パンジャンドラムの夏

のいげる

第1話 プロローグ


 なんだい。あんたは。どいてくれないかな。そこに立っていられたんでは床を拭く邪魔なんだ。よいしょっと。このモップは俺にはちょいと重すぎてな。うまく使えないんだ。歳は取りたくないもんだ。海軍じゃマッチョで通して来た俺なのに、今じゃこんなヨボヨボの爺だ。

 ああ、ああ。これでいい。すまないな。お若いの。何だか邪魔をしてしまったようで。

 おや、俺を尋ねて来たんだって?

 そいつは奇妙だな。もう何十年も、誰も俺のことなんざ気にしなかったのに。

 パンジャンドラムだって!

 単刀直入に聞くなあ、あんた。軍の秘密を尋ねるときには、もっとこう声を落としてきくものだ。

 いいとも。話してやるよ。俺のところまで辿って来たってことは、本物の方のパンジャンドラムについて訊いているんだよな?

 今まで誰にも話さなかったのは別に秘密だからどうだとかそんな話じゃない。誰も俺には尋ねなかった。ただそれだけの理由さ。

 ワーズワース少佐にエマ、ゴメス、それに他のパンジャンドラマーたち。どれも懐かしい名前だな。一人を除いてみんな気のよい奴らだった。

 今じゃ、あれを知るのはこの俺ただひとり。それもそう長くはないだろう。


 さあ、ここに入って座りな。ちょっとばかし長くて、ちょっとばかり遠い昔の話だ。この老いぼれ頭じゃ詳しく思い出すのも、ちと、骨が折れそうだからな。

 レモネードでもどうかな。今日は暑いから。コーヒーがいいならそっちの棚だ。勝手に作って飲んでくれ。おっと、ついでに、俺の分も作ってもらえるとありがたいな。


 うむ。確かに俺はあの秘密兵器に関係していたよ。

 誓ってもいい。あの運命の日に、俺は確かにあそこにいたんだ。


 悪魔の車輪、パンジャンドラムと一緒に。


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