第93話 水曜日/どッも、片桐商事でございまッす!:前
片桐商事といえば、宙色市でも有名な企業だ。
まぁ、企業って呼んでいいのかどうか、微妙なところじゃあるんだが。
という、俺の反応からも知れると思うが、大企業ではない。
商事と名乗りつつ、別に自社ビルを持ってるワケでもないし、テレビCMもない。
だが、市内ではかなり有名だ。
俺だって、何回を名前も聞いたことがある。
つまり、片桐商事が何かというと――、
「チワ~ッス! 本日は社ッ会見学のご依頼ッ、ありがとうございまッす!」
何でも屋であった。
「タクマ、おまえが片桐商事だったんか……」
昨日のファミレスでの再会から一夜明け、ここはいつもの俺のアパート前。
そこに『何でもやッたる片桐商事!』と描かれたミニバスが停まっている。
タクマ曰く『片桐商事ッの移動社屋! カッケッショ!』とのこと。
移動社屋。その響きは確かにカッコイイ。何か『おお!』ってなってしまう。
「ヨッ、ヨッ、ヨッ、父ちゃんに母ちゃんッ、本日はお仕事のご依頼ッ、まことに大感謝ッ、だッぜェ! ついて来るのッは、二人とタマキの姉貴ッかい?」
相変わらずの独特の喋り方っていうか、陽気な兄ちゃんをしておるなぁ、タクマ。
タクマ。
異世界ではバーンズ家専門の便利屋をやってくれていた、縁の下の力持ち。
本当に万能というか、いろいろできて、小回りが利く存在だった。
異世界的にはあまり知られていないが、俺の傭兵団には絶対必須だった人材だ。
傭兵団の中では『裏方にして親方』とも称されていた、一家に一人欲しいタイプ。
しかし、そんな役割とは裏腹に見た目は本気で陽気なあんちゃんだ。
短く切った髪は明るい金髪に染めて、耳にはピアスを何個も開けている。
背も高く、体はしっかり鍛えこまれて絞り上げられている。
筋肉質ながらもスマートなその姿は、髪の色も相まって豹かパンサーを思わせる。
っつってもね、顔には大型犬みたいな柔らかさがあって、怖かないんだが。
気が優しい縁の下の力持ち。っていう、本当にありがてぇ存在なんだわ、タクマ。
で、本日は夏休み自由研究の一環として、社会見学をすることになりました。
俺とミフユとタマキが、夕方までタクマの仕事を見学にGOだー!
「ヤベェ~、こういうのって何かドキドキする~!」
「母親として、息子の仕事ぶりをしっかり確認してあげなくちゃね!」
「わ~、この車、中広ェ~! タクマ、こんなの乗ってるんだなぁ~!」
三者三様、ワイワイ言いつつ車に乗り込む。
車の中は広く、そして後ろの方にはいろんな道具がぎっしり詰め込まれている。
本日、お袋はパートの面接に行っている。
どっかで働くんだとさ、あの人。前とは本当に何もかもが正反対だわ。
「んッじゃ、三人ッ共、乗ったか~ッい!」
「「「お~!」」」
「片桐商事号ッ、はッし~んしま~ッす!」
「「「はッし~ん!」」」
う~ん、このノリの軽さ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
昨日ファミレスにいたのは、バイトに欠員が出たので依頼されたとのこと。
たった四時間の助っ人のさなかに、俺達と再会したワケだ。
「ッヤ、マジであッりゃウンメーッしょ! シンゾー止まッかと思ッたぜ!」
「そりゃこっちも同じだっての。おまえもこっち来てたなんてなぁ……」
ちなみに『出戻り』の理由は喧嘩で殺されたとき、とのこと。
「……物騒な人生やってんね?」
「アッハァ、ッぱそう思うッしょ、父ちゃんもッ。今じゃぜッてェやんねェワッ!」
タクマは、自分の死を軽く笑い飛ばす。
何でも、タクマもマガコーの出なのだとか。やっぱアブねーんだな、あの学校。
「へ~、タクマ、こっちじゃオレのセンパイなんだ~!」
「おッ? 何よそッれ、タマキ姉もマガコー? それマッジ!?」
「マジマジ!」
「でもよッ、あッそこ今、ヤベェのいるッしょ、喧嘩屋ガルシアッとかッて~の」
「え~! 喧嘩屋ガルシア知ってるの~!? わ~い、それオレだ~!」
「ッはァ!? それマジかッよぅ! ヤッベ、クソウケるんッすけど~!」
う~ん、このノリの軽さ。
「何か、耳に馴染むわねぇ……」
「おまえもそう思う?」
「うん」
俺とミフユは、二人して感慨にふけってしまった。
ミニバスは市内を走って、やがて風景は見覚えのあるものへ変わっていく。
「あら、こっち……」
佐村家や三木島の家がある高級住宅地だ。
その一角にあるデケェ豪邸の前で、ミニバスは停車する。
「ちゃ~ッす、中浦ッさん。どッも、片桐商事でッす!」
車を降りたタクマが、門前のチャイムを鳴らして告げる。
すると、ザッとノイズがしてから、インターホン越しに声が聞こえる。
『ハイハイ、時間通りね。今開けるわよ』
声の様子からして四、五十代くらいのオバさんっぽい。
間もなく、門が開いてミニバスが豪邸の庭へと乗り込んでいく。
玄関前には、声の主と思われる紫色の髪をした細いオバサンが立っていた。
そしてその周りには、犬が、二、三、四、え、まだ出てくる?
