第19話 ここが汚ェ裏社会かー、テンション上がるなぁ~

 三日後、仁堂小学校の屋上。


「はい、これ」


 髪の毛をレインボーカラーに染めたミフユが、俺にファイルを渡してきた。

 それを受け取りながら、俺は一応指摘してみる。


「あんがと。で、何、そのSSRな髪の色」

「変?」

「何で変じゃないって思えるの?」


 俺が言うと、ミフユの髪の色がパッと元の髪色に戻る。

 ああ、染めてたんじゃなくて魔法で光の当たり方を調節してたのね。


「笑えないわねぇ……。可愛いと思ったんだけどなー」

「そう思ってるなら、別に戻すことないだろ」

「いいのよーだ、バーカバーカ、ニブチン野郎のクソジジ~」


 ミフユはベ~ッと舌を出して俺を罵倒した。何だってんだよ……。


「しかし、調査ちょっぱやだったな……」

「先日、いい興信所見つけてね~。佐村グループ、今大変でしょ? その繋がりよ」

「へ~」


 生返事しながら、俺はミフユから受け取ったファイルを開く。

 そこには、日曜日にパパさんから聞いた話がほぼそのまま記載されていた。


 さらには風見家に関する情報。

 祥子の実家である藤咲家と、祥子と不倫相手の情報もしっかり網羅されている。


「不倫相手は、北村……、え~、これなんて読むの?」

「読めないの?」


 と、ミフユが横からファイルを覗き込んでくる。


「俺、漢字はあんまり得意じゃないんだよな……」

「あら、それはちょっと意外。これはサトフミ、って読むのよ。北村理史きたむら さとふみ


 北村理史、ね。

 名前は頭よさそうだけど、見た目は脳みそ空っぽそうな不良にしか見えん。


 短く刈り上げた髪は目に痛い金色してて、顔の半分にタトゥー入れとる。

 ガタイはいいけど、馬力だけなのは明らか。

 わからん、何故あのオバハンは全身イケメンな旦那よりこっちを選んだのだ。


 男として何一つパパさんに勝ててる要素ないぞ、このアンちゃん。

 あ、そうだ、そういえばパパさんの名前は何ていうんだろ、確認してなかった。


「ん? この名前は何て読むんだ? え~っと、何リョウだ、これ?」

「ホント、これだから無知なジジイは笑えないのよ。この字は『つつしむ』よ」


「ほぉほぉ」

「それに良好の良で、ミツヨシ、かしらね。風見慎良かざみ みつよし


「報告書に名前の読み方くらい入れといてほしいんだが?」

「あんたね、とにかく急げとか一方的に注文つけといて、それはないでしょ……」


 ババアに呆れられてしまった。

 うん、まぁ、実質三日かからずここまで調べてもらえりゃ、万々歳か。


「言っておくけど、あんたの童貞とは別でちゃんと料金もらうからね」

「わかってンよ。で、幾ら?」

「お金はいいわよ。一生使い切れないくらいにはあるもの」


 そうだったね、このババアは事実上の佐村グループの後継者だったね。はい。


「だから、デートして」

「あ?」

「あんたがちゃんとプランを考えてわたしをエスコートする、本物のデート」


 えええええええええええええええええ、何それェ~~~~?


「めんどくっさ……」

「はぁ~? あんたね、後払いにしてやっただけでも感謝しなさいよ!」


 それは確かに感謝してるけどさぁ~……。


「まぁ、いいわ。それは追々でも。ところで、あの話、本当なの?」

「……『ヒナタ』について、か?」


 俺が尋ね返すと、ミフユはコクリとうなずいた。

 こいつには、俺が抱いた疑念をすでに伝えてあった。


「今、いるんでしょ。そのひなたちゃんって子」

「ああ、ここにいる」


 と、俺は自分の胸元をまさぐり、首にかけていたネックレスを見せた。

 そこに指先ほどの大きさのクリスタルがあり、中に眠るひなたの姿を確認できる。


「『夢見の封印水晶』ね。こういう一件には持ってこいのアイテムよね」


 ミフユが、水晶に顔を近づける。

 この水晶は、その名の通り対象人物を一時的に封印するためのものだ。


 水晶の中では時間が停止し、封印された人物の意識は夢の世界へと送られる。

 異世界では、要人の護衛時に使われることもある一品だ。


「この子が、ひなたちゃん……」


 水晶の中に眠るひなたを、ミフユがまじまじと見つめる。

 ミフユは『ヒナタ』の母親だ。繋がりでいえば、俺よりもさらに深いはず。


 果たして、ミフユはひなたに何か感じるものはあるのか。

 俺も、やや緊張しながら、ミフユの反応を待つ。


「……どうだ?」


 堪えきれずに質問すると、ミフユは一歩退き、かぶりを振った。


「わからないわね」

「そうか……」


 俺は、ネックレスを胸元に戻した。


「でもアキラの言ってることも何となく、わかるわ」

「じゃあ、やっぱりひなたは……?」

「ん~、それはわからないけど、でも、感じるのよね。本当に何となく、だけど」


 感じる? 一体、何をだ?


「近くに『いる』気がするのよ」

「それは、俺達と同じ『出戻り』がか? それとも、子供か?」

「ごめん」


 謝られて、そして、またミフユはかぶりを振った。


「そうか」


 俺も、それ以上きくことはしなかった。わからないものは、わからないのだ。

 食い下がっても得られるものは何もない。気にはなるけどな!


