第71話 変わってゆく友達。そして不安と気分転換

学校の穴場


 俺と学と啓介は、学校の裏庭にある穴場の錆びついたベンチに座っている。一見なんの変哲もない光景だが、肝心な弁当の蓋はまだ開けていない。


 そう。


 俺たちは誰かを持っているのだ。


 おそらくこいつらはさぞかし緊張していることだろう。と、俺が興味津々な視線を右の学と左の啓介に向けると、


 意外と二人ともキョロっとしている。


 おお……


 女に対する耐性でもついたのか。それとも、単なるハッタリか。そんなどうでもいいことを思っていると、俺たちだけの空間に異彩を放つ女の子3人がやってきた。


「樹〜待たせてごめん!」


 環奈を筆頭にサイドには腐女子と思われる三上と学年一位の成績をずっと叩き出している立崎がこちらに向かって歩いてきている。


 なので、俺はベンチから立ち上がって手を振って彼女らを歓迎した。


「俺たちも来たばかりだよ」


 俺の言葉を聞いて安堵したのか、3人はそれぞれ胸を撫で下ろして微笑みを浮かべた。3人とも物珍し気にこの穴場を見回しては明るい表情になる。うち立崎が手に持っている遠足用レジャーシートをベンチの前に広げてそれを手で優しくトントン叩いた。


 前回、同じメンツで食堂で一緒に昼食を取った時、学と啓介はあまりうまく喋れなかった。


 だから、俺がちゃんとリードしてあげな……


「ありがとう!由美!」


「っ!!!!」


 な、なんだと!?


 学が立崎を名前で呼んだと!?


 おそらく俺が食事中だったら、口にあるもの全部吹いたと思う。いや、この例えは汚いからなしで。


 とにかく信じられない光景に唖然といていると、三上がニヤニヤしながら口を開く。


「近藤くん、顔すごいことになっているよ」

「あ、ああ。だってすごいだろ」

「え?何が?」


 俺以外の全員が立崎が敷いたに座っている中、俺だけがただただ佇んで学と立崎を交互に見ていた。


「ん……」


 そんな俺に呼応するように環奈も頤に手をやり、考え考えしていた。考え得る原因は一つ。


「学……お前、立崎と仲良くなったのか?」

「ん……仲良いかはわからんけど……たまに一緒にお店でお茶飲んだりするから悪くはないかな?」

「おお……」


 俺と環奈が不思議そうに学を見ていると、三上が突っ込んできた。


「ちなみに細川くんと私も一緒だよ!いつも4人で集まっているから!」

「有紗……本当なの!?」

「本当!」


 環奈が驚いた様子で聞くところを見るに、おそらくこの4人は俺たちの知らない間に交流を持ってきたと考えられる。


 なんで言ってくれなかったんだろう。言ってくれたらアドバイスの一つや二つ……いや10000はしてあげられるほど、学を応援したい気持ち満々だったのに……


 でも、今はそんなこと気にしてはならない。


 ここで「2Dの女にしか興味ないお前がいよいよ現実にも……」とか呟いたら、それは学の尊厳を踏み躙る行為になりかねない。


 なので、俺はレジャーシートにゆっくりと座り、片方の手で学の肩をがっつり掴み、空いている手でサムズアップして言う。


「もう過去の俺がお前に教えたことは全部忘れていい。お前は、今が最高に輝いているから……」

「おい、樹よ……急にどうしたんだよ。キモいぞ」


 俺の切実たる言葉も虚しく、学は「はあ?マジ何言ってんだ?こいつ」みたいな視線を向けていた。

 

 ちょっと傷つきそうになったけど、立崎が弁当の蓋を開けながら説明してくれた。


「学くんも、静川さんも、私たちと波長が合うから放課後にカフェとかに行ってを話し合っているの」


 と、言い終えた立崎は口角を微かに吊り上げふっと小さく笑った。彼女の魅力を引き立てるブラウン色の髪と切れ長の目と整った目鼻立ちは、ヒエラルキー最上位の人間たちが彼女の空間に踏み込めない理由を物語っている気がする。

  

「そうそう!細川くんは由美と同じくめっちゃ頭いいし!あと、静川くんは本が好きだから面白い小説教えてくれるし!静川くんには是非BLの本をよんでほ……」

「有紗、黙って」

「う、うん……」


 うわ……三上のやつ、BL本を啓介に読ませようとしてんのか……

 

 と、俺がジト目を三上に送っていると、環奈が寂しそうに言ってきた。


「言ってくれればいいのに……このメンバーだと時間あれば絶対参加するから」


 環奈の言葉を聞いて、立崎は鋭い眼光を向けて、ふふっと大人しく微笑んでから答える。


「あら、環奈には近藤さんがいるから私たちと一緒にいる時間、ないんじゃない?」


「「っ!!」」


 びっくりした。


 俺たちの関係を見透かしていると言わんばかりの表情で放たれた立崎の言葉に俺たちは目を丸くし、互いを見つめ合う。それから俺と環奈は4人の顔色を窺うようにチラチラ見た。


 意外なことに4人は別に怒っている顔ではなかった。


 うち啓介がトドメを刺すべく小声で言う。


「樹くんと神崎さん……付き合ってる」

「「……」」



 やっぱりバレたのか……


 この世界は秘密を保つことをあまり好ましく思わないらしい。


 環さんとの関係が環奈にバレ、環奈とやっているところを真凜にバレ、そして、環奈と付き合っているところをここにいる皆にバレた。


 次はどんなアクシデントが俺を待ち受けていることやら……


 できればあまり考えたくない。


 俺たちは気まずそうに笑んで、視線を外しだ。それを肯定と捉えた学が俺の肩をがっつり掴んで、空いている方の手でサムズアップしてから話す。


「樹、水臭いぞ。別に彼女の一人や二人できちゃっても俺たち怒んないから」

「あ、ああ」


 なぜか、ドヤ顔の学がすっげーうざいけど不思議と安心感を与えてくれる。俺が複雑な気持ちを隠すべく微苦笑混じりに視線を環奈の方へやると、


「細川くん……二人はいらないでしょ?」

「ひっ!!あ、ああ……しょしょしょ、しょうだな。ぜぜぜぜ前言撤回」

 

