第33話 まだ誰も知らないことを、一番早く知りたいの
スダレがコーヒーを入れてくれた。
「……砂糖ちょうだい」
「わ~、おパパったらお砂糖入れないとコーヒー飲めないんだ~、か~わいぃ~!」
「俺が飲めないんじゃなくて、まだ味覚が成長しきってねぇんだよ!」
「……こっちはミルクちょうだい」
「わぉ、おママはミルクなんだ~。いいこと知っちゃった。誰にも教えた~げない」
口に手を当て、コロコロと笑うスダレ。
今の発言から知れる通り、こいつは『自分だけが得た情報』を明かしたがらない。
誰も知らない情報は、スダレにとっては『宝物』だ。
だが、それは誰かに知られることで途端に輝きを失い、スダレは興味をなくす。
「ウチはね~、いつでもどこでも誰よりも、誰も知らないことを知りたいのよ~」
というのは、スダレが異世界にいた頃から公言していたことだ。
「だから、おパパが斎場に連れてってくれるなら、ウチも今ここで協力したげる~」
「何、今やってくれるのか?」
「いいよ~。あとでやるより今の方が手間も少なくて済むし~」
めんどくさがりなだけかい。いや、ありがてぇけど。
「それじゃ、いこっか。――『
スダレが右手の人差し指にはめる銀の指輪。
それは、俺達が使う金属符と同じ『異階化』を発生させる魔法のアイテムだ。
銀の指輪が淡い光に包まれると共に、事務所内が『異階化』する。
本来であれば変わることのない景色が、そこで大きく、そして広く変わった。
「おぉ~」
思わず、感嘆の声をあげてしまう。
俺とミフユとスダレは今、空の上にいた。飛翔の魔法は使っていない。
だが落下するでもなく空中に留まって、眼下に広がるものを目にして、また唸る。
そこにあるのは、宙色市だった。
仁堂小学校も、高級住宅街も、宙色UJSも、宙色銀河商店街もある。
「市内ほぼ全域を網羅、かぁ。随分としっかり広げてたのねぇ、あんたも」
「にゃは~」
ミフユに言われてスダレが笑う。
俺達が見ているものは本物の宙色市ではない。これはスダレが写し取った鏡像だ。
「ようこそ、おパパ、おママ~、『万象集積階:モデル宙色市』へ~」
スダレの案内を受けて、俺達は鏡像の宙色市に降り立つ。
そこには、普通に人々が歩いていた。だが、誰も俺達の存在には気づかない。
ここに見えているのは、現実世界の影。
わかりやすくいえば、リアルタイムの立体映像が見れる場所が、この領域だった。
「この世界に『出戻り』してからね~、一年でここまで広げたよ~」
「出不精のおまえが一人でか、よく頑張ったなぁ……」
スダレの苦労を察し、俺は何となく労ってやりたい気分になった。
この領域に鏡像を作るには、現実側で情報を読み取る結界を張る必要がある。
「携帯電話の基地局を一人で設置し続けるようなものだモンね……」
と、ミフユは言うが、携帯電話を持たない俺はその辺はよくわからない。
異世界では、俺の傭兵団の人員を使って常に結界を広げていた。
「それじゃあ、第一階層『鏡階領域』から第二階層『情報の海』に移りま~す」
スダレの言葉と共に、また、景色が切り替わる。
今度は、スダレが言った通りの、海だった。広がる空と、広がる海。それだけ。
あれだ、ウユニ塩湖。
まさにあれ。海が鏡になっていて、無限に広がる空をそのまま水面に映している。
「ここは見ての通りで~す、物理的にはな~んにもありませ~ん」
「第一階層で得た情報を無限に蓄積し続けて、どこまでも広がり続ける海と空、ね」
スダレの
俺達が見ている空と海は、スダレの中にあるイメージが具象化したものだ。
「それじゃあ最後に第三階層『スダレのお部屋』に参りま~す」
みたび、景色が変わる。
俺達が降り立ったのは白い世界。地面が白く、空も白い、全てが空白の領域。
そして、その真ん中にある、パソコンデスクとデスクチェア。
パソコンデスクには、ごく薄い銀色のノートパソコンが置かれている。
その他には、一切何もない。
「こっちの世界じゃ、パソコンになるのか、おまえの異面体」
「そ~だよ~。あっちの世界だと本だったけど~、世界が変わるとこうなったの~」
あのパソコンこそがスダレの
スダレはあのパソコンを使って、溜め込んだ情報を自由に閲覧することができる。
現実の情報を常時読み取り、蓄積し、閲覧する。
この、全三階層からなる広大な情報集積異階こそ『
俺の三女、スダレ・バーンズが誇る、古今無双の情報の城であった。
