さんが~!? しかも、か、神様ァ~!!?」


 ライミ、二度ビックリ。


「カディ様が言ってる『我が友』っていうのは、マリク君の奥さんの『光と闇の神』ディディム・ティティル様のことなんだけどね、ライミちゃんは知ってる?」


 集に問われ、ライミはしばし視線を巡らせて「ん~?」と考える。


「あたしは聞いたことないなぁ~。でも『光と闇の神』とか、ヤバみすごいね。カディ様の友達ってことはやっぱり『特神格』なんでしょ~?」

「いや、ディ・ティ様は『矮神格』だよ」

「え」


 ライミは固まった。それを、集はちょっとした苦笑をもって受け取る。

 彼女が語った『特神格』は最上位の神格で『矮神格』は最底辺の神格であった。


「まぁ、そういう反応にもなるよねぇ……」

「あのさ、『矮神格』って、精霊に毛が生えた程度のヤツじゃないっけ?」

「そうらしいね。僕は『出戻り』じゃないから詳しくは知らないけど」


 異世界には精霊も存在する。

 多くは神の生み出す下位存在で、神と同じく自然の力を司るものがほとんどだ。


 神との違いは死ねば消えること。

 当然、神よりは力に劣る者が多いが『矮神格』の神はそれより弱い場合もあった。


「『特神格』のカディ様と『矮神格』の神様が友達かぁ~」

『ライミ、そういう比べ方はよくないのよ。我は使える力は強いけれど、それだけのことでしかないのよ。自ら『特神格』と名乗ってこともないのよ』

「む、は~い。ごめんなさ~い」


 ライミはそこで素直に謝れるいい子だった。


「でも――」


 と、ここで集が余計なことを言う。


「ここに来るたび、ディ・ティ様、ガチガチに緊張していつも消えそうですけど?」

『…………我が友は奥ゆかしいのよ』


 カディルグナがついと視線を逸らした。


『『光と闇の神』って随分と御大層な肩書きだけれど、本当は我が友は『照明器具の神』なのよ。年経たランタンに集まった情念から生じた、新しい神なのよ』

「……ランタンの神様なんだぁ」


 それだけ聞くと、確かに大した神ではないように思える。

 ライミとしては余計にそんな神様がカディルグナの友達なのか、と思ってしまう。


『我が友は偉大な神なのよ』

「ほへ?」


 偉大?

 話を聞いている限り、随分とカワイイイメージなんだけど、そのディ・ティ様。


 ライミはそう思い、意外に感じる。

 カディルグナは友達だから、色眼鏡で見てしまっているのだろうか。


『我は死を司る神なのよ。我にできることは死せる魂を知り、死せる魂を集めることのみ。扱える力は大きいけれど、我はたったそれだけの、いわば『命の終わりを見届ける存在』でしかないのよ。本当の意味で我は命を導くことはできないのよ』

「本当の意味で、ですか……」


 集が、その部分を繰り返す。

 彼自身、カディルグナには子供の頃から何度となく導きを受けてきた。


『集ならばわかるでしょう。我は求められたことには答えるし、立ちはだかる困難を打破しうる者を教えることもする。けれど――』

「カディ様自らが誰かを導くことはしない。ということですね」


 ライミの一件を思い返して、集はカディルグナの言葉を引き継いだ。

 三重の鎖の例え。

 集を縛るそれを解く者について、カディルグナは言及した。


 しかし、それはこの神自身が集を縛る鎖を解いたということではない。

 それをなせる者について、示唆しただけに過ぎない。


『我が我が友を偉大と認むるはその部分なのよ。我が友は力そのものは小さき者。けれど神として、一番近くにある命を正しき道にいざない、導いている。それはとてもとても素晴らしいこと。心の闇を照らし、光明をなりて正しき方向を示す。我は『光と闇の神』という称号は、決して大げさなモノではないと感じているのよ』


 最上位たる『特神格』のカディルグナが、最大級の賛辞を贈る。

 そこにある敬意を、集もライミも感じ取る。


 寂しがり屋のカディルグナが、友達を過大評価している。

 ということでもなさそうだ。そんなにすごい神様なのかと、ライミも興味が湧く。


「カディ様がそこまで言うんだ~。じゃあ、立派な神様なんだね~!」

『……立派?』

「……立派、かなぁ?」


 だがそこで、カディルグナも、ついでに集も、揃って首をかしげてしまう。


「……どんな神様なの?」


 二人のリアクションに、別の意味で興味を抱いたライミが尋ねる。

 それに答えたのは、集だった。


「一言で例えると、よわよわの三下、かなぁ……」

「おじさんがそれを言っちゃうの!?」


 三下なんて、罵倒以外の何ものでもない。それなのに集はそう評した。

 しかも、カディルグナがそれを全く諫めない。集の言い分を認めちゃってるのだ。


 ――三十分後、マリクがやってきた。

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