第3話:お茶会をはずませるもの、お茶とお菓子と──

 前世の記憶を思い出してから一週間が経ちました。


 この一週間、サラの手配したお医者様に健康そのものとの診断を受けたり、一応扇動した手前取り巻きの子たちにいじめを止めるよう伝えたりしながら、メアリーの様子を観察していた。

 “何もしない”と方針を決めはしたけど、様子見くらいは良いわよね?

 今朝もこうして教室で談笑する彼女達の姿を見ている。


「メッアリー! おっはよー!」


「おはようございます、ノエル様」


 教室に元気な声を響かせたのは天才魔法少年ノエル・アンファンだ。外見はどう見ても10歳程度のお子様だが、実際の年齢は17歳、わたしたちより一つ上の二年生。当然教室も違うのでわざわざ1年の教室まで降りてきたことになる。熱心なことで。


「ノエル、朝からはしたないですよ。他の皆様にも迷惑です」


「そうだな」


 ノエルを注意するのは今日も麗しいカルバン・アーサー様。言葉少なに同意するのは武人然とした大男ローラン・シュバリエ。


「も、申し訳ありません、私もはしゃいでしまって……」


 とメアリーが頭を下げれば、


「まあまあ、いいじゃないか。元気なことは良いことだ。それに明るい空気は良い朝に相応しい、だろ?」


 留学生のテオフィロ・キアーラがフォローを入れる。この3人はメアリーとともに1年生であり、こんな調子でよく一緒に談笑している。


「だよねー!」


 ノエルがテオフィロのフォローに乗り、メアリーとハイタッチ。イェーイ。


「楽しそうなことで……」


 独りごちたところで始業の鐘がなった。


 ────────────────────


 昼休みになった。食堂でフレンチっぽい昼食を食べながらメアリー一行を観察する。彼女達は今朝と同じ5人で仲良く昼食を食べている。


 この一週間観察していて分かったことが3つある。


 1つ、メアリーの攻略は順調そうだがまだ誰のルートにも入っていないということ。

 マジダムは4月の入学式から始まり──因みに暦は日本と全く一緒だ──3月の卒業式で終わる。今はまだ5月中旬なので序盤の共通ルート範囲内だ。見たところ好感度の偏りもないのでルートを固定するようなフラグも立っていないだろう。あちらもまだ様子見と言ったところか。


 2つ、メアリーのキャラがゲームのときと少し違う。

 ゲームの主人公にはプレイヤーの没入感を尊重する無個性タイプと一人のキャラクターとして独立した個性の強いタイプがあると思う。

 『Magie d'amour』のメアリーは前者だった。“メアリー・メーン”という名前もデフォルトネームというだけでプレイヤーが変更出来たくらいだ。そのせいかメアリーには無口で表情も薄い印象があった。しかし、この世界のメアリーはよく笑うし、あと何というか、男性との距離が近くてムカつく。今朝のハイタッチだってメアリーのイメージとは少しズレてる気がするのだけど……。まあ、無愛想でモテモテ、というのも違和感があるし攻略対象を侍らすには今の方が現実的かもしれない。


 3つ、わたし以外にも恋敵仲間が居るということ。

 マジダムには3人の恋敵ライバルが居る。1人目のわたし、エリザベット・イジャールは意地悪なかたき役といった感じだが、残りの2人はもっと真っ当な恋のライバルだ。

 1人はセレスト・リリシィ。屈指の武闘派であるリリシィ伯爵家の2年生。本人も戦乙女ワルキューレと称されるほど強く、美しい。スラッと伸びた肢体と青みがかった黒髪のポニーテールが特徴的で同性からの人気も高い。

 そして、彼女はローランに恋をしている。

 もう1人はミリア・ローリー。小柄で無口な少女だが、あれで結構人なつっこく、気付くと会話の輪の中に入っている。頼りない見た目とは裏腹に頭脳明晰で、マジダムキャラ随一の情報網を持っている侮れない1年生。

