第98話 土曜日/何でそういうの出ちゃうかな
さぁ、来週はキャンプだぞい!
シンラ提案による、夏の一大イベント! 隣の県まで進出だァ!
海でこそないものの、湖があるってことで、しかも泳げるんだってよ。
マジかよ、水着用意しなきゃじゃん。ウッヒョ~、今から楽しみですねぇ~!
ちなみにキャンプは二泊三日。
参加者の都合を確認したところ、来週半ばから後半にかけてになったぞ。
今のところ、不参加者は二人だけ。スダレの旦那さんと親父だ。
参加者は次の通り。
俺、お袋、ミフユ、タマキ、シンラ、ひなた、スダレ、シイナ、タクマ、ケント。
う~む、多いね。
賑やかで楽しくなりそうですわ、こいつは。
シンラによるともう一人くらいは来ても大丈夫とのこと。
いやいや、さすがに多いって。十分だって。
不参加者は、まぁ、どっちも普通にお仕事だそうです。
つか、シンラのやつ、親父まで誘ってたのはどういうつもりなんだか。
「なぁなぁ、キャンプって何買っていけばいいんだ? テント? 薪?」
「何でそのチョイスになるのよ……」
俺の家にて、本日も来ているミフユに尋ねてみたらそう返された。
あ、お袋は今日も出かけてます。最近よく出かけてんねぇ。
「事前に買っていくものなんて、水着とか虫よけスプレーとかでいいでしょ」
「あれ、そんなモンでいいんか?」
「今の時代、テントとか必要なものはキャンプ場で借りられるわよ」
へぇ、そうなんか。
キャンプとか行ったことないから、その辺は全然知らんわ。
「よく知ってんねぇ、ミフユは」
「わたしも受け売りだけどね。雑誌とかでよくやってるわよ、キャンプ特集」
「ほぁ~」
感心して、思わず気の抜けた声が出てしまった。
ちなみに現在、時刻は昼ちょっとすぎ。
昼飯はさっき食った。タマキも例の『女磨き』なので今日もミフユと二人である。
「あ~、でも水着か~。学校指定のモノしかないぞ……」
「やだ、ウソでしょ、ジジイ。ダッサ……」
「ひでぇ言われようですねぇ!?」
チャイムが鳴ったのは、俺がショックを受けたまさにそのタイミングだった。
「お?」
「あら、誰かしら」
「は~い」
俺が応対に出ると、ドアを開けてケントが入ってくる。
「団長……」
ケントの名を呼ぼうとした俺は、そこに立つ男の死にそうな顔を見て、声を失う。
え、何、どうしたの。完全に顔色がホラー映画の幽霊役の人なんだけど……。
「ど、どうしたのよ、ケント。何があったの……?」
ミフユも心配顔で玄関まで駆け寄ってくる。
俺とミフユに迎えられ、ケントは力ない様子で家の中に入る。そして一言。
「もう、俺にはどうすりゃいいかわかりません……」
零す声も、やっぱり死人のそれだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ケントから一通り話を聞いた。
「「うわぁ……」」
それが、俺とミフユの聞き終えた際の最初の反応。
「つまり、菅谷真理恵がキャンプへの参加を希望している。理由は、多分おまえを喧嘩屋ガルシアから守るため。なお、菅谷真理恵とタマキは犬猿の仲っぽい、と?」
「はい……」
説明し終えたケントは、俺達の前で正座してうなだれていた。
俺は、とりあえずミフユと顔を見合わせる。
「あのさ、ミフユ」
「何よ?」
「おまえが前に言ってのって、つまり、これ?」
「まぁ、そうねぇ。まさか、そんな風にこじれてるとは思ってなかったけど……」
ミフユが腕を組み、難しい顔をする。
そうかそうか、最近タマキが『女磨き』を行なってた理由は、ケントだったのか。
そうかぁ~、なるほどなぁ~。そうかぁ~……。
ミフユの隣で、俺も同じく腕を組んで、きつく目をつむってしまう。
色々と納得がいった。と同時に、現状の厄介さにめまいを覚えそうになる。
「とりあえず状況を整理するぞ、ケント」
「はい……」
あかん、ケントが本気で半死人だ。目も声も虚ろだ。
しかしそれを慮っても状況は好転せんワケで、まずは現実を認識しよう。
