第474話 宙船坂集、自然公園に死す:前

 翌日、ホントに来た。


「おとしゃんのおとしゃ~ん! いざ尋常にバトル~!」


 前フリすらなし。玄関口で果たし状をいきなりド~ン、である。

 なお、果たし状には『はたし上』と書いてある。


「「「お邪魔しま~す!」」」


 しかも、何かいっぱい一緒だ。

 玄関口に出た集は、まずこれについて確認しなければならない。


「……どなた様ですか?」


 めまいがしそうな状態で尋ねると、真っ先に頭を下げてきたのは一人の中学生。


「あ、どうも、お久しぶりです、集さん」

「やぁ、ケント君。君もいるんだね」


 ケント・ラガルクはタマキの彼氏でアキラの親友。

 今回はどうやらまとめ役として、タマキに同行しているようだった。


「ウチのタマちゃんと書いてバカと読むバカが大変失礼なことをしたようで……」

「ひで~よ、ケンきゅん、ひで~よ!?」

「うるせぇよ、バカ」


 集に深々頭を下げながら、ケントはタマキを無感情に罵った。


「ま、まぁまぁ、それくらいで……」


 彼女に対して冷め切った目を見せるケントをなだめつつ、次に見るのはその後ろ。


「久方ぶりであります、集殿!」

「やぁやぁ、久しぶりじゃないか、集のおじさん!」


 キリオとラララであった。

 二人は、過去にあった『キリオ』の一件で集に世話になったことがあった。


「あ、二人も来たんだね~。こんにちは」

「それがしらだけではありませんぞ!」

「ども」


 挨拶する集にキリオがそう言って、その隣から出てきたのは、仏頂面の中学生。


「佐藤大樹といいます。ラララの幼馴染で、タイジュ・レフィードともいいます」

「君がタイジュ君か。クラマ先生から聞いてるよ。直に会うのは初めてだね!」


 永嶋家の事件で集が力を借りたクラマ・アヴォルトは、タイジュの伯父だ。


「ウチの伯父がお世話になってます」

「いやいや、お世話になってるのは僕の方だよ!」


「フフ~ン、彼はこのラララの生涯のライバルにして、最愛の夫なのさ!」

「そういう恥ずかしいのはやめろ」


 腕を組んで無駄に胸を張るラララを、タイジュが抑揚のない声でたしなめる。

 それを見ただけで、二人の関係性が把握できた。で、気になったのはその後ろ。


「えっと、彼女はどうかしたの……?」


 そこには、長い黒髪を三つ編みにした眼鏡の少女がいた。

 大体が明るい雰囲気にある中で、何故か彼女だけさっきから下を向きっぱなしだ。

 纏っている空気が闇の色合いを帯びているのは、集の気のせいだろうか。


「うわ、もう来たの~? って、やけに人数多くないッ!?」


 そこへ、二階から降りてきたライミが通りかかった。


「お、ライミ、おっす~!」


 タマキが元気に手を挙げて挨拶をした、その直後だった。


「来魅ィィィィィィィィィィィィィィィ――――ッ!」


 ずっと俯いていた三つ編みの少女、エンジュ・レフィードが顔を上げ、吼えた。

 いきなり自分の名前を叫ばれて、ライミがギョッとする。


「あ、あれぇ~、縁珠じゃ~ん。何でこんなトコにいるのォ~?」

「それは私のセリフッ! 何で来魅がおじいちゃんの実母なのよォ~~~~!?」

「おじい……? ……えええええええええええええッ!?」


 事態を把握したライミは、両頬に手を添えて驚愕の絶叫を上げた。

 ちなみにこの二人、中学時代からずっと同じクラスで、付き合い自体は結構長い。


「え~と、つまり……」


 集が、固まっている二人を交互に見やり、状況の認識に努める。

 だが先に、ケントが要約した。


「二人は親友で、ライミさんがひいばあちゃんで、エンジュがひ孫ってことですね」

「人間関係が粉砕骨折してるな」

「ハァーッハッハッハッハッハァ――――ッ! 広がり続ける家族の輪だね!」


 単刀直入な感想を述べる父と高笑いして全肯定する母に、エンジュは肩を落とす。


「でもそれを言ったら、今の美沙子の婚約者はアキラの長男だしなぁ」

「えっ」


 何の気なしに告げた集のそれに、今度はライミが激しく反応を示した。


「何々、どーゆーこと? みーたんの今のオトコ、アキラちゃんの子供なの!?」


 血相を変える彼女への返事は、ほぼ同時。


「そーだよ」

「そーだぞ」

「そーっすね」


 集、タマキ、ケントの順番であった。


「ついでに言うと、シンラの兄貴殿の娘がウチの末っ子のヒナタでありますな!」


 そしてキリオがダメ押しの一撃を加える。


「そして私と来魅の関係がさらに加わったワケなんだけど……」

「人間関係が玉突き事故を起こしてるな」

「ハァーッハッハッハッハッハァ――――ッ! 膨張し続ける家族の輪だね!」


 レフィード家の反応、三者三様。


「何なのよ、それ……?」


 そのライミの呟きに正しい答えを返せる者は、この場には誰もいないのだった。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 自然公園まで来たところで、集は改めて確認した。