「犬、八匹いるッしょ」
「うわぁい、金持ちのオバサンのイメージそのまんまだな」
犬種も様々で、小さい方はチワワにポメラニアン、トイプードルなど。大きい方はシベリアンハスキー×2と、何かモッフモッフなデケェのがいる。愛嬌あるなぁ。
「アラアラ、ごめんなさいね、片桐さん! 今日もお願いしちゃうわね!」
オバサンが、甲高い声でタクマにそんなことを言ってくる。
「いッや、任してくだッさいよ~! ッで、今日は何すッりゃいいッスかね?」
「ハイハイ、今日はね。この子達のお散歩と、庭の草むしりと、壊れた棚の修理と、二階の水が詰まっちゃってるからそこの詰まりを直してほしいの。それと――」
イヤ、多い多い多い多い!?
見ての通りこっちはタクマとガキ三匹だぞ。それわかって言ってるのか、この人。
「ッはぁ~! 毎度お仕事いッぱいだわ~、こッりゃありがッてぇ!」
「エェエェ、大変だと思うけど、片桐商事さんにお願いするとちゃんとキチンと全部やってくれるから大助かりなのよ。今日も一日、お願いね?」
「ッしゃあ! やッてやりまッすよぉ~!」
ニコニコ笑うオバサンの前で、タクマはパンと手を打ち鳴らして気合を入れた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
オバサンは車でどっかに出かけた。夕方には戻るという。
タクマは家の鍵を預かって、今は犬達と共にリビングの中に入っている。
「よ~ッしよしよし! 元気にしてたッか、おめぇ~ッら!」
「ワウワウ!」
「ワン! ワゥ~ン!」
タクマ、ワンコに大人気!
大きいのも小さいのも、よってたかって『撫でて撫でて』とタクマに群がる。
「うわぁ~、ワンちゃん可愛い~! オレも撫でる~!」
「ガウガウ! ワンッ!」
「ひぇッ!?」
タマキ、無策突撃の結果、撃沈!
「アッハ、いきなりは無理ッしょ、タマキ姉。俺ッちはもう二年ッくれぇの付き合いになッからよ、こいつらッとは。年季が違ェッしょ!」
「む~!」
「いきなり走っていくからこの子達も怖がってるだけでしょ、全く……」
言いつつ、ミフユはちゃっかりトイプードルを撫でていた。
「ッて、どうすッかな、まずは散歩――」
「散歩、オレ行く~! オレが行きたい~!」
タマキが両手を振り回し、そんなことを言い出した。
いや、おまえの周り、一匹もいないやん。と、俺はポメラニアンを撫でつつ思う。
「タクマだって分担した方が楽だろ? な? な? な!?」
「ヤッベ、クッソ必死なタマキ姉、メッチャ笑えるんッすけど~!」
「何だよ~!」
そこでタマキが騒ぐと、犬達が一斉に吠えだす。タクマが攻撃されたと思ったか。
「ワンワン!」
「ワウギャウ! ガウ!」
だが、タマキはそれに怯むどころか、思い切り息を吸い込んで、
「ワ ン ッッッッッッ !!!!」
凄まじいまでの咆哮が、部屋をも揺るがした。
そして、訪れる沈黙。八匹の犬は、逃げることもできずその場に固まっている。
「わ、撫でられた~! やった~!」
シベリアンハスキーの頭を撫でて無邪気に喜ぶタマキだが、おまえは何してんだ。
見ろ、犬全部、怯える通り越して死の恐怖に硬直してるじゃねぇか……。
「よッしゃ、タマキ姉ッ、散歩行ッてこぉ~い!」
「マジで、やった~!」
えぇ、嘘ォ!? タクマ、何言ってるんですか、おまえ……!
