98話 英雄の資質

「助けてという声が聞こえたので絶対助けなきゃいけないと思いました」


 クロノは目覚めた理由をそう話した。

 凄いシンプルな理由だ。ある意味クロノらしいと思った。

 もしかしたらそれは作品内で彼女が持つ役割から来た反応なのかもしれない。

 救いを求める声に必ず応える正義の主人公。

 それが俺が設定したクロノ・ナイトレイの立ち位置だったのだから。

 俺がそんなことを考えているとクロノは急に表情を暗くする。


「でもボクなんかが……ううん、こんなんじゃ駄目だ!!」  


 しかし顔を曇らせた次の瞬間には自分の両頬をバチンと叩いていた。

 俺は彼女の行動に戸惑いを覚え名を呼ぶ。


「……クロノ?」

「あっ、ごめんなさい。落ち込みそうになったので渇を入れました!」

「喝を……」

「ボク、悪い人に捕まって酷いことされちゃいました」 


 しかもびっくりするぐらい簡単に騙されて。

 そう悔しさをわかりやすく顔に出しながらクロノが歯噛みする。


「でも反省は後で思いっきりします。今はアルヴァさんの指示に従うのが最優先です!」

「あ、ああ。助かる……」

「はい!お助けします!」


 体育会系を強く感じさせる割り切りの良さでクロノはハキハキと返事をする。

 確かに今ここで延々と落ち込まれても正直困る。

 キルケーがいつちょっかいを出してくるかわからないのだ。

 俺は彼女の判断に感謝しながら言葉を発した。


「俺たちは魔族に眠らされて湖に沈められている。今居る場所は簡単に言えば夢の世界なんだ。……ここまではわかるか?」

「なんとなくわかります。……それで質問ですけどアルヴァさんは本物のアルヴァさんですか?ボクが作り出した幻とかじゃなくて」

「俺は現実のアルヴァだよ。今は精神だけだけど」

「よかったです!ボクの考えたアルヴァさんだと頭の良さが足りないと思うので!」


 現実に戻って魔族を倒す方法なんて絶対考えられません。

 そう笑顔で断言する少女から俺は目をそらしたくなった。俺に対する信頼が眩しすぎる。

 湖から脱出した上で自分たちを捕えていた魔族を倒す。

 クロノは本物の俺ならそれができると信じ切っているのだ。

 この暴力的なまでに無垢な信頼を受けるのも久々な気がする。

 少年のクロノは態度こそ丁寧だったが俺に対しシニカルで冷静だった。

 その性格の違いも目の前の少女が願った「理想の自分」だからだろうか。落ち着いた性格で強者オーラがある謎めいた人物。

 どこかノアを想起させる。クロノはノアみたいな剣士になりたいのだろうか。

 考えると長くなりそうなので思考の隅に追いやる。


「とりあえず俺たちが色々やって夢から出る。そしてキルケーという魔族と対面したら魔力封印をやる。それがお前の役割だ」

「はい、わかりました!!」


 その色々の部分が一番ややこしく面倒だが、だからこそクロノには説明しないでおく。

 今の彼女にはあれこれ考えさせるよりわかりやすい指示を出した方が多分いい。そんな気がする。


「ミアンに使った時よりもっと強く全力全開でぶっ放して欲しい」

「全力全開ですね、わかりました!!」

「お前の体にも負担がかかるかもしれないが……」

「大丈夫です!」


 クロノは迷いなく返事をした。

 この大丈夫は負担なんてかからないという意味ではないだろう。


「スライムだって倒すのに凄い苦労しました!相手が魔族ならもっと苦労して当然です!!」


 だから耐えます。そうあっさりと言われこれが英雄の資質というものなのかと思った。

 でもすぐにその考えを打ち消す。

 役割とか資質とかそんな理由だけで片づけてはいけない。目の前のクロノは痛みも感じず弱さも持たない人間じゃない。

 そうだったらそもそも体を男女に分け自分は眠り続けるなんて行動は取らなかった。

 俺が無理をしろ言ったから、わかりましたと答えた。俺の指示だから負担ごと受け入れるのだ。

 そんなことを考えながらベッドから身を起こした少女を眺める。意志の強そうな瞳と紅潮した頬、そして決意に固く握られた拳。

 違う。彼女の細い手首には青筋が浮かんでいる。

 必要以上に力を入れているからだ。力みすぎているのは、きっと張り切っているからだけじゃない。

 誰だって辛かったり痛かったりするのは嫌だろう。俺だってそうだった。

 本当はこんな子供に無理なんてして欲しくない。させたくもない。

 でもクロノには限界以上に働いて貰う必要がある。俺が巨大スライムを倒した時のように。

 力を使い果たして倒れてしまってもだ。

 それがリーダーとしての俺の判断だ。 

 彼女だけではない。そもそも関わる全員に無理をさせること前提での作戦だ。

 キルケーを倒す、いや少しの間だけでも無力化する為に全力以上の力を出して貰う必要があるのだ。

 当然無理をするのは俺も含めてだ。


「……そうだな、その代わり絶対に勝つぞ。そして全員で街に帰るんだ」

「はい!」


 負けた時のことはもう考えない。勝つことだけ、勝った後のことだけ思い浮かべる。

 内心は顔に出る。不安がらせてはいけない。

 絶対に生きて街へ帰る。仲間たち皆でだ。

 その為の戦いを俺は始めようとしていた。

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