第494話 『炎獄杯』一回戦第四試合:JK共vs俺:後
泣いている。
ライミが、肩を震わせて泣いている。
「……来魅? ねぇ、どうしたの、来魅ッ!」
エンジュがその顔を心配に染め上げて来魅に駆け寄る。
加えて、サラとお袋が、観客席からライミのところへと飛び出してくる。
「ちょっと、来魅!」
「何だい、ライミ。どうしたんだい?」
三人に寄り添われて泣くライミを、俺はただ呆然と見つめるしかない。
「な、何だ……?」
本当に、何が起きたのかが理解できず、呟きだけが漏れる。
そんな俺を、ライミに寄り添ったサラが咎めるような目で見てくる。
「ちょっと! あんた、来魅に何したのよ!」
「い、いや、待て待て! 俺は別に何もしてないってッ!」
さすがにそいつは言いがかりだ。
しかし、本当に俺は何もしてないのか。という不安も、ちょっと俺の中にある。
それもあって、強く反論することができない。
「あんたね、何もないなら来魅が泣くワケないでしょ! この子、我慢強いのよ!」
「だから、俺は何も……ッ」
「紗良、違うの……」
「え、来魅?」
重ねて俺を攻めようとするサラを、ライミ当人が止めた。
「ごめん、その、ごめんね……。本当に、違うの。アキラちゃんが何かしたとかじゃないから。……驚かせちゃって、ごめん。ありがとうね、紗良」
「……来魅」
手の甲でグシグシと涙をぬぐい、ライミは「はぁ~」と深く息をついた。
「大丈夫なのかい、来魅」
「何かあるならちゃんと言ってね?」
お袋とエンジュが、まだ心配そうな顔でライミを見ている。
「もぉ、二人とも過保護だよぉ」
ライミは、困ったように泣き笑い。
「でも、嬉しいな。縁珠も、みーたんも、紗良も、あたしなんかのために」
「なんか、なんて言うなし」
「ヘヘヘヘ、そうだね、紗良。ごめん……」
サラに軽く叱られたライミは、もう一度ため息をつく。
そして、ゆっくりと視線を見上げる。
「……幸せすぎて、泣いちゃった」
自ら告白した泣いた理由が、それだった。
「幸せすぎてェ~?」
「それ、どういうこと?」
怪訝そうな顔をするサラとエンジュ。お袋は、すでに察しているような顔だ。
「あたしさ、異世界でアキラちゃんを生んで、本当にすぐ死んじゃったの。生まれたばっかりのアキラちゃんの顔を見れたのも、数えるくらいしかなかった」
「え、でも、蘇生アイテム……」
「なかったんだよ、まだ。ライミが死んだ時代には、ね」
疑問を口にしたエンジュに、声も表情も重くして、お袋がそう返した。
サラもエンジュも、異世界では蘇生アイテムが登場したのちの時代を生きていた。
一方で、ライミはそれが登場する前に死んだ。
そこに生じる認識の差は、改めて考えればかなり大きいのかもしれない。
「あたしは、あっちではお母さんとして何もできずに終わっちゃったの」
「……うん」
ライミの悲しみを『敏感肌』で感じ取ったか、応じるエンジュのうなずきも重い。
「今はこうして、こっちでアキラちゃんと出会えて、それだけでも嬉しいのに。アキラちゃん、あたしとの試合を「楽しい」って、言ってくれたの、だから……ッッ」
一度は拭った涙が、語り続けているうちにまた零れ始める。
伸びた背筋がまた丸まって、ライミは、エンジュの胸を借りて泣き始めた。
「嬉しいよぉ、幸せだよぉ……! アキラちゃん、楽しいって、あぁ、ぁ……ッ!」
そこからはもう、言葉にならない。
姉妹同然のお袋と、幼馴染のサラと、親友のエンジュに囲まれてライミは泣いた。
それを、俺はグラウンドで一人、少し離れた場所から眺めている。
と、思いきや――、
「言っておくけど、手ェ抜くんじゃないわよ」
「ミフユ……」
いつの間にか、俺の隣にミフユが立っていた。
一瞬驚き、視線をミフユの方に流して、すぐにまたライミの方へと戻す。
「俺がそんな甘い男に思うか?」
「思うから言ってるんじゃないのよ。あんたは、無駄に情が深いんだから」
「うるせぇなぁ……」
見事に言い当てられて、眉間にしわが寄る。
「それで、どう?」
主語を欠いた、ミフユからの問いかけ。
それが何に対するものかは、こっちから問い返すまでもなく理解できる。
「まだ、遠いよ」
ライミ・バーンズは俺の異世界での実母。
それは、だが現状では、ただの情報。ただの知識。決定的に実感を欠いている。
俺があの人を母と思える日が来るのかどうか、それすらわからない。
だけど――、
「でもほんの少しだけ、重なった」
「何と?」
「百一回目のときの金鐘崎美沙子と『絶界コロシアム』のときのミーシャ・グレンと、本当に少しだけ重なって見えた。……贅沢な話だぜ、全くよ」
俺と一緒に同じことを楽しんだ。
たったそれだけのことで、立っていられないくらいに号泣するライミ・バーンズ。
そこに、俺は確かに『母親』を見ていた。1%にも満たない程度。
「そうなんだ」
「ああ」
返すミフユに、うなずく俺。
そして、ミフユが「はぁ」と肩を揺らして息をつく。
「じゃあ、その殺気は何事なの?」
「その件については、金鐘崎アキラ君に言ってくれ」