「まず、ケント。おまえは菅谷真理恵が好き、なんだよな?」
「はい。菅谷さんを尊敬してますし、実際、かなり気になってもいます」
「一方で、菅谷の方も脈なしではなさそうなんだよな、一応」
「だといいなぁ……」
ただ、中二と二十代前半だと、下手したら十歳差か。
さすがに厳しいような気もするけど、とりあえずこれは今は無視する。
「で、タマキだけど――」
タマキについては、ミフユが口を開いた。
「あの子、あんたのこと好きよ。絶対。それは保証してあげる」
「…………」
きっぱりと言い切ったミフユに、ケントは下を向いたまま眉間にしわを寄せる。
「……それは、間違いないんですか、女将さん」
「ないわね。あんただって、それは薄々感じてたんじゃないの、ケント」
「それは、はい。もしかしたら、くらいには……」
ケントの声に力がない。
まぁ、タマキについては俺ですらわかってたくらいだ。当人も察しはしてたろう。
「で、あんたが好きな菅谷真理恵と、あんたを好きなタマキが、仲が悪い、と」
「はい……。まぁ、片や喧嘩屋、片や刑事ですから」
むしろ仲がよかったら困る組み合わせですねぇ、こいつは。
さて、ここまで状況を整理した上で、言ってしまおう。
「メチャクチャ綺麗な三角関係だなぁ……」
「やっぱそうなんですかねェェェェェェェェェェェェ~~~~!」
ケントがすっごいでかいため息をついた。もう、十秒以上続くようなすっごいの。
「っていうか……」
ここで初めて、ケントが顔をあげて俺達の方を見てくる。
「団長達はどうなんですか? その、お嬢が俺を――、っていうのは……」
「どう、って言われても、なぁ?」
「そうねぇ……」
俺とミフユは互いに顔を見合わせて、ケントに返したのは俺だった。
「まぁ、今さら?」
「えええええええええええええええええええええええ……」
縋るような顔つきだったケントが、半泣きになってしまう。
「何かないんですか! うちの娘はおまえにはやらん! みたいなのは!?」
「むしろタマキを任せるならケントしかいねーだろ。ってのは俺らの共通見解」
「どうしてですかァァァァァァァァァァ――――!?」
どうして、とか言われても……。
「だっておまえ、タマキのこと絶対守り抜こうとしてくれるじゃん?」
「当たり前じゃないですか。お嬢なんですから」
「俺らとしてはそれだけで理由としては十分なんよ」
「えええええええええええええええええええええええ……」
むしろ他にどんな理由が必要なのかと。
今の通りに、ケントはタマキを間違いなく大切にしてくれる。
俺もミフユもそれを重々承知している。
そして多分、タマキ自身も。だからこそ――、って、あれ?
……もしかして、タマキが生涯未婚を貫いた理由って、そういうことなのか?
「何よ、どうかしたの、ジジイ?」
「いやいや、何でもない」
俺はかぶりを振って、逸れた意識を元に戻す。
「今のタマキはおまえより強いと思うけど、だからってそれを理由におまえはタマキを守らない。なんていう判断は多分だけど、しないだろ?」
「そうですね。まぁ、それは……」
若干歯切れが悪いが、ケントは俺の言葉を肯定する。
「だから、タマキとケントについては俺らは別に口を出すつもりはねぇのよ。むしろどうぞどうぞって感じでは、あるんだけど――」
「俺が好きなのは、菅谷さんなんです」
そうなんだよね~。ケントは、菅谷真理恵のことが好きなんだよね~。
だから、事態はややこしくなってるんだよね~。
「で、ケントは結局どうしたいの? その人がキャンプに来ていいの? 悪いの?」
「う……」
直球をブチ込むミフユに、ケントは何故か言葉を詰まらせる。
おやおや、この反応は――、
「ああ、そうかおまえ。菅谷真理恵がキャンプに参加するなら、それをきっかけにして彼女との仲を進展させようとか目論んでるんだな? そうだろ?」
「な、なな、なッ、そ、そ、そんなワケないじゃないですか! そんなワケ!」
ケント、露骨に取り乱す。まさに語るに落ちるとはこのことよ!
