第20話 北村理史の滅却
階段を上がりながら、北村理史についてのファイルを読み直す。
「北村理史(読み仮名なし)。現在二十七歳、表向きは興行を生業とするプロモーターを自称。北村興業の社長を名乗るも、そのような企業は存在しない。ペーパーカンパニーですらない。って、すでにこの時点でアタマ悪いな……」
せめて、そこくらいはペーパーカンパニーにしとけよ……。
そうすれば肩書きだけでも社長(自称)じゃなく、社長(一応)にはなれただろ。
「北村興業(自称)の実態は、違法薬物の売買、違法DVDの作成・販売、特殊詐欺グループとしての活動、裏カジノの経営、違法風俗店の経営、闇金融の経営、などなど。また最近はそこに転売なども加わっている模様、と。わ~、ありふれてる~」
……何つーテンプレまみれだ。
「何だテメェはァァァァァァ~!」
と、顔中ピアスだらけのにーちゃんが、ドス振りかざして襲いかかってくる。
「両親、祖父母はすでに他界済み。幼い頃から素行が悪く、親戚からは絶縁状態のため事実上の天涯孤独。ああ、これは身動きとりやすそうだなぁ」
ファイルを読み進めつつ、俺はにーちゃんが振り回すドスをヒラリと避ける。
攻撃がよぉ、大振りすぎてよぉ、見ないでも避けられるんだが。
「十三歳で傷害沙汰で少年院行き。そこからは少年院を出たり入ったりして、悪名を高めていった、と。ふ~ん、ここで今に繋がるコネを作ったんだろうな。少年院って、色々な街の悪ガキが集まってくるだろうし。……あとは手下も増やしたか」
悪ガキ共の間じゃ、少年院帰りは一種のステータスだろうからな。
こういう『ガキの時分に他と違う経験をしたヤツ』は何かと持ち上げられやすい。
「ウラァァァァァァァァァァァァァァァ!」
さっきのにーちゃんが、今度はドスで突こうと走ってくる。
まっすぐ襲うしか能がないんかい。
俺はスッと横に避けて、にーちゃんが両手に掴んでるドスを蹴り上げた。
「あ」
ドスはクルクル回転し、そのまま天井に突き刺さる。
「…………えー」
困ってるにーちゃんのあごの下に、俺は手にしたダガーをサクッと突き立てた。
「戦闘中に困るなよ。こっちが困るわ……」
読み終えたファイルを閉じて、俺はふぅと息をつく。
周りを見れば、そこにあるのは事務机と、椅子と、棚と、多数の死体。
まさに死屍累々よ。
「ま、とりあえず北村理史についてはよくわかったわ。色々手広くやってるってことは、それなりにワルの才能もあったんだろうな。腕っぷしもあって、アタマも回って、犯罪を躊躇するような倫理観も欠如してて、傷害八件、強盗四件、窃盗十件、恐喝七件。立件はされてないけどコロシも経験済みだろうねぇ、こりゃあ」
よくもまぁ、令和の日本でここまでステレオタイプなチンピラをやれるモンだわ。
風見祥子を引っかけたのも、単純に金引っ張ってこれるからだな。
経歴を見るに、悪党としちゃあ実績は積んでるっぽい。っぽいんだが――、
「だってのに、何で手下のキミらはそんな弱いのさ……?」
俺は、積み上がった死体を前に、長々とため息を吐いた。
現在雑居ビル三階。三つある部屋の最後を、俺は単身で制圧していた。
マガツラは引っこめました。
だっていらねーモン、
こっちゃよー、ストレス発散が主目的なんだよー。
弱い者いじめっつったって、多少の歯応えは欲しいんだよ、そこわかれよー!
雑魚が雑魚過ぎたら空気殴ってるのと変わンねぇだろうがッ!
