123話 居心地の悪い街

 嬉しいと思う気持ちが無かったわけじゃない。

 大勢の人から褒められ、求められたいという願望は転生前から存在していた。

 無理だと思っていたし、その為の努力なんてしなかったけれど。


 けれど良い事ばかりではなかった。

 洞窟での事件をきっかけににわかに英雄扱いされるようになった。

 今まで狂犬と呼び馬鹿にしていた連中が酒場で媚びるようになってきた。


 それが全然嬉しくないのだ。

 記憶がほぼ一体化したとはいえ、以前のアルヴァと今の俺では考えも人格も違う。

 だから自分を馬鹿にしていた連中に対して憤りや恨みを感じている訳ではない。


 ただ、気持ちが悪かった。

 噂だけでアルヴァのことをクズ呼ばわりしたり女を奪うゲスだと侮蔑したり。

 それどころか女を無理やり襲う外道だと吹聴したりしていた奴ら。

 いつまでも金級冒険者になれない三流パーティーで暴君気取ってる小物と侮っていた者達。


 そいつらが掌を返して擦り寄ってくるのは正直気持ちが悪い。

 彼らが洞窟内で囚われていた冒険者ならわかる。救出してくれたと恩を感じているかもしれない。


 でも当事者でもない街の人間が、俺の良い噂を聞いただけで簡単に評価を変えるのが何というか不気味なのだ。

 都合がいい事の筈なのに。


 更に気づいたことがある。

 街の人間は俺をオーリックの代わりに英雄と持ち上げ始めた。

 そして色々便利に利用しようとしている。


 正義側の人間として自分たちに都合よく戦力として利用しようとしているのだ。 


 俺は溜息を吐きながら酒場に入った。




「ちょっとアンタ、昼から酒飲む気かい。ほどほどにしときなさいよ!」


 そう言いながらも注文通りのフルーツカクテルを女将は俺のテーブルの前に置いた。

 桃とオレンジの果汁を使った甘めの酒だ。多分酒抜きでも美味いと思う。


 丁寧に裏漉しされてないので喉越しがドロッとしている。

 貴族令嬢気取りが抜けないミアンなどは嫌がるだろう。味は多分好きだと思うが。


「しかし、あんたがそれを頼むのは……珍しいというか、懐かしいわねえ」


 女将が俺の手元を見ながらしみじみと言う。

 いつもなら注文を置くか閉店だと怒鳴る以外で長居することは無いのに。


 でも彼女からは英雄アルヴァに対しての媚びは感じられない。

 だから俺もそこまで不快さを感じなかった。


 女将が以前の俺を嫌っていたのは当然だ。

 アルヴァは別に周囲に誤解されていたわけではない。

 人格にも行動にも問題がある冒険者だった。


 女将とは親密ではないが長い付き合いだ。

 だからこうやって過去の話も出来る。 

 

「この街に来た頃は毎回それを頼んでいたのに、いつからか強い酒ばかり頼むようになって」

「……そうだったかな」

「女みたいな物飲んでるから女みたいな顔してるんだってゴロツキに揶揄われた時以来かしら」

「ゴフッ」



 飲んでいたカクテルを吹き出す。

 そういえばあれがアンタの酒場での初喧嘩だったわね。

 懐かしそうに言われるのが余計恥ずかしい。


 それは今の俺(アルヴァ)がとった行動ではないのに、羞恥で頬が赤くなるのは同一化が成功したということなのだろうか。

 でも過去の俺(アルヴァ)だったら「うるせえババア」とか叫んでいると思う。

 こちらがそんなことを考えているとは知らず、女将はどこまでも昔を懐かしむ。


 何でそんなに過去話をしたがるんだ。常連だが別に仲良しではないだろう。

 寧ろ険悪だった筈だ。


「……あんたがクロノちゃんを拾って育てたのも、その癖虐めるような真似してたのも昔の自分と重ねてたのかい?」

「は?」

「クロノちゃんはそこいらの冒険者が束になっても敵わないぐらい強いって聞いたよ。そしてあんたと協力して強い魔物を倒したって」


 女将が話を聞いた冒険者の名を上げる。それは洞窟で囚われていた女性冒険者の一人だと思った。

 

「あんたには考えがあってクロノちゃんに厳しくしていたのに、虐めていると毎回怒鳴って悪かったねえ……」


 思い込みだけで随分と酷いことを言ってしまった。

 そう寂しそうな顔をして女将は俺に頭を下げる。


 こちらが言葉を返す前に酒代はいらないよと告げて踵を返した。

 別に思い込みなんかじゃない。

 悪役(アルヴァ)の主人公(クロノ)に対する態度は酷い物だった。


 けどそうやって訂正することは出来ない。

 俺はどろりとした甘い果汁を飲み干す。


 やっぱりこの街は居心地が悪くなった。そう感じた。


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