 そして、彼女はノエルに恋をしている。


 首を伸ばし食堂を見渡すと他のモブ貴族とは一線を画す華やかさを持った人物が2人。セレストとミリアだ。

 華やか、というのは比喩でもなんでもなく、他のモブたちは大体黒か茶色系統の地味な髪色なのに対し、二人だけ青みがかった黒髪と薄紫髪という派手な髪色なのだ。一目でわかる。

 その2人も、心なしか少し恨めしそうに、メアリー一行を見ている。

 ゲームではこの2人がメアリーに悪感情を抱くことはなかったはずだけど……。メアリーの性格が変わった影響かしら。ふふ、ざまあ。


 そんなことを思いながらメアリーに視線を戻すと、ふと彼女と目が合った。


「……」


 そしてすぐに目を逸らされた。


「…………」


 そう、あれからメアリーにはどうにも避けられている。正直彼女とは関わりたくないから願ったり叶ったりだけど、「ごめんなさい」の一言も言えないのはちょっと困る。これ以上いじめるつもりはないが、これまでいじめた分の謝罪もしとかないと後が怖い。

 だから謝罪するチャンスを伺ってるんだけど、彼女には逃げられっぱなしだ。基本的にいつも攻略対象の誰かしらと一緒だし、その影に隠れられてしまってはもうお手上げ。加害者と被害者、そして被害者を護る騎士の構図になってしまうと加害者であるこちらの身が危ない。

 まあ、先日まで彼女をいじめてたわけだし避けられるのも仕方ない。仕方ないんだけど、それでも少しイラっとしてしまう。自分の器の小ささがいっそ惨め。


 上の空で味も良く覚えてないが、気付けば昼食もほとんどなくなっていた。残った付け合わせのポテトを口に放り込み、ごちそうさまも早々に席を立つ。

 向かうのはメアリーたちの元、ではない。彼女に手出しはしないと決めたし、そもそもカルバン様の婚約者でもないわたしにどうこう言う権利もない。けれど、それでも腹立たしいモノは腹立たしい。丁度良いところに不満顔の2人が居るのだ、この鬱憤を晴らすのに付き合って貰おう。


「セレストさん、ミリア。今日の放課後、お茶会でも如何ですか?」


 ────────────────────



 多少困惑されたもののライバルズお茶会を開くことに成功した。


「突然のお誘いにも関わらず、お付き合いありがとうございます」


「いえ、お誘い、光栄」


「そうですね。しかし、突然だったことよりも寧ろエリザベット様が直接いらしたことに驚きました」


「お恥ずかしながら、急な思いつきでしたので。それに、どうかエリザベットとお呼びください、セレストさん」


 学園内では建前上身分による上下関係は無しとなっている。とはいえ貴族である以上爵位や序列は気にするモノで、そのバランス感覚も社交界の練習と言える。


「そうか、貴女の寛大さに感謝しようエリザベット。君はこういった個人的な集まりは好まないのだと思っていたよ」


 言われてみれば権力を誇示するための大規模なお茶会は好きだけど、こうした小さなお茶会を催すのは始めてかもしれない。


「そう、相談?」


「そうね……」


 後ろに控えたサラをちらりと見る。このお茶会を用意してくれたのも彼女だ。


「盗聴の対策は万全で御座います。ここでの会話が漏れることはありません」


「流石ね、サラ」


 こちらの意図を正確に察してくれるあたり本当に流石としか言い様がない。


「ここでのことはお互いに他言無用でいいですね?」


 2人が頷くのを確認して続ける。


「では、お話しします。といってもそう大層なことではないのですが、あの平民の小娘と殿方たちの態度、面白くないですよねえ?」


「「…………」」


 え、なにこの沈黙。もしかして外した?


「それだけ?」


「え、ええ。だってそうじゃない。彼女でもないわたしが何を言う資格がないのも分かってますけど! カルバン様はあんな小娘の何が良いんだか! あんなに付きっきりで、優しい笑みまで浮かべちゃって、あんなの10年の付き合いのわたしにも滅多にしてくれないんですよ! 彼女が悪いわけじゃないの、それでもなんだか癪なのよ! お二人もそうでしょう!?」


 思わずヒートアップしてしまったけど、ここで2人が乗ってこないと正直不味い。かなり痛い。


「そう、気持ちは分かる。ノエル様もボディタッチが多すぎる。今朝のハイタッチだって! 素性を洗っても綺麗、話してもいい子そう。だからメアリーを追い落とすのはやめた、けど……!」


 よし、ミリアが乗ってきた。さらっと身元を調査しているのが怖いけど。

 こうなれば構図は二対一、無言の圧力がセレストにかかる。


「そ、そうだよな。ローランだって────」


 共通の陰口ほど盛り上がる話題もなく、話し出したら止まらない。

 なお、愚痴の中心はメアリーではなく男性陣への不満になった。流石正統派ライバルは良識的だ。

 現状は面白くない、でも客観的にメアリーも攻略対象たちにも非は全くないという状況に不満がたまっていたのは彼女達も同じだったようで3人で愚痴を語り続けた。


 気がつくと日もすっかり落ちていた。


「ふぅ、スッキリしたわ。そろそろお開きね、今日はどうもありがとう。お互い様だから分かってるとは思うけれど、」


「ああ、今日のことは他言無用。そうだな」


「もちろん、わたしも結構なことを言った……」


 落ち着いたのか照れたように笑う。

 お互い様とはいえわたしなんか不敬罪すれすれのことを言ってた気がする。他人に話せる訳がない。


 これでお開きの流れかな、と思っていると


「ああ、そうそう」


 セレストが思い出したように何事かを付け足した。


「君がメアリーのことを逆恨みしていないようで安心したよ。よくない噂を聞いたものだから」


「それは……」


 わたしが言い淀んでいると、代わりにミリアが口を開いた。


「失礼ながら。その噂は事実。ですが、だいたい一週間前から手を出していない。わたしも理由は気になっていた。何があったのです?」


「何という程のこともないのだけれど、そうね、少し頭を冷やされることがあっただけよ。思えば無様なことをしていたなって」


「そうか、反省したなら何よりだが、きちんと謝罪は済ませたのだろうな?」


 う、ご尤もな指摘で耳に痛い。まだしていないけれど、こちらにも言い分がある。


「謝ろうとはしたのです。でも、わたしはあの子に避けられてるようで……。声を掛けようとすると逃げられてしまうのです」


 我ながら言い訳がましいが、2人は信じてくれたようだ。


「以前までの君ならば平民に謝るなど信じられなかったが、家格で劣る私を先輩として扱うその態度に免じて信用しよう。向こうとしても先日までいじめられていた相手に呼び出されたら避けるだろうさ」


「ありがとうございます。この件は完全にわたしに非がありますから、時間がかかっても必ず筋は通しますのでご心配なさらず。……散々陰口を叩いておいてこんなことをいうのもおかしいですけど」


「それこそお互い様だな。そういう意味でも今日のことは他言無用だ」


 そう言うセレストは正道を行く彼女には珍しい誤魔化すような苦笑を浮かべていた。


 会話が途切れる。今度こそお開きのときだ。


「それでは、いつかまた次のお茶会を開きましょう。お休みなさい」


「ああ、お休み」「おやすー」


 このままわたしも戻っても良いけど、その前にねぎらいの言葉くらいは掛けるべきかしらね。


「サラも悪かったわね、急に用意させて。紅茶もお菓子も美味しかったわ」


「いえ、これも仕事ですから、お嬢様は先にお休みください」


 片付ける手を止めずに言うサラのお言葉に甘えて、わたしは自分の部屋に帰る。

 誰もいない廊下の暗闇。そこに消えるように独り呟く。


「あの女への謝罪、ね」


 セレストにも釘を刺された。

 気は進まないし、当の本人にも避けられているけれど、やらなきゃいけないことは早いところ済ませないと。

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