124話 別れ話じゃない
「……本当に出ていくの?」
「いや、拠点はこの街のままだけど」
「でもいつ帰るかわからないって言ったじゃない!」
怒ったような声と同時に真っ赤でもふっとした物が俺の顔面に投げつけられる。
ミアンの私物の不死鳥縫いぐるみだ。
炎の魔女はこの縫いぐるみを抱いてないと夜熟睡できないらしい。
団内の同性メンバーで彼女の友人であるエスト以外がそのことを揶揄えば恐らく命は無い。
精神的疲弊をして帰って来た俺を、薄着なのに化粧は濃いミアンが出迎えたのはつい先ほどのこと。
そして彼女の部屋に誘われてそういうムードになったのが十分前。
二人きりの今の内に言っておいた方が良いと判断して俺が「旅に出る」と口にしたのが二分前だ。
「あっ、そうだ。クロノも一緒だから」
「くたばれ浮気者!!」
再度縫いぐるみを顔に投げつけられる。
浮気も何もお前とは別に付き合ってないとか言い放ったら灰も残らず燃やし尽くされそうだ。
彼女と男女の関係だった記憶はある。だけど恋人扱いできるかというと微妙だ。
問題も魅力も膨大にある女性だとは思う。でも彼女が身を任せたアルヴァは俺じゃない。
まだ、そういった部分で開き直れていない。
だって死ぬ前の俺って性行為どころか、女性と付き合ったことが無いのだ。
プライベートで話したこと自体無い。いや幼児の頃にはあったかもしれない。
でも今回の決断は別にミアンとの関係から逃げるのが理由じゃない。
「今この街に俺がいると色々面倒なんだよ。無責任に持ち上げてくる連中に便利に使われるのは御免だ」
「確かに、面倒なのに安い依頼持った連中が押しかけてきて困ってるけど……」
そうなのだ。
腕はそれなりに立つが問題児ばかりの集まった悪寄り集団として知られていた過去より、俺とクロノが英雄呼ばわりされる今の方が割に合わない依頼が多い。
足元を見られているというか、善意を期待されているというか。
英雄なら困っている人を助けてくれるよね? お金あんまり出せないけど英雄なら簡単な仕事だから問題ないでしょ!
こういう連中がアジトの門をほぼ毎日叩く。
俺もミアンもそしてシーフのカースも当然そんな依頼は断る。
誰かの命がかかっているとか、金が無いのでこれしか本当に出せないという案件は皆無だった。
自警団に依頼するようなことまでこちらに回ってきているのだ。英雄とは便利屋の別名なのかと思う程に。
なので信仰している神を持ち上げれば、ほいほい依頼を引き受けそうなエストは隣町の教会に預けてある。
そして彼女と同じぐらい依頼を押し付けられそうなのがお人好しで最年少のクロノだった。
彼女が一人でいる所を狙い、クロノだけに依頼を押し付けようとする輩も出てきている。
なので俺は洞窟の騒動が落ち着くまでクロノと一緒に旅に出ることにしたのだ。
音信不通にはならないし定期的に拠点には戻ってくる。だがミアンは気に入らないらしい。
「なんでクロノだけじゃ駄目なのよ!」
「お人好しで騙されやすいからだ」
俺が真顔で言うとミアンは黙った。反論できないということだろう。
「じゃあ何で私を連れて行かないのよ……」
「この街に何かあった時の為だよ、出来れば自警団のレックスの力になって欲しい」
お前のことを信頼しているんだ。そう目を見ながら言うともふもふした不死鳥が飛んできた。
「ぐふっ」
今までで一番痛い。投げ慣れた上渾身の力だったのだろう。
まあ確かに今のは自分でも詐欺師っぽい台詞だとは思った。
ミアンを連れて行かない理由は、それだけじゃない。でも彼女には言えない。
俺はそれから二時間使い炎の魔女の機嫌を取った。
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