 マジトーンで言われた学は、昔と同様、思いっきりビビった様子で俺の背中に隠れた。


 さっき俺の肩を掴んでキモいドヤ顔やってた学の自信満々な様子は泡沫と化したようだ。


 そりゃ、あの青い瞳から発せられる鋭い眼光を浴びたらな……


 俺があははと作り笑いをすると、三上がもどかしそうに口を開く。


「ねえ、そろそろ食べようよう!お腹すいた!」

「あ、ああ……そうだな」


 心の中で「ナイスタイミング!三上!」と叫んだが、俺の期待を裏切るように三上は表情を変えた。


「大勢集まってることだし、ジュル……誰の弁当を攻めてみよっかな……あっ!奪われるのもありかも……つまり受け!でも、このイケメン男子3人がオカズを仲良く分けて食べるのもアリだわ!男たちの熱い友情の先にあるものは……あはっ!考えるだけでも武者震いが……」


 環奈、こいつと一緒にいて本当に大丈夫なのか。


 まあ、悪い子じゃないのは知ってるけどな。

 

 と、ドン引きしながら俺は弁当の蓋を開けて食べ始める。そしたらこの穴場に聞き心地の良い6人の咀嚼音だけが響き始めた。


 途中、女性3人がこんなところがあるなんて知らなかっただの、これからも一緒に食べようだの言って概ね満足した様子で食事を済ませた。


 朝の予鈴が鳴る前に環奈たちとクラスで会話したら自然とまた6人で食べようという流れになったわけだが、学と啓介が文句言わずについてきてくれたことにありがたさを感じる今日のこの頃である。


 そして、俺と環奈が付き合っていると知っても、問い詰めず、聞きすぎず、大人な対応をしてくれたことに対して本当に嬉しさを覚えている。


 あと、啓介はもともと何考えているかわからないから例外だとして、学は確実に成長している様子が見て取れる。


 寂しいけど嬉しいくもある。


 おそらく学も俺に対して同じ気持ちを抱いたりするのだろう。



X X X


 ほのぼのとした時間を過ごしたが、油断大敵だ。なんせ、俺のクラスには厄介者である葉山集団が陣取っているからである。


 相変わらず俺を見下すようなきったない視線を送っている彼に俺は安堵した。


 俺と環奈が付き合っていて、関係を持っていることを知れば、あんな表情はしないだろう。


 だからなおさら、





 真凜のことが気になる。


 真凜が自分の兄である葉山に俺と環奈の関係についてチクる可能性は十二分にある。

 

 そんな不安を抱いたまま、俺と環奈は学校の皆にバレずに放課後、神崎家へと向かった。


 ドアを開けたら、お馴染みの環さんが俺たちを迎えてくれた。


「二人とも、いらっしゃい!」


 ベージュ色が基調のパーティードレスを身に纏った環さん。


 最近、俺の色んな指導を受けているおかげで、もっと若くなったような体つきは実に魅力的で、俺はつい嘆息を漏らしてしまった。


 環奈は俺の気持ちなんかつゆ知らず、笑みを浮かべて口を開いた。


「ただいま!そのドレスいい感じ!」

「ふふっ、環奈も早く着替えてきてね」

「うん!」


 と、元気のいい声で答えた環奈は靴を脱いで早速自分の部屋目掛けて走ってゆく。


 二人きりになった俺たち。


 環さんは腕を組んでご満足いただけない様子で俺を睨んできた。


「ジー」

「……」

「ジー」

「……」

「ジー」

「環さん、めっちゃ似合ってます」

「ふん〜それにしては、反応が遅い気がするのよね」

「……」


 環さんは俺からふいっと顔をそらして拗ねている。


 可愛いすぎてなんなら今ここで俺の愛を環さんに見せてあげても全然いいが、俺は一旦気を落ち着かせてからゆっくり言う。


「本当に似合ってます。環さんは美しいから嘘なんかじゃありません」

「っ!!!!」


 身体の関係じゃなくても、女性を喜ばせる手段はいつくか存在する。


 それが嘘偽りない心のこもった言葉だとなおさら。


 それを最近この母娘から知ることができた。


「ふふ、樹、いいスーツを用意したから着てきて。私の部屋にあるわよ」

「はい!」


 と言って、俺は環さんの部屋に向かう。


 俺たちがオシャレな服を着る理由は他でもない。


 


 ちょっとした気分転換が必要だから。




 


追記


帰ってきました!


みなさんからコロナ関連の応援のコメントをたくさんいただいたおかげで、難なく続きを書くことに成功しました。


返事できなくてすみません。


ばあちゃんの葬儀の時も、海外旅行の時もコツコツと書いてきたのですが、やっぱりここは休んで正解でした。


コロナマジでやばかったです!


マジで!本当にマジで!(小説書いてるのに語彙力低い……)


熱はだいぶ下がっていますが、喉が完全に逝っちゃって話せる状態ではありません。頭痛もするし。


でも、妄想できる程度には頭が冴えてきたので(ここ二日間は赤ちゃん並みに思考が停止した)コツコツ書いていきます。


今回はちょっと文字数多めですが、治るまで少し文字数少なめでいくかも知れません(気分次第)


無理はしません。


結末はすでに頭の中にありますのでゆっくりコツコツでいきたいと思います。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る