と、思ってこの三つ目の部屋からはマガツラなしで俺だけで攻めてみました。
結果はこの有様よ。ますますストレス溜まっただけだったわ。
ッはぁ~、雑魚雑魚。
ま、どうせここにいる連中なんざ、北村と同じ人種ばっかだろ。ならいいか。
「もう、これ以上の労力は無駄だと判断したわ」
俺の足元に、蒼い光で魔法陣が形成される。
それは、毎度おなじみ召喚の魔法陣。直上に黒い球体のような時空の穴が現れる。
「お、最新号の少年ジャンクあるじゃん。終わるまで読ませてもらうか」
俺は魔法陣から離れると、机の上に置いてあった週刊雑誌を手に取った。
直後、時空の穴からヴヴヴという羽音を伴って、黒いモヤが大量に流れ出てくる。
ま、モヤじゃないですけどね。
ちょっと、ゴウモンバエの大群を召喚しただけっすわ。
「北村理史以外、全員貪ってよし」
俺は召喚したゴウモンバエにそう命じると、椅子に座って雑誌を開いた。
おや、この新連載、何か面白そうじゃん。イイじゃん。
俺が漫画を読み始めると、ゴウモンバエの群れはビル中になだれ込んでいった。
そして、雑居ビルの全域で貪食という名の虐殺が開始される。
「な、何だこれ! 何か、煙が……!?」
「ハエだ、何でハエが、は、ハェ……、ィ、痛ェェェェェ!?」
「うわぁぁぁぁぁぁ、ハエが、ハエがァァァ――――ッ!」
上から響く悲鳴を聞き流しながら、俺はまったりと雑誌を読み進める。
ププッ、何このギャグマンガ、クッソシュール。
視界の端に、ゴウモンバエにたかられて体積を小さくしていく死体の山が見えた。
ゴウモンバエさんはこういうとき本当に便利。
今後も、色々な場面でお役に立っていただくことになるんだろうなぁ。
「な、何だァこりゃあ! 何が起きてやがるんだ!?」
聞こえる悲鳴がほぼなくなりかけた頃、上から響くデケェだみ声。
声の質からしてわかる。これまでのチンピラ共とはまるで格の違うチンピラだ。
つまり、結局はチンピラってことなんだけどね。
ま、こいつが北村で間違いあるまい。
ちょうど雑誌も読み終わったし、そろそろ行くかぁ。来週も楽しみだぜ。
「きったむっらく~ん、あっそっびっまっしょ~! ってね」
部屋を出て、階段で叫んで、俺は最上階へと向かう。
ゴウモンバエは、このビルにいた人間を北村以外全て食い尽くしてくれた。
大量の汚物処理ができたおかげで、周りからは何も聞こえない。
そこにあるのは、俺が階段を上がる音と――、
「何だァ、今の声は! 何で誰もいねぇんだ! オイ!」
という、北村のなっさけねぇ狼狽えボイスのみ。
ほどなく階段を上がり終えると、通路の先に、写真で見たタトゥーヅラがいた。
「よ、北村」
「何だ、ガキ……? てめ」
投げつけたダガーが、北村の右肩やや下、右胸近くをザックリ抉る。
「……え?」
北村が、突き刺さったダガーに目をやってから間の抜けた声を出す。
オイ、そのリアクション、完全にウチの豚と同じだぞ。笑うわ。
「な、何しやがる、てめぇ!」
おお、鳴いたあとのリアクションが違ってるぞ、これはちょっと新鮮。
「まぁ、新鮮だろうがやることは変わらねぇんだが?」
言いつつ、俺は収納空間から次々にダガーを取り出して、投げつけていく。
当てる場所は、いずれも肩や太もも、腕や足の末端部分のみ。
「うぎッ、ぐぇっ! ぎッ! ぎぁ!? がッ! ァぎぁぁぁぁあ!?」
俺の方に駆け出そうとしてた北村は、道半ばで大量の血と共に転がった。
多数のダガーで肉はズタズタで、筋もボロボロ、もはやミリも動けないだろうね。
「さて、北村理史」
理史DEダガー的当てGAMEを終えた俺が、悠々と北村の前まで歩いていく。
