あ、ダメなやつだ、これ

 事の始まりは神聖国ルリジオンから親書が送られてきたことから始まった。


 別にルリジオンから親書が届けられることには問題がなかった。

 エスポワール王国と神聖国ルリジオンは友好国であり、時折そういうこともあるので、とくに気にしてはいなかった。


 もちろん親書が届けられることには問題が無かったので、国民や貴族も大半が親書が届けられたことを知っている。別に隠すようなことでもあるまいし。

 その、中身が問題なだけであって。


 親書の存在自体は国民も知っていたが、中身までは誰も興味を持たなかった。


 ただし、貴族は別だ。


 国王が拝見した親書に記されていたこと。


 神からの神託とその内容である勇者召喚。

 必要魔力と術者がルリジオンでは全く足りていないのでエスポワール王国にて召喚の儀式を行ってほしいという旨と召喚術の術式が親書の内容であった。


 勿論国王は頭を悩ませた。

 無論親書に記された神託の内容はユスティーツも目を通した。


 そして判断した。召喚すべきで無いと。


 その理由として召喚する者は異世界の、争いに無縁な人物を召喚するらしい。

 この時点でユスティーツは召喚する気がほとんどなかった。


 そして次に召喚される人数は一人以上。そして召喚時に魔力の使いすぎで術者が数人死亡する恐れがあるとのこと。最悪、全滅する可能性もあると。


 割に合わない。そう思った。


 わざわざ神が召喚を促すのだから召喚される者たちはそれ相応の潜在能力ポテンシャルがあるのだろう。


 だが、超優秀な戦力最低一人か今も尚前線で戦い、実戦経験豊富な宮廷魔導師をはじめとする魔法騎士団100名以上。


 どちらを優先するかは、火を見るよりも明らかである。

 それに善王と評されるユスティーツには、無関係の異世界人を無理矢理こちらの戦争に参加させることへの罪悪感もあった。


 そして、ユスティーツの考えはエスポワール王国中の貴族に報告された。


 元々ルリジオンからも気が乗らないならしなくても良いとは言われていた。


 だが、エスポワール王国は荒れた。


 一部の良心的な貴族は「それならばしょうがないな」と言って勇者召喚はあっさりと引き下がった。


 だが、反対派がダメだった。


 彼らは「なぜ召喚しない」とか「召喚人数一人以上!?ならば魔法騎士団が限界まで魔力を込めて出来る限り召喚範囲を広げれば呼び出せるのでは無いのか!」など。


 彼らは楽をしたかった。

 ここ暫くは大きな戦いもなく、平和に暮らしていたが、いつどこで、どのタイミングで魔王軍が進撃してくるのかはわからないのである。


 それに強欲でもあった。

 勇者召喚によって魔法騎士団の人数が減少すれば、自分の息子娘を騎士団に推薦して、実績を出せば爵位も上がるかもしれない、と。


 彼らは実に強欲であった。


 そのため、勇者召喚を国王に行わせるために普段は仲が悪い貴族も全員が力を合わせて国王を説得した。


 時には「魔法騎士団数十名が犠牲になる」という事実を隠したまま、領民に勇者召喚賛成の同意を記す、署名書まで用意した。


 そして議論の末、ユスティーツは思った。


 あ、ダメなやつだこれ、と。


 勇者召喚反対派は少数であれども手を尽くした。


 しかし、召喚賛成派は数でそれを覆した。

 最終的には召喚しないなら国を攻める勢いで。


 そしてユスティーツは決断した。

 異世界から勇者を召喚することを。


 数万人の国民の命と、無意味な争いによって数多くの騎士が命を落とすくらいならば、と。


 魔法騎士団には悪いと思いつつも、どうか全員が生き残って欲しいと願いながら頼んだ。……八割ほどは魔力枯渇で死亡したのだが。


 そうして10名ほどの異世界人が召喚された。


 どうか、生きて全員が異世界に帰還できることを祈りながら。



 □■



 エミリー王女の椿たちが召喚されるに至った経緯を聞き終えたタイミングで立食パーティーは終了したみたいだ。


 もう少し話したかったし、話してくれたことへのお礼を言いたかった椿だったが、エミリー王女は王女としての立場もあるため、会場にすぐさま帰っていった。


 その後、遅れて会場に戻った椿は勇者一行には王宮においては衣食住が保証されていることが教えられた。そして戦争に参加するにしてもしないにしても訓練する必要があるので教官として現役騎士団と宮廷魔導師が紹介された。

 これから戦友になるのかとしれないのだから親睦を深めておこうということらしい。


 そうしてパーティーが終わると、椿たちはメイドに客人を招く部屋がある場所に連れてこられた。

 あくまでも客人として扱うらしい。


 そして椿たちは各自に一室ずつ与えられた部屋に入った。

 勿論客室なので中は煌びやかとした豪華な部屋で、なんと天蓋付きのベッドもあった。


 椿は部屋の規模に若干驚きつつも、体をベッドに放り出した。


「どうしよっかな。これから」


 明日からの訓練のことなども考えながら、疲れていた体の意識ははゆっくりと沈んでいった。

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