第412話 ミフユちゃんの回想:中

 ――前回からの続きです。


「佐村家の連中は日本語を使えるだけの犬っころだわ、ホント!」



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 佐村家の『年始の会』といえば、その筋では有名な催しである。

 資産家とはいえ、一家族の年始の挨拶に過ぎない『年始の会』なのだが――、


「……参加者の七割が佐村じゃない苗字の人ってどうなのかしらね」


 佐村本家次期当主のミフユが、眉間に思いっきりしわを寄せながら呟く。

 本日、1月2日。

 三日間かけて行われる『年始の会』の本番とも呼べるのが、今日だ。


 元旦には、佐村家だけの『年始の会』が行われた。

 こちらは別に特筆すべきことはない。

 あえていうなら、会場はいつもの高級ホテルでした。くらいなものか。


 着飾った親戚連中があけおめして、お年玉をもらったり渡したりしていた。

 こいつらはミフユと夢莉に、こぞっておべんちゃらとお世辞攻勢をかけてきた。


 が、そこに立つはだかったのが、高市堅悟と興宮凛々人の二人であった。

 共に高身長で体格がよく、高市は強面で、リリスは独特の圧力を持っている。


 そして、二人とも『出戻り』ということもあり、常人に対抗できる存在ではない。

 近くにリリスがいるというだけで、ミフユは心から安心していられた。


 彼女にここまでの安堵を与えられる存在は、リリス以外にはアキラだけである。

 そのアキラは、同じ頃、金鐘崎本家親戚連中に仕返し真っ最中だった。


 佐村家は、家としての歴史は浅いため、親戚含めての総数はせいぜいが数十人規模。

 年始の挨拶といってもそこまで、長い時間がかかるものではない。


 ただ、夢莉以外、一切の例外なく瞳に¥マークを浮かべてミフユに近づいてくる。

 今は亡き佐村の首魁であった佐村勲の遺産相続人である彼女に、だ。


 狙いがわかりやすすぎて、笑えないのだが笑えてしまう。

 だが、それも仕方がないことではある。

 佐村勲は一代にして国内有数の実業家として成り上がった財界の雄である。


 つまり、佐村家自体が名家に仲間入りしたばかりの、成り上がり一族なのだった。

 親戚一同、ほんの十年前まではただの一般庶民だった者ばかり。


 彼らはまだ、心身共に金と欲に浸かり切っていない。

 だから富を求める心を捨てきれず、光に誘われる虫の如く、ミフユに群がるのだ。


 だが、そんな彼らは狙いがわかりやすい分、まだまだ可愛げがある。

 問題は2日。

 つまり本日開催される『佐村グループ・年始の会』の方だったりする。


 今日の催しの舞台は宙色ではなく、天月を挟んだ先にある県庁所在地の|陽室市ひむろし》。

 そこにある、県内でも一番大きなホテルを貸し切って行われる。


 わざわざ会場を移すのは、そうする必要がある人物が参加するからである。

 昨日の『佐村家・年始の会』に出席していた親戚連中は、今日も全員が来ている。


 そして、その親戚連中の部下、知人、取引先の重役、知り合いなど。

 佐村家以外の人間も参加するのが、この『佐村グループ・年始の会』である。


 一次産業、二次産業、三次産業、四次産業。

 あらゆる業種、あらゆる界隈、あらゆる業界の人間が、会場内に入り乱れている。


 彼らは皆、佐村という一つの血族を介して集められた者達だ。

 佐村という名が生み出す巨万の富を求め群がる、あるいは寄り添う者達でもある。


 今は亡き佐村勲は突出した経営の才覚を用いて、一つのシステムを構築した。

 それは、金を発生させるためには佐村の人間が必要となるシステム。


 詳しくは、各分野の収益構造の要所に佐村家の人間を配置したのである。

 勲は、利益が発生する一連の流れの中に佐村の人間が組み込まれるよう仕組んだ。


 そうすることで佐村家は、何もせずとも自然と利益を得られるようになったのだ。

 一度完成したシステムは創始者の勲がいなくなっても、問題なく稼働し続ける。


 これがあるから、各業界の要人達は佐村家の人間を無視できない。

 結果として生じるのが、この、日本産業界の一大挨拶回りイベントというワケだ。


「これはこれは! お久しぶりです、○○商事の山田社長!」

「おお、○×システムの鈴木会長じゃありませんか!」


 と、近い業種同士で親しげに挨拶を交わす顔見知り同士もいれば、


