第13話 トゥーレとユーリ

「お、おい! あれ見ろよ!」


「んだよ?」


 トゥーレに声援を送っていた男が、何かに気付いて隣の男の肩を叩きながら声を掛けた。


「ほら、あれだよ。トゥーレ様の馬を引いてる奴を見て見ろよ!」


 そう言いながらも男の視線は、彼の馬のくつわを引いている従者に釘付けのままだ。


「あんだよ。従者がどうかしたのかよ?」


 声を掛けられた男は面倒くさそうにぶっきらぼうにそう答えながら、言われた通り視線を従者に向けた。直後、その思いがけない人物に素っ頓狂な声を上げた。


「な!? まじか! 奴ぁユーリじゃねぇか!?」


 身に着けている防具は他の従者と変わらず、サーコートもなく袖の無い質素な鎖帷子のみだが、ガッシリした大きな身体に鎖帷子は見事に映え、まるで彼専用に誂えたように馴染んでいた。

 額の傷は額当てに隠されていて見えないが、例の長大なツヴァイヘンダーを背負いながら馬の轡を引いていた。


「なんで奴がトゥーレ様の従者なんぞやってるんだ?」


「知らねぇよ。しばらくユーリの姿を見ねぇと思っていたが・・・・」


 よく見ればユーリ以外にも、彼の仲間の姿がちらほらと見える。トゥーレの後ろで軍旗を掲げているひょろっと背の高い若者は、確かオレクと言う元商人の若者だ。

 周りでもユーリに気付く者が出始めたのか、ざわざわと動揺が広がっていく。


「あいつらトゥーレ様に仕えてたのか?」


「んな訳あるか! あいつらどれだけ衛兵と揉めてたと思ってる!?」


「そうだよなぁ・・・・」


 衛兵とのトラブルが多かった彼らが、トゥーレに従っているという事実に釈然としない。しかし、しばらくすると住民のひとりが『あっ!』と声を上げる。


「そういえばこの間、ユーリと決闘してた騎士様って、もしかしたらトゥーレ様だったんじゃねぇか?」


「この間って春の市での話か?」


 街中での決闘は、今や住民で知らない者がいないほどのトピックとなっていた。

あのユーリがまるで相手にならずに叩きのめされたことは、今まで迷惑を被っていた住民にとって、充分溜飲の下がる出来事だったのだ。


「でもよ、あん時ゃ、そのまま別れた筈だぜ?」


「その後もユーリたちは、あの騎士様を探してたじゃねぇか」


 住民たちの中で再び詮索が広がっていく。夜更けであり酒が入ってる者もいるためか、皆テンションが高くあれやこれやと妙に盛り上がっている。


「もしかして!」


 腕を組んで考え込んでいた男が急に大声を上げる。


「頭巾と額当てで顔がはっきりしねぇが、あのとき金髪の騎士様を見た時に誰かに似てる気がしてずっと気になってたんだ」


 そう言うと勿体振ったように周りを見渡す。彼の大袈裟な仕草に彼の期待通り、周りの視線が集中していた。


「勿体振ってねぇでさっさと教えろよ!」


「誰なんだよ!」


「テオドーラ様だよ。テオドーラ様に似ておられるんだ!」


 男は周りに聞こえるようにゆっくりとそう言った。


「テオドーラ様!?」


「似てるか?」


「似てるような気はするが・・・・」


白銀金髪プラチナブロンドにあの紅い眼、なるほど! 言われれば確かに顔つきも似てる気がするな」


「だろ? あんな珍しい金髪なんざ、そうそう居てたまるかよ」


 男の推理に対し口々に色々な意見が出るが、概ね彼の説を否定する意見は出ない。それだけテオドーラの面影に重なるところがあったからだろう。

 テオドーラは幼い頃から嫁ぐまでは、お忍びでよくサザンの街中に出没していた。だが大抵はその美しい白銀金髪プラチナブロンドが目印となって、本人が思うほどお忍びにはほど遠く、すぐに侍女や護衛の騎士に見つかっては連れ戻されることも多かった。

 ギルドとの関係が悪化してくると、さすがにひとりで外出することはなくなったが、分け隔てなく気さくに住民と接する姿は、その金髪と共に街の人々の語り草となっていたのだ。

