マジック・マジック ~手品で世界が救えるか!~

川野笹舟

煙草が一本あったとさ

 午後一時、多摩川は穏やか。秋の日差しを反射した水面が眩しい。

 河川敷には、石段に座った俺以外誰もいない。


 いや、一メートルほど離れた場所に一匹黒猫がいるか。

 俺はこいつを勝手に親分と呼んでいる。目つきが悪く、ふてぶてしいからだ。


 親分は毎日ここにいる。猫だから仕方がない。

 俺も毎日ここにいる。ニートだから仕方がない。


 高校卒業後、大学にも行かず、就職もせず、ずっとアルバイトをしていた。

 そのアルバイトも何となく嫌気がさしてつい先日辞めてしまった。

 今は絶賛就活中だ。

 正確には就活のふりをしているだけとも言える。あまり本気ではなかった。

 今日も午前中は頑張って仕事を探すふりをやり遂げたので、あとは自由時間に当てようと考えてここにやって来た。


 なけなしの貯金を切り崩して買った煙草に火をつける。背徳の味がする。働かずに吸う煙は旨かった。

 親分が「クセぇんだよ」と言いたげにこちらを見たが、無視である。


 ニコチンで脳みそがじんわりとしてきたころ、煙草の火は根本まできていた。終わりだ。

 石段に押しつけ火を消した。虚しい。

 そういえば、昨日テレビでマジシャンが煙草を使った手品をしていたなと思い出す。

 今どき珍しく撮影中に煙草を吸い始め、半ばまで吸った煙草を観客に見せた。その後、煙草を手で握りしめて隠し、パチンと指を鳴らすと、火をつける前の状態に戻っているという手品だった。

「あの手品覚えたら煙草吸い放題なんだけどなぁ」

 馬鹿らしいとは思いつつも、俺は例のあの曲――ポール・モーリア『オリーブの首飾り』――を口ずさむ。

「ちゃらららららーん」

 どうしたどうした? と親分がこちらをいぶかしげに見ている。

 火を消してくしゃくしゃになった煙草を左手の上に乗せる。

「ちゃらららららーん、ららーん」

 軽く手を握り、煙草を包み込み、常連客の親分から見えないようにする。

「ちゃらららら、らーん、ららーん、ららーん、ららーん、ららーん」

 曲のブレイクに合わせて手を開く! まだそこにはくしゃくしゃの煙草があった。

 だから何だよ? と親分が俺を睨む。

 まぁ待て、と顔で伝えながら、また手を閉じ、煙草を握りしめて俺は歌う。

「ちゃらららららーん、ららーんってもういいか。この曲そこまで知らないし」

 曲の続きがわからなくなったあたりで歌うのをやめ、テレビで見たマジシャンのように右手の指を鳴らした。

 パチン!

 親分がびくっとした後、さらに険しい顔で俺を睨む。

 俺はドヤ顔で左手を開くと、そこには吸う前のまっさらな煙草があった。

「えぇ!?」

 俺のあげた大声に驚き、親分はふぎゃぁと鳴いたあと逃げていった。


 どういうことだ? タネも仕掛けもないはずだ。

 当たり前だ、俺が仕掛けを用意していないんだもの。

 震える指を必死にコントロールして、その新品に見える煙草を観察する。先端までしっかりと新しい葉が詰まっている。焦げ跡もない。

 よし、ひとまず落ち着くために吸うか。

 復活した煙草に百円ライターで火をつけた。

「ふぅ。普通に旨いな」

 いつものショートホープの味だった。


 ……いやいやいや、何吸ってんだ俺は。これがもし変なハッパだったらどうするつもりだ。

 いやむしろ元々変なハッパだったんじゃないか? いつの間にかラりってて幻覚を見せられているんじゃ……。

 怖くなり、胸ポケットからショートホープの箱を取り出して、開けてみる。

 すると、中には五本の綺麗な煙草と、くしゃくしゃになった吸い殻が一つ入っていた。

「はぁ?」

 間違ってもこんなところに吸い殻を入れたりはしない。いつもちゃんと携帯灰皿に入れる。

 ラリっている間にここに入れたのだろうか?

 吸い殻をつまみ上げ、よく見てみると、先端に砂粒がついていた。さっき石段にこすりつけたときに付いたものだろうか? ということは、指を鳴らす前に手の中にあった吸い殻が、あの瞬間箱の中に移動したということになるが、もちろん自分で移動した記憶はない。とりあえずその吸い殻は携帯灰皿に入れた。

 そこでふと気付いたが、煙草の本数がおかしい。

 俺はニートなので金にはシビアだ。残煙草の本数も正確に把握している。

 一本足りない。

 残っていた煙草は六本だったはずだ。

「え、そういうこと?」

 つまり、指を鳴らしたあのタイミングで、「手に握りしめていた吸い殻」と「箱の中の一本」が入れ替わったと考えればつじつまが合う。つじつまが合ったところで何も納得できないが。

「いや、どういうことだよ」

 考察している間に煙草の火がフィルタ間近まで来ていることに気付いた。

 くそっ! テンパってたせいで全然味わうことなく終わっちまったじゃねぇか。

 また石段にこすりつけて火を消そうと思って手を止めた。

 そうだ、これで検証しよう。とりあえず危ないから結局火を消した後、鞄の中からボールペンを取り出した。

 吸い殻のフィルタ部分に「テスト」と書き込む。

 次に、箱の中に残っている五本の煙草全てのフィルタに数字を書き込んでいく。一から五までそれぞれバラバラの数字にする。五本とも箱に戻し、胸ポケットへ入れた。

 

 吸い殻を左手で握り、右手で指を鳴らす。

 パチン!

 いつの間にか速くなっていた心臓の鼓動を無視しながら左手を開くと、そこにはフィルタに「五」と書かれた新品の煙草が顔を出した。

 吐きそうになりながら胸のポケットから箱を取り出し、恐る恐る中をのぞくと、四本の綺麗な煙草と一つの吸い殻が入っている。

 吸い殻には「テスト」と書かれていた。


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