「あけましておめでとうございます。わたくし、こういった仕事を――」

「これは恐れ入ります。わたくしはこういう者で――」


 と、繋がりが見込めそうな業種の経営者同士、初対面で名刺を交換したり、


「おやおや、今年の『会』に××社の人は来ていないようですねぇ」

「何でも、とある案件で争った相手が、佐村家の方だったらしくて……」

「それはまた災難な。その案件とやらで得られる利益で、この『会』に参加できないことで生じる損失が埋められるとは到底思えないんですけどねぇ~」


 と、この場にいない人間についての陰口を堂々と叩いていたり。

 ミフユがどこを見回しても、あるのはそんな光景ばかり。

 そして、そういった光景を作り出しているのは、全て佐村家以外の人間だった。


 様々な業種の要人が集うこの場はいわば儲け話の鉱脈。ビジネスチャンスの宝庫。

 普段接することのない遠い界隈の人間と繋がるからこそ生まれるものがある。


 皆、それを求めて積極的に佐村家に取り入って、この『会』に参加しようとする。

 参加者達にしてみれば、佐村の人間はこの『会』の入場許可証も同然だ。


 煌びやかに飾り立てられた、新年を祝うこの場。

 だが飛び交うのは、儲け話か、儲けに繋げるための準備の話か、陰口のいずれか。


 何とも、非常に、とても、生臭い。

 シェフが手がけた料理の匂いが、人間臭さと金の匂いを上手いこと隠している。

 それがなければミフユの鼻は機能を喪失していたかもしれない。


 しかし、そこまではいい。

 ミフユからすれば、自分から関わることがない場所での話だ。好きにすればいい。


 問題はこの場にいる連中全員の真の目的が、ミフユであるということだ。

 佐村勲が築き上げたシステムは、別に佐村家を富ませるためのものではない。


 全ては自分を、ひいては遺産を受け継ぐミフユを富ませるためのものなのだ。

 彼のシステムによって佐村家が得る利益は、巡り巡ってミフユのもとに到達する。


 勲が築いたのは『自分のミフユのために佐村家が利益を得るシステム』であった。

 この『会』に参加している者の中で、それを理解していない人間はいない。


 彼らにとってミフユこそ『佐村家の富の象徴』なのだ。

 だから、何としても彼女に近づこうとする。皆が、八歳児に群がろうとする。


 ミフユは思い出す。

 去年、初めてこの『会』に参加したときのことだ。


 まだ佐村勲が健在で、自分も『出戻り』しておらず佐村美芙柚のままだった。

 七歳だった自分から見ても、自分を囲もうとする大人の異常な熱気が感じられた。

 勲はそれを、柔和な笑みを浮かべつつ、その実、完全に見下していたが。


「ハァ~~~~、笑えないわねぇ……」


 ミフユから長々と漏れるため息。

 今年は勲がいないからか、去年より自分に対する視線が露骨な気がしてならない。


 自分の後見人である夢莉は、すでに多数の社長共に囲まれている。

 そっちは高市がいるから、何事もなく終わるだろう。だがこちらは、この分だと、


「あけましておめでとう、美芙柚ちゃん!」


 ほら来た。


「いやぁ、大きくなったねぇ~! 去年とは見違えたよ!」


 随分と馴れ馴れしい物言いで近づいてきたのは、見覚えのないおじさんだった。

 よい表現をすれば、恰幅のいい紳士。ミフユの率直な感想でいうなら、樽。


 背が低く、体が丸い。

 顔は見れないことがない程度だが、欲に濁った瞳が全てを台無しにしている。


 あ~、いたいた。

 娼婦時代にもいたわ~、こんな客。

 金持ってる俺ツェェェェェェェェェェェって思い込んでるたぐいの典型例。


 で、欲と脂にまみれた樽紳士のおじ様の隣に、ミフユより少し上くらいの少年。

 おじ様の狙いが見え見えすぎて、噴き出すのを堪えるのが大変だった。


「美芙柚ちゃん、勲君と美遥さんのことは残念だった。どうか元気を出してほしい」


 ミフユが何も言わないまま、おじ様はどんどんと話を進めていく。


「美芙柚ちゃんもご両親がいなくなって寂しいことだろう。……そうだ」


 と、ここでおじ様、ハッと思いついたようにパンと手を打つ。

 ウソでしょ。冗談でしょ。

 隣にお子様を置いているのに、今この場で思いついたような演技するの。


「実は、ちょうどウチの孫が――」


 本当に思いついたように言い始めるおじ様に、ミフユもそろそろ口を開きかける。

 だが、その直前に、ミフユの前に割って入る影があった。