「ッや、こいッつらね、俺に懐くのもけッこ~時間かかったッしょ、贅沢な暮らししてッから、基本的に人間様ナメくさッてるンすわ。イイクスリッてやつよ」
「ああ、そうなのね……。おまえも苦労してんねぇ……」
しかし、人間をナメくさるほどの贅沢な生活とは、恵まれたワンコめ。
「じゃ、わたしも犬の散歩に付き合うわね~」
そう言って、ミフユはタマキと共に犬達の散歩に出ていった。
八匹いるとはいえ、タマキに震え上がっている様子なので、問題はなさそうだ。
問題があるといえば、こっちじゃろ。
「え~、庭の草むしりに、棚の修理に、二階の水回りの修繕に――」
「さすがに多過ぎね?」
俺が手伝うにしても無理がある作業量に思えるんだが……。
「ッや、これッくらいなら一時間もありゃ終わッしょ」
だが、タクマは平然とそんなことを断言する。
「え~……? ……ああ、そっか。タクマだモンなぁ」
今さら、そんなことを思い出す。こいつは『裏方にして親方』だった。
「んッじゃ、やッたるか~!」
タクマが、ピッと金属符を取り出して壁に貼り付ける。
すると豪邸の敷地内が『異階化』し、タクマが自分の
現れたのは、手のひらに乗り程度の大きさの、長い針を持った妖精。
背に透明な羽根を生やした、小さく可愛らしい女の子だ。
さらに、足元には帽子をかぶった小さなハンマーを持った妖精が現れる。
こっちはずんぐりした、ディフォルメがきいた体型の帽子をかぶった子供だった。
しかもその妖精さん、一体だけではない。
次々に増えていき、あっという間に数えきれないほどになってしまう。
『ヘ~イ、親方~、
『やっほ~、親方~、同じくセンジンシ、空中部隊揃ってるわよ~!』
そして喋る妖精さん達。
毎度、メルヘンの国に迷い込んだような気分になるわ、これ見てると。
「んッじゃ、やるこたわかッてんな、おめッら!」
『『イェ~イ!』』
「そしッたらセンジンシ、全部隊行動ッ開始ィ!」
『『ヒャッハ~!』』
タクマの号令にノリノリの反応を見せ、センジンシは豪邸の内外へと散っていく。
あとはもう、待ってるだけで全てを妖精さんがやってくれる。
そして恐ろしいことに、妖精さんが行なった仕事は現実にも反映される。
それが、タクマの異面体の面白いところだ。
通常は『異階化』した空間で起きた事象は現実には影響しない。
だが、タクマのセンジンシが行なった仕事だけは現実にまで反映されるのだ。
ただし、それも様々な制限が存在するので、何でもできるってワケでもないけど。
そういった制限を含めて考えても、タクマの異面体は凄まじい。
まさに究極の便利屋異面体だわ。センジンシ。
「さ、あとは待ッてりゃ終わるわ~」
「社会見学とは一体……」
さっさとソファでくつろぎ出すタクマを前に、俺は軽く苦笑する。
いや、知ってたけどさ。タクマの作業能力。センジンシの万能さも。でもね~。
「まッ、いいジャンね? ッつかさ、父ちゃんよ?」
「お、何よ?」
「このッまま終わったんじゃ、ちッと消化不良ッじゃね?」
「まぁねぇ。でもそれっておまえのセンジンシが凄まじいだけなんだけどね」
「ッハ! そりゃそうッしょ、だッて俺ッちの異面体だッし~?」
何か腹立つな、こいつ。
「まッ、でもよ。消化不良ッてなら、このあとやッてみね? 何でも屋」
「…………あ?」
問い返す俺に、タクマはニッコリと笑ってみせた。
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