第37話 郷塚小絵の懺悔

 賢人が、何やら突っ立っていた。

 理恵のガキと雑貨屋店主を蘇生したときのことだ。


「……何だよ?」

「いや、本当に生き返らせられるんだ、と思って……」


 ああ、人が生き返るのを見るのは初めてか。そりゃあそんな反応にもなるか。


「おおよそ、死体が残ってればどうにかなるぞ」

「すごいんだな、おまえがいた世界……。不死身ばっかりなのか?」


「そこまで万能でもねぇよ。寿命が尽きた人間の蘇生は無理だし」

「そうなのか」

「あと、死後一時間以上経ったのとか、生きるのをあきらめたヤツも無理」


 他にも幾つか制限は存在する。

 ま、それでも『殺すのが大変』な世界であったことは確かだけどな。


 蘇生を終えて、気絶したままの一家三人(笑)を一階の奥に寝かせてやる。

 そして『異階化』を解除して、現実に帰還。

 当然、火はまだまだ燃えている。実際に放火したワケだしねー。


「さぁ、果たして三人は生き延びることができるかな!」

「それは運のよさ次第だろ」


 ノリノリの俺に、実に素っ気ない返答をしてくる賢人。

 一応、消防車のサイレンはすでに聞こえてきている。誰かが通報したらしい。


「ほれ、これ着ろ」


 俺は賢人に『隙間風の外套』を渡して、自分も同じものを羽織る。


「ああ、体が透けるってヤツか」


 事前の説明を受けていた賢人は、特に疑問に思うこともなく外套を纏った。

 そして、俺達は入ってきた壁の穴から外に出て、往来へと出る。


「何だ何だ!?」

「火事だァ、火の回りが早いぞ!」

「理恵さんのトコじゃねぇか」


 そこにはすでに多くの人が集まって、口々に何かを叫んだりしている。

 それにしても『理恵さんのトコ』、ね。周りもそういう認識なの、マジ笑うわ。


「ひとまず離れるぞ」

「わかった」


 雑貨屋周りが大騒ぎになっているうちに、俺と賢人は走って商店街の反対側へ。

 100mも離れると、途端に人の姿も減ってだいぶ静かになる。


 俺達は往来からまた物陰へと入って、外套を脱いだ。

 次の目的地は、すでに目と鼻の先だ。


「さて、次だ」

「ああ」


 俺が言うと、賢人がうなずく。

 理恵に関しては、もう終わったこと。それはもう俺達の間では共通認識だった。


「それじゃ、郷塚小絵の番だ。小絵は普段から自分の店で寝泊まりしてるんだな?」

「ああ、あそこの――」


 と、賢人が視線を走らせる。


「他の店にまぎれてる、小さいブティック。あの店にいるよ、姉ちゃんは」

「そうかそうか。わかった」


 小絵に関して話す際、賢人の顔は嫌悪にまみれた。俺はそれを見逃さなかった。


「なぁ、賢人。おまえさ――」

「何だよ……?」

「おまえ、童貞?」


 率直に問う。すると、彼の顔に表れていた嫌悪は、一瞬で羞恥と憤怒に変わった。

 顔を真っ赤にして、賢人は俺を睨みつけてくる。


「悪かった。念のための確認だよ」


 そうか、やっぱこいつ、姉に『喰われ』てたか。

 俺の脳裏に、ミフユが戻った夜の記憶がリフレインされる。実にありふれた話だ。


「……ふむ」


 俺は一秒弱、考え込む。

 次の仕返しは、俺は観客に徹する方が楽しいかもしれない。


「賢人、おまえは小絵を何回殺したい?」

「百回は殺してやりたい」

「いいね。実際にやろうぜ、それ」


 全身から怨念を撒き散らす賢人に、俺は朗らかに笑いかけた。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 もう、放火する必要もない。