 現在は末娘のエステルを連れ、時折市を散策する微笑ましい姿が、再び見られるようになっていた。


「でもよ、あの時の決闘相手がトゥーレ様だとしてもよ、ユーリが従者になってるのはどういうことだよ?」


「そうだよな。あん時は名乗らなかったし、誰もトゥーレ様だと知らなかったじゃねぇか」


「そ、それは、俺にも解んねぇけどよ・・・・」


 それまで得意げに『金髪の騎士=トゥーレ』の説を力説していた男も、二人の関係を追及されると途端に勢いがなくなる。

 ユーリ達が金髪の少年を探しているという話は、住民にとって広く知られた話だった。そして同時に、どうしても見つからないという話も知れ渡っていた。

 ところがいつの間にか、そのユーリ達の姿も街で見掛けることもなくなり、久しぶりに姿を現したと思えば、まさかトゥーレの従者となっていた。

 軍勢を見守る住民は、狐につままれたような顔で彼らを見送るのだった。






「ふふ・・・・」


「どうした!? 思い出し笑いとは、嫌らしい奴だな」


 周りがトゥーレとユーリの関係についての詮索で盛り上がる一方で、ユーリもわずかこの一ヵ月足らずの出来事を思い出していた。

 不意に笑みを浮かべたユーリに、不審に思ったトゥーレが声を掛ける。

 軍勢は街を出て三十艘近くの軍船に分乗し、湖へと漕ぎ出していた。

 軍船とはいえ元は商船だった小型のキャラック船だ。出陣にあたって徴発しただけなので、武装もなく、漕ぎ手を除けば五〇名も乗れば立錐の余地がなくなるほどの小さな船だ。

 トゥーレは舳先に立って先を行く船を見つめ、ユーリとオレクの二人が、トゥーレの後方に控えていた。

 夜間といえど月明かりがあるため最低限の松明を焚くだけで行動に支障がなく、暗闇の中を櫂の水をかく音と木の軋む音だけが響いていたが、それも直ぐに周りの闇に吸収されていく。

 戦場へと向かう緊張からか、誰ひとり口を開く者はいなかった。


「ち、違いますよ。何でもありません」


 態度に出ていたらしい。慌てて笑みを消し首を横に振る。


「初陣だと言うのに、笑えるとは剛毅な奴だな?」


 喉の渇きを感じたトゥーレは、腰にぶら下げていた水筒から水を口に含む。ひとつ息を吐くと視野が広くなった気がした。彼も知らず知らずの内に緊張していたようだ。


「それを言うならトゥーレ様こそ、初陣とは思えないほど落ち着いておられるように見えます」


「まあな。あれだけの巧言を弄して貴様らを引き入れたんだ。初陣で格好悪い姿を見せる訳にはいかないだろう? 精々痩せ我慢させてもらうさ」


 本気とも冗談ともつかぬ言葉遣いは、いつものトゥーレと同じであるが、緊張しているのか若干だが声が硬く感じる。

 ユーリはオレクと顔を見合わせる。トゥーレの顔色を窺いたかったが、言い終わるとすぐに舳先を向いてしまったため表情を読み取れなかった。


「言い方は悪いですがこの戦いはトゥーレ様は飾りです。戦闘が始まったらさっさと隠れていてください」


 ユーリの口調は丁寧だったが遠慮がない。

 口調の丁寧さは、この一ヵ月の間に嫌というほど叩き込まれたものだ。最近ようやく意識せずとも口から出るようになってきた所だ。だが今のように周りに気心の知れた仲間しか居ない場合は、トゥーレ相手でも遠慮せずに辛辣な口調で弄るのだ。

 古くから従っているトゥーレの従者が聞けば、ギョッと目を剥くような口調だが、彼にそれを咎める素振りは見られなかった。寧ろ敢えて直言する者を好んで近くに置くような所があった。

 本来騎士と呼ばれる貴族階級にある者は、言質を取られないようにあまり直接的なものの言い方はしない。しかしサザンの領主邸内で聞く言葉は、ユーリたちが驚くほどストレートな物言いが飛び交っていた。それでもユーリのように仕える相手を弄る者はさすがにいない。

 彼が指摘した通り、今回の戦いはトゥーレの初陣を兼ねたお披露目的な意味合いが強かった。

 また今回の戦場が登山道のような急峻な山道のため、騎馬に向いていない事もある。そのため街での行進で華々しく騎馬行列をおこなったが、西門を出た時点で馬は置いてきていた。

 そのような状況のため、トゥーレと竜騎隊の出番はなく彼らは戦場の雰囲気を感じるだけで終わることになるだろう。そのため『飾り』というユーリの指摘もあながち間違いではなかった。


「ひとつ聞かせてください」


「なんだ?」


「正体を伏せて街で目立つような行動を取っていたのは、そうしていれば俺達がちょっかい出してくると思ったからでしょう? 何故そんな回りくどいことをされたんですか?」


 ユーリはずっと気になっていたことを尋ねた。

 この一ヵ月、毎日のようにトゥーレとは顔を合わせていたが、バタバタと忙しく聞きそびれていたのだ。


「貴様たちの驚く顔が見たかったからさ」


「まさか!?」


「俺の名を知った時の貴様達の顔は見物だったぞ!」


 そう言って愉快そうにトゥーレは笑う。

 対してユーリとオレクの二人は、苦虫を噛み潰したような顔を浮かべた。

 あの日、少年の手を取った後、密かに連れて行かれた先で初めて彼の正体を知らされた彼らは、文字通り仰天したのだった。

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