「ご歓談のところ、失礼いたします。ミスター」

「む……」


 その場に介入してきたのは、もちろん、リリスであった。

 黒スーツに身を包んだ偉丈夫が、物腰穏やかに、されど存在感をもって割り込む。


「な、何だね、君は……!?」

「私はミフユお嬢様の身辺警護を任されている者です」


 狼狽するおじ様に、リリスは笑みを崩さずに自分の立場を明かす。

 そして、一歩引いてミフユの隣に立つと、


「ミフユお嬢様は佐村の家の者として、この場にいる皆様にご挨拶をして回らなければなりません。あまり長い時間お話をされますと、差し障りが出てしまいます」

「ぐ、しかしだね……」


 おじ様はチラチラ孫とやらとミフユを交互に見るが、リリスは有無を言わさない。


「ミスター。老婆心で言わせていただきますと、お嬢様をこれ以上この場に留めるのは、ミスターにとっても決してよいことではないのでは?」


 言って、リリスがチラリと周囲に視線を走らせる。

 それを目で追ったおじ様は、周りにいる参加者達の視線にやっと気づく。


「さっきから一人でしゃべっているぞ、あの男――」

「ああ、あいつか。他のパーティーでも主催者に絡もうとしていたな――」


 ミフユと接する機会を狙う他の参加者から向けられるまなざしは、とことん白い。


「……く、失礼する!」


 その視線の重圧に耐えかねて、おじ様は孫を伴って去っていった。

 最後に孫が見せた『何だったんだ』と不思議がっている顔が、印象的だった。


「さ、行きましょう。お嬢様」


 リリスに促され、ミフユはうなずくと彼と共に夢莉の方へと歩き出す。

 その裏側、魔力念話にて――、


『ママ、素敵ィ~~~~! カッコよかったわ~~~~!』

『あらあら、ありがとう、ミフユちゃん。それにしても、無粋なお客様でしたね』


 娼館の主人をしていたせいか、リリスはああいう『粋』ではない人間には厳しい。


『ここ『粋』な参加者なんているワケないわよ~。イキリならたくさんいるけど』

『あら、お上手』


 念話で話しながら歩いていると、夢莉がやっと囲いを突破してきた。


「ミフユちゃん、大丈夫?」

「ええ、夢莉叔母様。リリスマ……、ん、リリトお兄様がいたから問題ないわ」


 ヤバイヤバイ、ママと言いかけてしまった。

 さすがにこの場でそれは言わない方がいいだろうと、ミフユは何とか誤魔化す。


「それより、叔母様こそ大丈夫だったの? 随分とたかられてたけど」

「そんな虫みたいに言わないの」


 叱られてしまった。

 いや~、虫と大差ない連中だと思うんだけどな~。と、ミフユはやや不服気味。


「こっちは大丈夫よ。高市もいるし、何かあっても問題ないわ」

「…………」


 夢莉の傍らで、高市堅悟が無言のまま直立不動。

 いかにも『守護神!』という感じの彼を見て、ミフユは納得せざるを得ない。


「これから、私はまた対応に出なくちゃいけないから、ミフユちゃんは――」

「ミフユについては、俺に任せておいてください」


 ここで、リリスがポンと自分の胸を手で叩いて、笑ってうなずく。

 その所作の一つ一つに、ミフユは強い安心感を覚える。それは夢莉も同じようで、


「興宮さんがいてよかったわ」


 と、素直にリリスのことを評価してくれた。

 その後、夢莉は客への対応に追われ、ミフユの方にも次々に客が寄ってくる。


 皆、勲の後継者であるミフユに近づかんとするハイエナ共ばかりだ。

 本当に、勲はミフユにとって余計なことしかしない男だ。無間地獄で死に続けろ。


「失礼いたします、お客様。ミフユお嬢様にはどういったご用件で――」


 だが、ハイエナ共がミフユに近づくたび、リリスが前に立って壁になってくれた。

 非常にスマートで、かつ、断固たる態度で臨む鉄壁のボディガードっぷり。


 本当に、本当にリリスがいてよかった。

 心底からそう思うミフユであった。


 そして夢莉もまた、ミフユの防波堤になっているリリスを見ていたらしい。

 思えば、すでにこのときに兆しはあったのかもしれない。


 だが、まだこの時点では、何もなかったのだ。

 きっかけは、この『年始の会』の終盤、そのときに起きた事件であった。


「……本ッ当、笑えないのよねぇ」


 アキラ達の前でそれを語るミフユの顔色が、そこで一気に褪せたのだった。

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