 雑貨屋の方に注目が集まっているうちに、さっさとこっちを済ませてしまおう。


「ふんふんふん、ふん、ほいっと」


 ガキンッ。と、鍵が回る感触。

 いやぁ、ピッキングなんて久々だったけど、何とかなるもんだなぁ。

 ブティックの裏口のドアを開けて、俺と賢人は中に入る。


 そして『異階化』。

 一瞬の浮遊感が、空間の切り替わりを知らせてくれる。


「暗いな、あっちみたいにはいかないか」


 雑貨屋は炎に照らされて暗さを気にする必要はなかったけど、こっちは闇が濃い。

 俺は空中に魔力の光を発生させて、ひとまず視界を確保しようとする。


「うぁっ」


 光が部屋を照らし出した矢先、賢人が悲鳴じみた声をあげた。

 自分と、目が合ってしまったのだ。


「わぁ~お、こりゃあまた」


 光が照らし出す、ブティックの一階奥。

 店舗部分からは見えないそこに、賢人にとって地獄のような風景が広がっていた。


 賢人。

 賢人。

 賢人賢人賢人。賢人。


 赤子の賢人、幼児の賢人、ガキの賢人、小学生の賢人、最近の賢人。

 どこを見ても、壁一面に賢人の写真。

 しかもそれらの写真にはご丁寧に『可愛い』とか『好き』とか書かれまくってる。


「うっ……」


 これには、賢人本人も顔を青くして口を押さえた。吐き気を催したか。


「あら~、これは壮観……。しかもこれ、二階もだな」


 俺は、小絵がいると思われる二階に続く階段を見た。

 もちろん、そこの壁にも賢人の写真。きっと二階も同じだろうね、こりゃあ。


 スダレからの報告書には、小絵は最近まで賢人をストーキングしてたとあった。

 小絵が就職したのをきっかけに、それも少なくなってた、とのことだが。

 あるいはこれ、十分に賢人の写真が揃ったから減っただけかもしれないな……。


「あ、あの女……!」


 俺から受け取ったポーションを口にしつつ、賢人が怒りを燃やす。

 足して大きな声ではなかったが、それを聞いたか、上の階から反応があった。


「今の声、誰~? あれ、鍵をかけ忘れたかしら……」


 トントン、と、のん気な足音が聞こえる。

 俺と賢人は階段からは見えない死角に隠れて、小絵が下りてくるのを待つ。


「……あれ、誰もいない?」


 パジャマ姿の小絵が下りてきて、辺りを見回す。全くの無防備だ。

 そして、彼女がこっちに背を向けたタイミングで、俺はダガーを手に躍り出た。


「え、だ……!?」


 小絵が気づいて振り向こうとする、その前に足に魔導の鎖を絡ませる。


「きゃっ」


 体勢を崩して尻もちをつく小絵。

 俺はその右手首を左手で掴み、小絵の開かれたままの手にダガーを突き刺した。

 切っ先を床に叩きつけ、小絵の右手を床に縫い付ける。


「ぃぎっ!?」


 小絵が悲鳴をあげかけるが、さらにもう一本ダガーを取り出して、今度は左手。

 ダン、と、左手を貫いた刃が床を叩く音がした。ほい、完了。


「ぃやっ、あ、ぁあああああああああああああああああああ!!?」


 激痛に絶叫を迸らせる小絵だが、本番はこれからですよ、お姉さん。


「いいぞ、賢人」

「ああ」


 俺の合図を受けて、隠れていた賢人も姿を現す。その手には、俺が貸したダガー。


「ぇ、け、けん……」

「死ねよォおおおおおおおおおおおおおおおおォォォォォォォ――――ッ!」


 鬼の形相と化した賢人が小絵に馬乗りになって、その胸にダガーを突き立てた。


「と……?」


 顔にうっすら驚きを浮かべた小絵の胸から、大量の血が噴き出して賢人を汚す。

 賢人は、ダガーを刺した恰好のまま、しばし動かなかった。


「ふぅ……ッ、ふぅ、ふぅ……!」


 荒い呼吸だけが、賢人だらけの部屋に響く。

 派手に散った小絵の血で、賢人の写真もかなりの枚数が赤く染まっていた。


「ほい」


 俺は、小絵を蘇生した。


「ぅ、ぁ……?」


 小絵が意識を取り戻し、自分に馬乗りになっている賢人を再確認する。


「けん、と……、そんな、どうして……」

「うるせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ――――ッ!」


 再び、ダガーが小絵を抉った。今度は胸、首、肩の辺りを複数回。

 新たな血しぶきが、写真を上塗りする。


「はぁ……、はぁ……! もう一回!」


 賢人からの要請。もちろん、俺は笑顔で応じて小絵を蘇生させた。


「うあああああぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「けん……っ」


 名すら呼ばせず、三回目の殺害は胸から腹にかけてを何度も突き刺し、抉った。

 みたび、俺は小絵を蘇生する。すると、ようやく彼女は叫んだ。


「やめてぇ、賢人! 愛してるのよぉ!」


 あ、地雷踏んだ。


「うぉあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああッ!」


 賢人、小絵の顔面滅多刺し。

 それはまぁ、そうもなりますわ……。バカめ、笑うわ。


 そして俺は小絵を蘇生。

 四度、小絵を殺しておきながらも、賢人の目にはまだまだ強い憎悪の光。

 これは、本当に百回殺し続けるかもしれないな。と、俺が思うほどの根の深さだ。


「や、やめてぇ、やめてぇ……」


 涙を流し、顔をグシャグシャにして命乞いをする小絵。

 だが、そこに賢人が靴底を叩きつけた。真上から、容赦なく、何度も。


「何がっ、何が、何が『愛してる』だ、ふざけやがって! ふざけやがってェ!」

「あぐッ、ぐぶ、おぶっ! げふっ!? や、めッ! ぎゃあぁ!?」


 賢人が、何もできない小絵を一方的に蹂躙する様を、俺は腕を組んで眺めていた。

 こいつが理恵に対して持ってたのは、飢餓にも等しい欲求だった。


 実の息子のはずなのに、まるで愛されていない事実を、賢人は味わわされ続けた。

 言葉通りなら、それこそ小学生になる前から。

 賢人は、決して理恵を嫌っていなかった。だからこそ愛憎は反転した。


 一方で、小絵。

 これはもう、理恵に対するような複雑な感情じゃない。


 嫌悪、憎悪、憤怒、怨念、殺意、恨み、憎しみ、恨み、憎しみ、恨み、憎しみッ!