「初めまして、傭兵をしてる金鐘崎アキラってモンだ」
「よ、ようへい……?」
「そ。まぁ、初仕事なのに依頼人に信じてもらえなかった悲劇を背負った傭兵だ」
顔中を脂汗に濡らして呼吸を浅くする北村に、俺は小さく息をつく。
「早速だが、おまえには死ぬより辛い目に遭ってもらうけど、それは別におまえがこれまでしてきた犯罪の報いとかそういうのじゃなく、単におまえの運が悪かっただけだ。まぁ、それも因果応報というならそうなのかもしれないけどな」
「な、何言ってんだ、てめぇ、は……」
「北村君さー、風見祥子なんか引っかけるからこうなっちゃうんだぜー? お金欲しかったのはわかるけどさー、アレはないと思うよ、アレは」
「……な、な?」
俺は薄ら笑いを浮かべて、理解できずにいる北村の肩をポンと叩く。
ついでに刺さってるダガーにも触れて、ちょっとした激痛を与えてもみたり。
「ぃぎゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
「ああ、痛いのダメ? じゃあイバラヘビでもどうよ?」
言って、俺はさらに痛みを与えるべく北村の体を蹴とばそうとする。
するとそのとき、北村の懐からこぼれた何かが、床に当たって重い音を立てた。
「あ? こいつは……」
黒い色をした、くの字型の金属の塊。
どう見ても拳銃です。
「おいおい、おまえ、こんなモンまで仕入れてたのか? 本当に手広く……ッ」
気づいた瞬間、俺は弾けたようにして後ろを振り向いた。
「おい、北村。答えろ――、おまえ。あの女にもこれを持たせたのか?」
尋ねても、北村は荒く呼吸を繰り返すばかり。
「おまえら、ひなたを連れ出すのにも、だいぶムチャやるようになってたよな?」
「た、たす、助けてくれ……、金ならやる、だから、痛ェ、痛ェんだよぉ……」
泣き出した北村の胸倉を掴み、俺は間近で声を張り上げた。
「答えろ、北村! 風見祥子に拳銃を持たせたのか!」
「……ァ、あ」
「持たせたのかよッ!?」
三度目の詰問に、北村は口をバカみたいに空けたまま、震えながらうなずいた。
「そうかよ。最悪の情報、ありがとよ」
北村をほっぽって、俺は強く舌を打った。
何てこった。最悪のタイミングでの入れ違いじゃねぇか。
風見祥子一人ならどうとでもなると思ってた。
慎良なら、例え祥子が刃物を持ち出しても、楽に制圧できるという確信もあった。
だがとんだ油断だったぜ。
そうだよなぁ、こっちの世界にゃ、銃なんてモンもあったよなぁ!
「た、助けてくれぇ~。痛ェんだよぉぉぁぉぉ~」
「うるせぇ、今それどころじゃねぇんだよ!」
俺は再びゴウモンバエを召喚し、縋りついてくる北村にけしかける。
「ぎひっ、ぎゃああああああああああああ! 痛ェ、痛ェェェェェェェ!!?」
「北村理史、俺にとっちゃおまえは犬のクソよりどうでもいい、ハエにたかられて当然程度の存在だ。だが、これまで散々他人様を食い物にして稼いできたんだろ? だったら与えた苦痛の億分の一程度でも感じながら、消えてなくなれ」
北村が消滅する瞬間を見届けることもなく、俺は階段を駆け下りた。
「待って、待っ、ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ……、ッ……、ッ」
上から響く、北村理史の断末魔。
だが俺に、それに耳を傾ける余裕なんてなかった。
「ひなたがこっちにいる以上、最悪の展開はない。だが――ッ!」
どうしようもなく、イヤな予感がした。
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