「……つまり六人で僕に殴り込みに来たワケだね?」

「…………。…………はい」


 強く目をつむって、ゆっくりとうなずいたケントの顔は、なかなか趣深かった。


「そっかぁ、十代の若者六人が僕みたいな中年のおじさんを寄ってたかって、かぁ」

「う……ッ!」


「ケント君には、止めてほしかったなぁ~」

「ううう……ッッ」


 チクチクとケントの心を攻めていく集だが、タイジュが代わって答える。


「タマキさんに知られた時点で選択肢は二つです。俺達なしか、俺達ありです」

「殴り込みをしないという選択肢はないんだね……」


 眉間にしわを寄せる集に、しかし、タイジュは無表情にかぶりを振るだけだった。


「あったり前だぜ~! だってバトりてェモン! な、そうだろ~!?」

「いかにも! 父上殿も認めたというその実力、確かめねばならんであります!」

「ハァーッハッハッハッハッハァ――――ッ! このラララも興味津々さー!」


 タマキとキリオとラララが、テンション激高で首をコキコキ、指をポキポキする。


「……止めて、くれなかったんだね」


 集が、残る三人――、ケントとタイジュとエンジュをジッと見つめた。

 ケントとエンジュは目を逸らし、タイジュは「無理でした」の五文字で済ませた。


「ね~、マジでやんの~? おじさんケガしちゃうって~!」


 ついてきたライミが喚くが、タマキが「だいじょーぶ!」と明るく一蹴。


「ちゃんと手加減はするって! 『参った』したら終わりだァ!」

「う~ん、まぁ、それなら……」

「ちょっと、おじさん? 大丈夫なのォ~?」


 渋々ながらもうなずこうとする集を、ライミが心配げに見やる。


「安全装置付きだから大丈夫だよ」


 ケント達を見て、集はぎこちなく笑う。


「大丈夫、だといいなぁ……」

「ほら~! 全然自信ないんじゃ~ん!」

「ま、死にはしないよ、きっと」


 盛大にため息をつきつつ、集も軽くストレッチを始めた。

 その間に、タマキが金属符を取り出して、自然公園一帯を『異階化』させる。


「ちょっと懐かしいでありますな~、この景色」

「あ~、そういえばここでエンジュともやり合ったね~」


 キリオにラララが同意を示し、エンジュがちょっとイヤそうな顔をする。


「やめてよ、お母さん。本気で」

「アハハ、ごめんね、エンジュ~」

「お母さんって……」


 明らかに年下の少女を母と呼ぶ親友に、ライミは眉根を寄せるしかなかった。


「よっしゃ~、変身ッ!」


 元気なかけ声と共に自然公園の一角に一筋の稲妻が落ちる。

 そして、そこに現れたのは、黒いマフラーに純白の装甲。

 バーンズ家最強を誇るタマキ・バーンズの異面体『神威雷童カムイライドウ』である。


「マジかよ、タマちゃん。バッチリ本気じゃねーか……」

「ちょっとちょっと、ちょっとォ~~~~!」


 その威容を表した変身ヒーローを前に、怪人じゃないおじさんが悲鳴をあげる。


「手加減? これ手加減なのかな? 僕にはそうは思えないんだけどなぁ!」

「だいじょーぶだってェ~! ちゃんと手加減するってェ~!」


 言いはするタマキだが、全身から発散されるワクワク感は散歩前の飼い犬の如し。

 これは、勝負が始まったらどうなるかわかったものではない。


「か、確認だけど『参った』で終わっていいんだね? 本当だね? 絶対だね!?」

「お~! 本当だぞ~! 絶対だぞ~!」

「ううううう、わかったよ、早々に終わらせちゃおう……」


 長々とため息をつく集を見て、ケントの罪悪感もそろそろ限界に達しそうだ。


「あの、何かあったら俺もちゃんと止めに入るんで……」

「頼むよ、ケント君。頼むよ? 頼むからね?」

「も、もちろんですよ!」


 タマキの方へ、トボトボ歩き出す集だが、ライミがそれを止めようとする。