「もし何かわかったら、すぐ教えてね?」

「やっぱ、おまえも気になるか」

「当たり前よ。世界が違っても、血の繋がりがなくても、わたしは母親なんだから」


 それを言うミフユの目は、確かに、母親のまなざしだった。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 やっぱよ~、物事ってのはよ~、待ちの姿勢じゃいかんワケよ~。

 俺はあの全校集会のときに、改めてそれを学んだね。


 ってことで、現在時刻、午後十時。現在地点、繁華街の一角の汚ェ雑居ビル。

 風見祥子と北村理史が普段イチャイチャチュッチュしてるのが、ここだ。


 正確に記すなら、北村が率いている半グレグループの拠点。

 調査報告書によれば、北村は近隣の街に影響力を持つこの辺の裏の顔役らしい。


 ヤーさんにも太いパイプがあり、カジノだクスリだと手広くやってるようだ。

 つまり、これが何を意味しているかというと――、


「一夜にして組織が壊滅しても、だ~れも損しないってことだァ~~~~!」


 むしろ社会のゴミが掃除されて有益!

 つまり俺がこれからすることは間違いなく正義! 大義は我にこそ在り!


 実はよ~、割と今日まで悶々としてたんだよな、俺ァよ~。

 慎良に護衛のこと切り出したら笑われるし、ひなたのことはわからないしでよ。


 ひなたに了解取って水晶使って見えて、慎良から無理矢理護衛引き受けたけどな。

 だが一方で『ヒナタ』の件は確かめようがないから、ストレスが溜まる一方。


 こうなったら正義という名の弱い者いじめで、ストレス発散の時間だァ!

 風見祥子の動向は確認済み。あいつは今夜はここにゃあいねぇ。

 あいつだけなら、慎良一人で十分対応できるだろうから俺はこっち担当だぜ!


 ビルの入り口付近、入ってすぐの壁に金属符をペタンと張って、いざ『異階化』。

 そしてさっさとマガツラを具象化させて、俺はビルの中を闊歩する。


「おうおう、見た目ボロいクセに中は案外広ェじゃねぇの」


 三人くらいは並んで歩けそうな通路を歩くと、右の横手にドアが見えた。

 そこからは、威勢のいい声が幾つも漏れ聞こえてくる。


「この間の女、いい具合だったな~」

「ああ、あのJKか? そうは言うけど、結局壊しちまったじゃねぇかよ、おめー」


「気持ちよすぎたんだから仕方がねぇよ。今、病院だっけ?」

「らしいぜ。何なら、退院したらまた襲うか? クスリ盛ればラクだろ」


 OKOK、実にいい会話だ。こいつらは死んでいいと確定した。

 見てろよ見知らぬJK、俺が仇を討ってやるぜ、おまえのこと顔も知らんけど!


「オラァ! どうもこんばんはァ、傭兵お届けにあがりましたァ!」


 俺は勢いよくドアを蹴破る。――マネをして、マガツラにブチ破らせた。

 クソッ、こういう場面じゃ七歳の体が恨めしい。早く大人にならんかなぁ~。


「な、何だァ!?」


 部屋は狭めの事務所みたいな感じで、事務机が二つと、応接用のソファがった。

 突入した俺に、立ち上がる部屋の中の三人。

 痩せたスキンヘッドに、ぶっといモヒカンに、あごの長いロンゲがいた。


「あぁ!? ガ、ガキ……?」

「はい、遅~い! 敵同士の最初の挨拶は武力行使で、これ鉄則!」


 最初に反応したモヒカンを指さし、俺は叫ぶ。

 そこのときには、マガツラの鉄腕がモヒカンの顔面を陥没させていた。


「ひっ」

「そこで怖がってるヒマがあったら逃げるなんなりしろ。失格!」


 反射的に息を呑んだロンゲの腹に、マガツラが貫手で大きな風穴を空ける。

 はい、これで二人死亡。命って儚いね~。いつも思うわ。


「え、は……、ぇ。えええええええええ!?」


 床に血と臓物モツをブチまけて倒れた同僚を見て、スキンヘッドが腰を抜かす。


「こんばんは。アウトローのおにいさん。てめぇントコのリーダーの北村理史とラブラブしてる風見祥子っていうオバハンに過去に見捨てられた経験がある金鐘崎アキラっていいます。今日はその仕返しの一環として、まずオバハンの後ろ盾になってる北村さんちのグループをブッ潰しに来ました。てめぇらには今日で行方不明になってもらいます。覚悟はしなくていいぞ、してもしなくても一緒だから」

「な、な、何言ってんだよ、おまえェェェェェェェェェェ!?」

「日本語」


 俺は素直に答え、マガツラは回し蹴りをし、スキンヘッドは上半身を失った。

 上半身だったものは砕け散り、壁一面にベチャアと叩きつけられる。


「ヘッ、俺が喋ってるのが日本語とわからないとは、おまえ、国語の成績低いな?」


 俺は漢字が読めないだけで、日本語のことはわかるモンねー!


「我が頭脳がまた一つ新たな勝利を得たか。フフフ、勝利など容易い」


 俺は勝者の愉悦を感じつつ、意気揚々と階段を上がっていった。

 よ~し、ストレス発散するぞ~!

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