93話 人望ゼロの無能リーダー
ミアンが作ってくれた美味しそうな朝食だが食べる気は起きなかった。
一度でもこの世界で食べ物を口にしたらそのまま現実に戻れないような気がしたのだ。
そのようなエピソードをどこかの神話で読んだ気がする。あれは夢ではなく冥府だったか。
「俺の分はクロノにやってくれよ」
そう早口で言ってダイニングテーブルから離れる。
怒鳴るかと思ったがミアンはあっさりと承諾した。
「相変わらずクロノに甘いわね」
そう笑みを浮かべる彼女に曖昧な言葉を返して部屋から出る。
やはりここはクロノの願望で構築された世界だ。
灰色の鷹団のメンバーに戦力として認められまともに仲間扱いされている。
そしてリーダーであるアルヴァに頼られ目をかけられている。
それがクロノの理想の自分なのかもしれない。
「現実でも、叶う願いなんだけどな」
彼女の隠れた才能を正しく伸ばせば勇者と呼ばれる程強い冒険者になれる。
寧ろ現状そうなりつつある。
エストやカースやブロックたちは未だクロノが強くなったことを知らない。
だが全員嫉妬するようなタイプではない。寧ろ団の戦力が上がったことを得として喜ぶだろう。
良くも悪くもドライなのだ。
今までクロノがこなしてきた家事の分担については文句が出るかもしれないが、そこは話し合う。
もしくは新しく雑用係を雇用することも考える。
当然ブラック待遇にはしない。
今考えたことを夢の中のクロノに話し、現実世界に戻って貰う。
それが俺の今考えた作戦だ。
男性になることだって、叶うかはわからないが協力は惜しまないつもり。
夢は夢で終わらない。寧ろ現実で実現させよう。
そういう方向性で彼女を説得しようと俺は今は少年であるクロノの後を追った。
■□■□
「……いないな」
風呂場にも自室にもクロノの姿は無かった。
ここは彼女の夢の世界だ、神出鬼没も容易だろう。
だが現実だと思い込みたいならそのような不自然な真似はしない筈だ。
もしかしたらアジトの外にいるのだろうか。
街中にまで出ているなら財布が必要かもしれない。
俺は外出の準備の為一度自分の部屋に戻ることにした。
「あっ、アルヴァさん」
「クロノ……?」
何故か俺の部屋に探していた張本人が当たり前のように居る。
「ミアンさんに頼まれて呼びに来てくれたんですか?」
「いや……」
部屋に入り込んだことを謝罪も動揺もせずクロノは平然と俺に話しかけてきた。
すぐに慌て謝罪する現実のクロノとは大違いだ。
「金級パーティーになった証拠を見たくなっちゃって」
そう言いながら黒髪の少年は壁に貼ってある賞状に視線を移した。
起きた時に部屋になんだか見慣れないものがあると思ったらあれは認定証だったのか。
「アルヴァさんと僕、同時に金級冒険者になれるなんて本当に素敵ですね!」
心から嬉しそうに言われたセリフに俺は口をぽかんと開けた。
「俺も、金級冒険者……なのか?」
「何言ってるんですか、合格発表の時あれだけ喜んでいたのに」
忘れちゃったんですか?
そう問いかけられた途端、試験会場で半泣きで喜ぶ自分の記憶が頭に浮かんだ。
「うっ……」
ここが夢の世界だと強く意識していてよかった。
でなければ告げられたことを事実だと認識してしまったかもしれない。
「街の人たちも凄い凄いって喜んでくれて酒場で皆と一緒にお祝いしたじゃないですか」
少年クロノがそう補足すると新たな光景が脳内で再生される。
いつも悪酔いした俺を店から蹴り出す女主人が笑顔で秘蔵のワインを俺の酒杯に注いでいた。
普段俺を狂犬呼ばわりしていた冒険者たちが頑張ったじゃないかと肩を叩く。
俺が酔い潰れたと思った途端真実も出鱈目も一緒くたにして馬鹿にしていた酔っ払いたちが未来の英雄だと誉めそやす。
わかっている、これは夢だ。
そして小説内のアルヴァ・グレイブラッドが焦がれ続けて叶わなかった理想だった。
自分がそう設定したというのに、他人事のように哀れんだ罰が当たったのだろうか。
『夢だとしても、俺はこれがいい!』
「な……?!」
唐突な叫び声と共に頭の中で嵐が生まれる。
もっとわかりやすく言えばミキサーで脳をかき回されているみたいだ。
この声の持ち主を知っている。一度も会ったことが無いのに。
クロノを虐げる役割の為に生まれて来た存在。
序盤で死ぬ悪役としてのアルヴァ・グレイブラッド。
『夢でしか叶わないなら、ずっと夢の中に居ろ!』
そう肉色の嵐の中で彼が吠える。
同時にアルヴァ・グレイブラッドの記憶が、過去が次々と叩きつけられるように浮かんでくる。
金級冒険者になる目標が絶対叶わないと知らずに足掻き続けていた若者時代。
何度挑戦しても落ち続け心が擦り減りながら年齢を重ね続ける焦り。
昔の自分と同じように、なれると信じて上を目指す若者への憎しみと憧憬。
確かに俺はその記憶を知っている。でも知っているだけだと今思い知らされた。
「それでも、夢は夢でしかない……!」
『黙れ、テメエだって大昔に死んだ人間の残骸の癖に!!』
叩き返された言葉に今度は俺の心が暗くなる。そうだ、俺が彼を知っているように彼も灰村タクミの記憶を持っているのだ。
恐らく今こうして言葉を交わしあい傷つけあっているのは二つの人格のどうしても交わらなかった部分。
アルヴァ・グレイブラッドとして二十数年生きてきた自分と、灰村タクミの記憶がメインの自分。
この二つの人格は上手く融合できたと今まで思っていた。それが勘違いだと気づくとは。
俺であり、俺でない彼。灰村タクミの記憶を取り戻さなければこのアルヴァはここまで傷つかなかったかもしれない。
狂犬アルヴァとして生きてきた部分が今急激に怒り狂い泣き叫んでいる。
自分には絶対手に入らなかったこの夢の中に居続けたいと。
金級冒険者になり、そして金級パーティーのリーダーとして活躍するのが彼の夢だった。
けれど、どれだけ努力しても悪役リーダーのアルヴァにそんな未来は絶対訪れない。
それは作者である俺が、アルヴァ・グレイブラッドという男を序盤で死ぬ悪役としてデザインしたからだ。
ある程度の力しか持たず、才能に恵まれた主人公の引き立て役になり惨めに死ぬ小悪党。
人望ゼロの無能リーダーとして。
確かにこんな運命、たまったものじゃない。
「……それでも、夢は夢だ」
言い聞かせる様に口にする。それしか言える言葉が無いからだ。
俺の中の彼が欲するのは謝罪の言葉ではないことだけは理解していた。
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