「事件が起きた斎場とおパパのアパートはね~、市の反対側で、まだ読み取り用の結界の範囲外なんだよね~。だから、事件で何が起きたのかここじゃわからないの~」
「だから、現場に行く必要があるんだな。ビロバクサは、現場でならある程度過去の情報を読み取ることもできるんだったよな、確か?」
「うん、そう~。でも真相がわかってもおパパには教えてあげないんだ~」
「別にいいよ。そっちは俺はどうでもいい」
スダレは、俺の子供の中でも最も規模のデカい能力を行使することができる。
ただし、情報関連の才が極まりすぎて、それ以外がからっきしすぎるのが欠点だ。
飛翔の魔法は使えないし『全快全癒』を覚えたのも兄弟で一番遅かった。
あの魔法は使えないと話にならないので、家族全員で協力して何とか覚えさせた。
「ところでさー、何で風見家の情報調査の時点で会わせてくれなかったの?」
ふと覚えた疑問を、俺は隣にいるミフユに問いかけた。
「この子ね」
「おう」
「あんたが『出戻り』したことを最初に知れなかったから、へそ曲げてたのよ……」
「…………えぇ」
「おパパの『出戻り』もおママの『出戻り』も、最初に知りたかったのはウチなのぉ~! そんな特別な情報を最初に知れなくて、ウチがどれだけ嘆き悲しんだか!」
「スダレ」
「何よぉ~」
「シンラも『出戻り』してるぞ」
「ええええええええええええええええええええええええええええ~!?」
あ、やっぱり知らなかったか。
ウチのアパート周辺はまだ情報読み取りの範囲外って言ってたモンな……。
「やんやんやんやん~! 何でそんな美味しい情報を、ウチはウチ以外の人から知らされなきゃいけないのよぅ~! もぉ~、やんやんやんやぁぁぁぁぁん~!」
「ダイナミックに打ちひしがれてるところ悪いが、さっさと郷塚母娘の検索して?」
「ぐぬ~!」
変な声を出しながら、スダレがデスクチェアに座る。
「――検索対象、『郷塚理恵』、『郷塚小絵』。検索範囲、パーソナルデータ」
キーボードを使うのではなく音声入力。うぉ~、ハイテクゥ!
異面体であるパソコンの画面に、ザァ~っと文字や映像が浮かんでは消えていく。
時間にして一秒弱。スダレはノートパソコンを閉じた。
「はい、記憶完了~。現実世界に戻りま~す」
スダレが再び人差し指の指輪を光らせて、俺達は探偵事務所に戻った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
紙の上を、ペンが奔る。
俺達が見ている前で、スダレは報告書を超速で書き上げていった。
「これで、お~わり!」
書き始めてから、三十秒も経っていない。
だが書き上げられた報告書の量は、文字数にして一万文字近い。
「おパパがパソコン持ってるなら、データファイルにしてもよかったけどね~」
「その件については前向きに検討しつつ善処させていただく所存でありまして――」
「本当に何で買わないのよ……」
言い訳すると、ミフユにため息つかれちゃったよ。
「報告書ありがとな、スダレ。これで仕返しの方法を決められるぜ」
「おパパは本当執念深いっていうか~、年単位で道に張りついたガムみたいだね~」
「シンラにも同じようなこと言われたわ……」
十年来の油汚れとか、道路に張りついたガムとか、ひっどくない!?
ほっとけよ、それが俺なんだから。ほっとけよ!
「それじゃあ、事件現場に連れてって~」
「え、今から?」
「うん、今から~。だってそうしないと、誰かが事件を解決しちゃうかもしれないでしょ~? そんなのウチやんやんよ~。事件の謎は、世界で最初にウチが暴く~!」
鼻息も荒く、己の欲望に素直に従うスダレの姿を見て、俺もミフユも苦笑する。
「やっぱスダレはスダレだよな~」
「そうねぇ、わたしも今、同じことを思ったわ」
「何よぅ、ウチはウチに決まってるでしょ~! それより早く、現場~!」
俺は笑って「はいはい」と返す。
そして、俺達三人はビルの屋上へと移って、飛翔の魔法で空へと上がった。
時刻はそろそろ夜が近い夕暮れどき。
俺とミフユとスダレは、死体消失が起きた現場へと向かう。
そして、そこで俺は、予想だにしない二人の人物と遭遇することになる。
――郷塚賢人と、貫満隆一。
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