「つまりそんなワケあるのね……」
そして、ケントを見るミフユの目がいささか冷たいものへと変わった。
「ねぇ、ケント」
「何でしょうか、女将さん……」
「あんたがどこの誰を好きになろうとわたし達が関わることじゃないんだけど、やっぱりタマキの気持ちを知ってると、そっちを応援したくなるのが人情なのよ」
「はい、それはわかります。当然だと思います」
「だから今のうちに教えてほしいの。ケントは、タマキをどう思ってるの? あんたがあの子の方を見る可能性はあるの? ないの? 念のために、知っておきたいわ」
この辺りは、俺にゃ聞けない部分だ。どうしても手心を加えてしまう。
しかしミフユは違う。一切容赦なしだ。ケントの気持ちを見定めようとしてる。
「俺は……、俺にとってのお嬢は」
正座したまま、ケントはしばし考える。自分にとって、タマキはどういう存在か。
やがて、頭の中がまとまったのか、ケントは語り出した。
「団長や女将さんは、お嬢がバーンズ家でも最強の存在だって言う。それはきっと、事実なんだと思います。三歳で俺の異面体についてくるような子です。成長後は本当に強かったんでしょう。それはわかります。でも――」
「……でも?」
ミフユに先を促され、それでも数秒の間を置いて、ケントは続けた。
「俺にとってのお嬢はまだまだ全然か弱い、三歳の頃のお嬢なんです。その認識が本人に対して無礼なのは百も承知です。でも、そうなんです。それを簡単に変えることはできませんよ。……俺からすればお嬢は、今でも娘みたいな子なんですよ」
沈んだ調子で、しかしはっきりと、ケントはそう言い切った。
「今のあんたは中二で、あの子は高校一年だけど、それでも無理?」
探るように、或いは確かめるように、ミフユは問いかける。
「無理っていうか、一年もすれば認識も変わると思いますけど、今すぐには変えられませんよ。正直、今のお嬢が『あのお嬢』なのも信じ切れてないのに……」
「そりゃそうか。昨日まで娘同然だった相手が、今日から彼女候補と言われてもね」
聞けたいことは聞けたのか、ミフユはあっさり引き下がった。
しかし、こいつは難しい。タマキの気持ちもわかるし、ケントの言い分もわかる。
で、だ――、
「ケントさんや、おまえの気持ちはわかったけど、それはおまえの口からタマキに伝えろよ。もし、伝える必要が出てきた場合の話な。俺らはそれ、関わらんから」
「はぁ、ですよね~……」
いくら家族でも、そこまで踏み込もうとは思わんよ、俺もミフユも。
特に恋愛沙汰なんてモンは、関わる人間が増えるほど収拾がつかなくなるしな。
俺達はタマキが可愛いが、タマキの心はタマキのものだ。
「わかりました。……俺も、お二人に話して少しだけ楽になりました。あとは、自分でどうにかしてみます。ええ、どうにか。何とかこう、いい感じに、どうにか」
ハハ、ハハ、と乾いた笑いを漏らし、すでにダメそうな空気を醸し出すケント君。
ま~ったく、仕方がねぇヤツだな~、俺の親友殿はよ~!
「ケント、ちょっと俺についてきてくれ」
「はい、何でしょうか?」
「ヒントの一つくらいはもらえそうな場所に、おまえを連れていってやるよ」
「……え?」
さぁ、ケントを連れ立って、目的の場所へGO!
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
着きました、駅ビルです!
そしてこちらが、悩めるケント少年に光明を与えてくれるお方です!
「は? 恋愛運を占ってくれ? 何ですか、父様は私を煽りに来たんですか?」
自称庶民派の、ブチギレ寸前なミスティック・しいなさんです!
「いやぁ、本当に悩める若者なんだよ、こいつ。だから頼むよ~」
俺は、ケントの背中をポンと叩く。
シイナもケントの方を向いて、少しの間、観察をする。
「ケント・ラガルクさんですよね、存じてはいますけど」
「はい、よろしくお願いします……」
「うわぁ、何ていうか、口から魂が漏れ出てるっぽい感じですね、今」
実に的確な表現だ。
自分が置かれた状況に、精魂尽き果てかけてるからな、ケント。
「しかし、恋愛運ですか。……ちゃんとお代はもらいますよ?」
「当然、仕事の依頼してるんだから、そりゃ払うさ」
ミフユに借りてな!
俺個人で自由に使える金なんて、ほとんどねぇんだよ~!
「言っておきますけど、私の能力って未来を断片的に見るだけですから、恋愛成就のヒントとかはわかりませんよ? それでいいんですよね?」
「はい、それで大丈夫です。今のうちにわかってることがあれば、できることも増えますから。そこから先は、自分で何とかしようと思ってます」
「さすがに『出戻り』だけあって、中二でも考え方がしっかり――、ぎゃあッ!?」
喋っている最中、シイナが女子にあるまじき声を出してのけぞった。
何だ、何が見えたんだ。未来を見たがゆえの、今の驚きようなのだと思うが……、
「父様。確認です。問題のお二人はタマキ姉様と菅谷真理恵さん、ですね?」
「あ、ああ。そうだけど、どうした? 何が見えた?」
俺に問うシイナの顔は完全に青ざめていた。
その尋常ならざる様子に、ケントも目を見開いて唇を引き結んでいる。
シイナが、今見たものを俺達に教えてくれる。
「多分、来週中のどこかで――」
「ああ」
「タマキ姉様か菅谷真理恵さんのどちらかが、いなくなります」
……何でそういう恋愛どころじゃない結果が出ちゃうかな。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
→幕間 『出戻り』達のサマーデイズ 終
第六章 愛と勇気のデッドリーサマーキャンプ に続く←
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます