枯骨徒然草

もちもち

一人目:母方の祖父

 母方の祖父は、私が中学を卒業する前に亡くなった。


 酒の好きな御仁であった。記憶の中の彼はいつも夜で、ローテーブルの上には晩酌の肴があり、節張った震える指先で猪口を持っている。

 テレビと、(今思えばあれは黴臭かったのだと思うが)床置き型のエアコンは確かダイヤル式だ。夏の夜の虫の声、くぐもった野球解説とその向こうの声援。

 いつも口元は笑みを浮かべていたが、それは優しさとはやや距離がある。皮肉げで、とにかく口が悪い。そうして彼自身もまた、孫からくそじじいと言われることを笑っていた。

 洒落のある男であったと思う。少なくとも私のなかでは。祖母や母は、距離が近い分もう少し複雑な感情があったことだろう。

 祖父は巨人が好きだったので、母は巨人が嫌いだ。

 外面は良かったので、友人は多かったと母は語る。そうであれば、私はおそらく「外面の中の一人」の距離感だったのだ。


 私が酒を飲む頃にはとっくに彼は他界していたが、私の酒好きは紛うことなくこの人から来ているのだと確信がある。

 私自身を含め家族は、私は酒を苦手だと考えていた。二十歳まで冗談でも酒を飲むことをしなかったのだから、そう思っても当然だろう。

 しかし、不思議なことに私はしっかり酒好きになった。特に日本酒は四合瓶を二、三本は常備してるくらい(自分で買ったものと人から貰ったものとがあるが)好物である。

「じいちゃんが生きていたら、一緒に飲んだだろうに」としみじみと母に言われたことがあった。きっと、そうだったろう。

 小さな頃のように、ふぐ刺しを囲み震える手と猪口を鳴らす様子が、容易に浮かんでくる。

 そのとき、私は何を話すだろうか、彼は何を話してくれただろうか。私は野球を好きになっただろうか、と一緒に阪神へ悪態をついただろうか。


 そんな想像をしてしまうのだが、それとは別にこんな想いも持っている。

 果たして、彼が生きていたとして、私は酒を飲んだだろうか。

 なんとなく、何の根拠もないが、私は酒を飲まなかったのではないかと思うのだ。

 本当に謎めいた感覚ではあるが、私はという気がしてならない。それは決して嫌な気はなく、義務感などもない。なにせ私は酒が好きなのだ。

 変な話で不謹慎ではある(し、誰にも言えやしない)が、私が成人する前に彼が亡くなって良かったのだと思う。、という感覚が確かにあり、腑に落ちてしまっているからだ。

 重ならないからこそ繋がった糸。完全に妄想ではあるが、杯の中の透明な水面の揺らぎを見るたびに、私はどこか満足した気持ちで飲み干す。


 病床の彼は、いつかと変わらない皮肉気な笑みで見舞いに来た私に笑いかけた。

 良い人間ではなかっただろう。

 だが、確かに彼の死に方生き方に私は憧れている。

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