「無理だって~、勝てるわけないよ、おじさん!」

「まぁ、何とかやってみるよ。すぐ『参った』すればいいだけだから……」

「本当かよ~ぅ」


 集はライミに手をヒラヒラ振って「行ってきます」と告げる。

 そ彼はタマキの前に立って、両者、10m程の間合いでしっかりと向かい合う。

 レフェリー役はケントが務める。


「よっしゃ~、がんばるぜ~!」

「がんばんないでいい、全然、がんばんないでいいからね?」


 はしゃぎっぱなしのタマキとは対照的に、集は疲れ切った顔でかぶりを振る。

 そして、ケントがゆっくりと右手を挙げた。


「じゃ、二人とも行くぜ」

「おう!」

「あ~、うん、いいよ」


 タマキと集の了解を得て、ケントが右手を振り下ろした。


「始めッッ!」


 自然公園にある野原に開始の声は響き渡り、早々、まずは集が動いた。


「わぁ~! 無理無理無理無理、ごめんなさいごめんなさい! ダメだァ~!」


 タマキが見ている前で、彼は両手で頭を抱えて背中を向けて身を丸めた。

 見た目、人体でできたボールのようである。


「え~……?」


 自分が構えるよりも先にこんな反応をされては、タマキも戸惑う以外にはない。


「ううううううううう、無理だよ、無理無理、無理……」


 大の大人が、子供に背中を見せて、しかもガタガタ震えて弱音を吐いている。

 その場の空気も弛緩して、もはや勝負どころではない。


「あの、おとしゃんのおとしゃ~ん……?」


 タマキが、スタスタ歩いて震える集に近づき、その背中に右手を伸ばそうとする。

 その手首に、細い鎖がジャラリと巻きつけられた。


「あぇ?」

「よっこいしょ、っと」


 かけ声と共に集は立ち上がって淀みない動きでタマキの背後に回る。

 鎖は、彼が手にしている万力鎖と呼ばれる分銅付きの鎖で、いわゆる暗器である。


「わ、わ、わぁ~!?」


 右手を後ろに回されて、タマキがバランスを崩す。

 踏ん張ろうとする彼女の足を集が軽く払って、タマキはうつ伏せに転がった。


 そして、タマキが動転から立ち直る前にその四肢を捉え、鎖で縛り上げていく。

 右手と左足、左手と右足を、それぞれ別の鎖で繋げて奇妙な形に束縛した。


「ふぅ……、これで完了、と」

「わ~、何これ何これ、全然力入らねェ~! 動けないよぉ~!」

「ま、そういう縛り方だからね。無理に動こうとするのはやめておくといいよ」


 立ち上がった集が、タマキにそう忠告する。

 しかし、それで大人しく従うなら、そもそもバカ呼ばわりはされないのだ。


「何だ、こんなの! こんな、こ――、痛ァ! 関節痛ァい!?」

「無理に動こうとすると、手足の関節に急激に負荷がかかる縛り方だからね、これ」


 つまり、かかる力が強いほどタマキのダメージが大きくなるヤツである。


「にゃ~~~~!?」


 草の上でがんじがらめにされたタマキが鳴く。

 集は、チラリとケントの方を見た。判定の催促である。


「え、でも、集さん、始まってすぐに無理とか、ダメとか……」

「うん、言ったね。でも『参った』とは言ってないよね」

「おおぅ……」


 平然と言ってのける集に、ケントは軽くひいた。


「え~っと……」

「ふんにぎぎぎぎ……、あばばば! 痛い! この、クソ! ぁ痛ァァァァ~!」


 ケントは悪戦苦闘しつつ自爆を繰り返すタマキを見て、すぐに右手を挙げる。


「集さんの勝ち~!」

「ふぅ、何とかなった~……」


 判定を聞いた集が安堵のため息をつく。

 その様子を眺めていたライミが、ポツリと一言、呟いた。


「オトナってきたない」


 その場にいる全員の感想の代弁だった。

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