そう、ミフユが俺のところに来た理由の半分は、俺の蛮行を止めるためだ。
自分でも信じがたいレベルで、今、俺の全身からは殺気が溢れている。
ライミ達はそれどころではないので気づいていないだろう。
いや、お袋とエンジュは気づいている。その上で壁となってライミを守っている。
「そっちの根深さも相当ね。大丈夫なの、あんた」
「ああ。大丈夫だよ。今のところはな」
殺気立っているといっても、まだまだ閾値には遠い。
こうして平然とミフユと会話できているのだから、それは確かだ。
「――親父がさー」
「お義父様?」
「もしも親父がさー、ライミとくっついたら、そんときはヤベェと思うわ」
胸の内にある不安を、今のうちにミフユにだけは伝えておく。
すると、ミフユは面白いくらいに目を丸くする。
「……ありうるの、それ?」
「そりゃおまえ、ないとは言い切れんだろ。同居してんだぞ、親父とライミ」
「それも、そうね」
渋面を作る俺に、ミフユもあっけらかんと同意を示す。
「ま、ヤバくなったら何とかしましょ。そのためのわたし達でしょ、多分」
「悪ィ、頼むわ。できる限り自分で何とかするけどよ」
バカげたガキの癇癪で、この先にあるかもしれない親父の幸福を壊すのはナシだ。
そんなこと、誰にとっても不幸でしかない。俺自身にとっても。
「つくづく『壊す』か『殺す』かしかできねぇな、俺は」
「そう思ってるのはあんただけよ。目の前にそうじゃない実例があるじゃないの」
ミフユに肩を叩かれる。
その視線の先には、また手の甲で涙を拭っているライミの姿。
「もう一回言っておくけど、手は抜かないことね」
「わかってんよ」
言われて、俺は顔をしかめる。
「っつか、甘い顔して手ェ抜いたら、即座にのど元噛み千切られて終わるわ」
「そ。ならいいわ。精々、ハラハラドキドキワクワクゾクゾクしながら勝負なさい」
「これからホラゲでもやるんですかねぇ、俺は……」
颯爽と去っていくミフユの背中に低く呻いて、俺は改めて対戦相手を見る。
「で、もういいのかい?」
「うん!」
ライミは、試合を始める前と同じように元気に返事をした。
「大丈夫だよ、アキラちゃん! さぁ、試合再開だァ~~~~!」
「へいへい」
腰に手を当てて溌溂とした笑顔を見せるライミだが、顔には涙の跡がくっきり。
だからこその清々した顔、と見ることもできるのだがねぇ。
「けどまぁ、それはそれ。これはこれ。……俺の滾りは、まだ消えちゃいねぇぜ?」
そう、母親がどうとかは今は置いておく。
何故なら、ここは決戦場だ。俺達は決戦士だ。お互いにその立場でここにいる。
「見せてくれよ、ライミ! 『大胆にして無敵』と呼ばれた、その手練手管!」
「え、何でアキラちゃんがそれを知って――」
驚いた直後、ライミが観客席へ戻ろうとするお袋をキッと睨みつける。
「ねぇ、みーたん、アキラちゃんに何言ったのよォ~!」
「ハハンッ、何のことやら。アタシの分まで頑張っとくれよ、ライミ」
「言われるまでもないモ~ン! むぅ~!」
頬を膨らますライミにヒラヒラと手を振って、お袋も観客席に戻る。
さぁ、もういいだろう。インターバルは十分だ。
「行くぜ、ライミ! 俺のターンは、まだ終わっちゃいねぇ!」
「うん、来なよ、アキラちゃん! エンジュ、一緒にがんばろうね!」
「当然よ!」
そして、歓声に沸くグラウンドで、俺達の試合は再開された。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――グラウンドにて、第四試合が白熱しているその頃。
「ふぁっふぁっふぁ、決戦士共は楽しく遊んでおるようじゃのう」
「…………それも、今のうち」
「……不穏、暗雲。伏線、予兆」
闘技場の一角にわざわざ黒ローブと黒フードで統一した四つの人影があった。
「ふぁふぁふぁ、だが楽しんでいられるのは今のうちよ。何故なら、ワシらが表舞台に立つ以上、ヤツらは『真の決戦』を知ることになるからのう!」
「え~、あのさ~、ぼく、パレカはやったことないんだけど……」
四つの人影のうちの一つが、速攻で弱音を吐く。
「しゃらっぷ! マリクの兄御! それを言ったら終わる、全部終わるんじゃよ!」
「だって、わざわざテコ入れする必要ある? ぼくはないと思うなぁ~」
「い~の! せっかくのイベントをさらに盛り上げるためのサプライズなの~!」
「大会の演出総責任者がそれを言ったら、もう誰も何も言えなくなるよ……」
決してマリクではないその人影は、決してカリンではないリーダーにそうボヤく。
「ふぁふぁふぁふぁ! 我ら暗黒決戦士ダークビギナーズ! これより動くぞ!」
「自分からビギナーって言っちゃった!」
「…………ただの事実だし」
決してジンギではない人影も、コクコクうなずいていた。
「……期待、膨張。鼻息、烈風」
残る一人は、言葉通りにフンスフンスと鼻息を荒くしているのだった。
果たして、この謎の四人の正体とは――! 続くッッッッ!
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