第2話 命令
古の巫女と七匹の竜の血によって創られたと伝わる冠竜国は先々代から続く愚王の統治により民は貧困に喘いでいた。
先々代は国土を広げ、周辺諸国と次々と戦争を繰り返し、暴虐の限りを尽くした愚王、先代は好色で歴代で最も多くの妃を後宮へと迎え入れ、湯水の如く金を使う色欲に溺れた愚王であった。
先代国王の弟が謀反を起こし、現皇帝に首を据えかえて早十年。
未だに解決出来ていない問題は多く、城は常に人手不足であり、優秀な人材を常に欲していた。働かざる者食うべからず、給金もらうべからず。
そしてそれは王族でも例外はない。
「聖域の様子がおかしいんだ。藤李、行って確認してきてくれないか? お前にしか頼めない」
現冠竜国国王陛下こと紫瑠庵が悩まし気な声で言う。悩まし気なのは声だけで顔は君の悪いほどニコニコしている。
「このクソみたいに忙しい時期にですか?」
ただでさえ忙しく、夢見が悪くてイライラしていた藤李は言う。
瑠庵の従兄弟である紫藤李は腕に溢れんばかりの書簡と紙束を落とさないように抱えて瑠庵を睨み付ける。
結い上げた美しい黒髪に華やかな飾りはなく、服装も男性用のものを見に着けている。
白い肌にはそばかすが散り、平たい身体に色気はなく、小柄な少年と言っても差し支えない。
女の身でありながら藤李は一か月ほど前に、今と全く同じ台詞、同じ顔で戸部尚書の小間使いを命じられたばかりである。
色々と無理があるのでは?
そう思ったのは最初だけだった。
悲しくも色気のない平たい身体に、元々悪い言葉遣い、地面に座ればすぐに胡坐をかくような藤李に女性らしさは感じない。女性にしては高い身長も、男性だと思えば小柄でひょろひょろしたように見られ、顔に描いたそばかすは女性にしたら大きな原点要素であり、顔面重視の男の視界に留まることはない。
それに子供の頃から本ばかり読み、外に出ることを嫌っていたため、宴やお茶会にほとんど参加したことのない藤李の顔を知る者は少ない。
瑠庵の言う通り、問題なく男として通用してしまったのである。
今も各部署を回り、書類の印鑑と提出を求め、書簡を回収し、戸部に戻る途中だった。
秘密の通路を通り、国王陛下の御前に通されて今に至る。
「この国は今も飢饉に喘いでいる。それは干ばつ、豪雨、地震、冷害、様々な気候現象が大きな原因になっているのは知っているだろ?」
「もちろん」
国の再建を図り、十年余り。未だに飢えに苦しむ者が減らないのは作物が上手く育たないことが大きな原因になっていた。
「私はそれが聖域に住まう神獣達への配慮が足りてないせいだと思っているんだ」
この国は昔から神獣が住んでいると伝承が残っている。
七匹の竜に、四匹の神獣がこの国には存在するらしい。
「それって本当なの? 誰も神獣なんて見たことないでしょ?」
「竜の血が流れた者が未だに存在し続けているのだから神獣だっていると思った方がいいだろ?」
質問に対して質問で返された。
巫女の血を受け継ぐ王族と七匹の竜の末裔である七大貴族が存在する。
竜の血をより濃く引き継ぐ者達は法力と呼ばれる特別な力を持っている。
「確かに、竜がありなら神獣もありか」
藤李は諦めたように頷く。
「元より、年に一度は巫女が聖域の巡礼を行っていたらしいのだが、先々代から行われた記録がない。きっと軍事に夢中でおざなりにしていたんだろうな」
「でも様子を見に行くなら誰でもよくない?」
「聖域には巫女の血を引く王族でなければ入れない決まりだ」
その言葉に藤李は撃沈する。
「私、戸部の仕事で忙しいんだけど」
常に人手不足の城内でも戸部は特に忙しい。財政管理を任されている戸部は常に数字と隣り合わせで、間違いは許されないため、みんなはいつも神経質をすり減らし、疲労を常に抱えて仕事をしている。
「そう言えば、呪われた尚書とはやっていけそうか?」
「今の所は大丈夫そう。たぶん」
部署替えを希望したところで通るわけでもない。
「呪われた姫に呪われた尚書、良い組み合わせだ」
我が見立てに狂いない、そう言って笑う瑠庵の顔面に拳を飛ばす。
もちろん頭の中で。
にこにこと不気味に微笑む瑠庵を一瞥して、藤李はその場を後にした。
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