星影の当主と世界の扉
@Nebusoku_cat
第1話 春風の少女
春休み。
小学校を卒業したのも束の間、もう中学校に通わないといけないなんて、義務教育ってなんて面倒臭いんだろうなって正直思う。
明日には4月になろうという、春の訪れる時期。
「…はぁ」
街中を見ると、どこもかしこも家族連れだのカップルだのが蔓延っており、浮かれた空気が漂っているのを感じる。
今自分がいる場所は地元の複合商業施設、いわゆるショッピングセンターと呼ばれている場所だ。
僕は今、そのショッピングセンターの3階にあるベンチに座って、一人でチュルチュルと紙パックの野菜ジュースを啜っている。
2回目だが、今は春休み。
普通なら友達や家族と過ごすのだろうが、生憎と一緒に行動するような家族も友人も僕にはいないのである。
一歩も外に出ないというのも健康に悪いので、なんとなくこのショッピングモールに足を運び、適当に服や靴、バッグ、ゲーム等のものを物色し、休憩していたのだが…気が付いたら家族も誰もいなくなっていた自分にとって、ここはちょっと空気が悪い。
「…帰るか」
降ろしていたショルダーバッグを肩に掛け、買い物袋を両手に持ち、忘れ物はないかと確認してから、近くのエスカレーターを見つけて1階へ降りて、正面出入り口から出る。
数分歩いて横断歩道に引っかかり、信号待ちの時間に首元に掛けていたヘッドホンで周りの音をシャットダウンしながら、愛用のウォークマンでお気に入りの音楽を流した。
先程のショッピングモールから自宅まで、歩いて15分程度といったところだ。
周囲の人間には目もくれず、足速に自宅を目指す事数分。
ヘッドホンの位置を調整しようと、一旦耳からそれを外したタイミングだった。
「あれ…?えっと、違うところに出ちゃったかな」
「…」
目の前で地図とにらめっこしている女の子がいた。
そこは歩道と道路が分けられていない、まさに未知のど真ん中。
彼女はその場所で大きな地図を地面に広げ、頭を抱えていた。
はっきり言ってかなり変な場面である。
…そっとしておこうか。
危ない人とは関わってはいけないと、学校から散々言われている。
そんな不審者本当にいるのかと疑っていたが、どうやら実在した様だ。
足音を殺して、彼女の背中側からそっと通り抜けようとすると、
「あの、すみません!」
「!?」
まずい、ばれた。
ここで無視をするのは流石に良心が痛んだので、僕は彼女の方を向いた。
「あの…何やってるんですか?」
「行きたいところがあって、地図を見ながら歩いてたんですけど…道に迷っちゃって」
まぁそうだろう、見てれば分かる。
しょうがない、もし自分に分かる場所であれば、案内してさっさと終わらせよう。
「ちなみに、どこに行こうとしていたんですか?」
目的地を訊いてみる。
「えっと、ここなんだけど…」
よくよく彼女を見ると、自分と同年代くらいの女の子だった。
彼女もそれに気づいたのか、敬語が外れてちょっと砕けた口調になり始めた。
彼女が指さす方向に目を向けると、そこには綺麗な女性の字で「ここ♡」と書かれた四角い何かがあった。多分その場所が目的地を示しているのだろう。
だが、教えて欲しいのはそういう事ではない。
「目的地の場所の名前、分かります?」
一通り地図を眺めてみたが、彼女が目指している場所の見当がついた。
それもそのはずで、その場所はこの街に今月出来たばかりの孤児院だったのだ。
自分の後見人となっている父の知人が、そこの院長をやるという話を聞いているので、なんとなく場所を覚えていた。
「えっと、はるかぜ院って孤児院なんだけど…知ってる?」
「知ってますよ、半年前とちょっとくらい前から、急ピッチで建築が始まった施設ですよね。場所も目立つし、通学路の前を通ってよく帰ってましたから」
「ほ、本当!?よかったぁ、これでみんなにからかわれずに済むよ~」
ほわほわと笑いながら地べたに座り込む少女。
そのまま地面に置いていたものを一式バッグの中に詰め込んで、勢いよく立ち上がった。
「その…案内してくれる?」
頼むからその上目遣いをやめてほしい。
よくよく見るとこの少女、かなりの美人であることが分かった。
どう接していいか、自分の中で一瞬距離感が狂いだすも、距離を取って深呼吸し、冷静さを取り戻す事に成功する。
「…こっちですよ」
「やったぁ!ありがと!!」
もう完全にフランクな距離感になっている。
こいつにはパーソナルスペースというものがないのか?
まぁ、どうせあと数分の付き合いなんだ、これくらいは我慢してやろう。
そこから目的地の孤児院、はるかぜ院までは徒歩5分程だ。
後ろを歩く彼女の歩幅に合わせ、ゆっくり歩いて向かった事もあり、いつもより少しだけ時間がかかったと思う。
僕たちは歩きながら、こんな話をしていた。
「そうだ、私の名前、まだ言ってなかったね」
「そのまま言わなくていいですよ、どうせもう会うこともないでしょうし」
「…君はよくわからない人だね?私は今年で13歳なんだけど、君は歳いくつ?」
「見ての通りです」
「うーん…ひとつ上、とか?」
同い年です、とは答えなかった。
というか、ここで自分より年上なんじゃないかと疑惑を持つ辺り、自分の幼さやこの状況に自覚があるのだろうか。
…いや、彼女について自分は何も知らないのだから、こんな考え方は気持ち悪いだけか。
誰かに対して知った風な口を利くようなものではない。
「そうそう、それで、私の名前は…」
「目的地、そろそろ見えてきましたよ」
「もう!ちゃんと名乗らせてよ~!!」
だんまりを決め込む僕を見て、改めて名前を名乗ろうとする彼女。
それをベストなタイミングで妨害する僕。
我ながらグッドコミュニケーションであると、自分を褒めてやりたい。
本当はもう少し会話をしたけれど、内容としては大体こんな感じの話をしながら、目的地である孤児院、はるかぜ院に到着した。
この場所からもう少し歩くと、僕の自宅がある。
つまり帰り道の途中にこの孤児院が出来たわけで、案内はついでみたいなものだと思うことにした。
「じゃあ、これで」
「うん、ここまで案内してくれてありがとう!」
「別に、帰り道の途中だったので…」
そう答えながら背中を向けて、さっさと帰ろうとする僕。
…その腕をガッと掴んで、無理矢理振り向かせて目を合わる彼女。
「私の名前は
「…えぇ」
この子、強引に名乗ってきたな。
こうなったら、自分も名乗らないと彼女の気が済まないだろう。
「…僕は
「忘れないってば!!…また会おうね、縹君!」
掴んでいた腕を話して、シュタタタッと孤児院の中に入っていく彼女の背中をぼんやり眺める。
変な奴だったな、そして嵐のような奴だった。
「…なんか疲れたな、帰ろ」
こんなに誰かと話したのは
表情も変わっていないはずなのだが、表情筋がひきつる様な感覚を覚える。
「…」
歩きながら、視界の端に奇妙な装飾の扉を捉えて、「またか」という気持ちになった。
一人で過ごすようになってからか、あのわけの分からない扉がたまに見えるようになったのだ…多分、思春期特有の下らない何かなんだろうと思っているけど。
「そろそろ真面目に頭がヤバそうだな…」
今日はさっさとお風呂に入って、早めに寝よう…そう決めた。
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