 単純明解、簡潔明瞭。賢人は小絵を憎んでいる。ただその一念だ。


「うおぉあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 ゴギャッ。

 賢人が、頸椎を踏み砕いて、小絵の首が妙な方向に折れ曲がった。

 小絵の体が、小刻みに痙攣して動かなくなる。


「これで五回殺したが、気分は?」

「まだ、全然足りない」


 これだよ。

 俺は苦笑して、小絵を蘇生させた。


 賢人が見える感情に、怒りは当然含まれている。

 しかし、彼をこうまで駆り立てるものは、怒りではない。強いのはやはり、怨恨。


 怒りは熱で、恨みは雑草だ。

 激しく燃え上がる怒りに対して、恨みは心深くまで根を伸ばしていく。


 育ち切ってしまうと、もうそれは簡単に晴れることはなくなる。

 そう、今の賢人のように、何度繰り返し踏みにじっても、全然満たされなくなる。

 殺しても殺し足りないとは、まさに今の賢人のことだろう。


「やめて、やめてぇ、賢人ぉ、もうお姉ちゃんを殺さないでぇ……。お願いよぉ、どうしてこんなことするのよぉ~、ぉ、お姉ちゃんは、賢人を愛して……」


 そしてまた、小絵が泣きながら大火にガソリンをぶちまける発言。

 この人、自爆が趣味なのかな、もしかして。


「嘘をつけ、淫売がよ! おまえが抱いてるのは愛情じゃなくて、性欲だろうが!」


 そしてまた、滅多刺し。

 今までにも増して、一回の突き刺しに力が入っている。


「ほいほい、蘇生蘇生」


 ハラワタまで露わになるほど損壊した小絵の死体を、蘇生させて綺麗さっぱり。

 それにしても、今のは本当に迂闊だったな、郷塚小絵。


 賢人は認めないだろうが、小絵が賢人に向けている愛情は本物だ。

 この女は弟のことを心底から大事に思い、大切に扱っている。

 その愛情は行き過ぎて異性愛の域にまで到達しているが、愛情であるのは確かだ。


 ――だが、郷塚小絵は、愚かにも己の愛情を肉欲に結びつけてしまった。


 そうなったら、もうダメだ。

 一万回「愛してる」と囁こうと、ただ一度の「犯した」事実には絶対に勝てない。


 郷塚小絵は、自分の愛情を弟に伝えるすべを自ら投げ捨てた。

 もう、小絵が何を言おうとも、その言葉が賢人に届くことは永劫ないだろう。


「ク、クック、クックックック!」


 バカだねぇ、愚かだねぇ、笑えるねぇ。

 俺が手を下す必要なんてない。

 愛する弟に殺され続ける現実こそ、郷塚小絵にとっての最悪の仕返しだ。


「……ごめんね、ごめんね、賢人。でも好き、賢人、好き、好きなの、賢人ぉ」

「そうかよ姉ちゃん。俺は嫌いだ」


 冷酷に告げて、泣きじゃくって謝る小絵の心臓を、ダガーで一突き。

 これで、五七回目の殺害だ。

 本当に百回行くかもなぁ、と思いつつ、俺は蘇生する。


「……あれ?」


 小絵が動かない。

 不思議に思って賢人が蹴ってみるも、やはり反応なし。

 賢人が『どうなってる?』という視線を向けてくる。


「ああ、そうか。生きるのあきらめちゃったか」

「何だよそれ。まだまだ、もっと殺したかったのに……!」


 魂が死を選んだ以上、蘇生して肉体の傷を消しても生き返ることはない。

 何ともあっさりした終わり方だが、俺の気分は爽快だ。賢人は幾分不服そうだが。


「まぁ、いいじゃねぇか。小絵にとっちゃ、最悪の形で仕返しされたんだからよ」

「そうだな、それで納得しておくよ」


 俺はクックと笑って、賢人の背中を叩いた。


「惜しいな、郷塚小絵。おまえこそ賢人の救世主になれたかもしれなかったのに」


 もはや二度と動かない小絵を見て、俺は小さくそう呟いた。

 これで、俺の郷塚家に対する仕返しは完了した。

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