74話 変わって欲しくなかったもの

 アキツ村に到着するまでの間、レックスは自警団の内情をひたすら話し続けた。

 街の住人から定期的に運営資金を提供して貰っていること。

 その代わりに住人が自警団に依頼をする時は冒険者相手の様に都度代金を支払わなくていいこと。

 魔物や害獣退治よりも公共物の修理や酔っ払いの喧嘩の仲裁、独居老人のお使いなどの頼みごとが多いこと。

 そしてそれを自警団団長であるレックスの父は快く思っていないことを彼は俺に聞かせた。


「なんつーかあれだ、いい年してガキなんだよ。嵐で壊れたベンチの修理より魔物退治の方が格好良いと思ってるんだ」


 退治する技量も無い癖によ。自分の親に対し辛辣なことを言うレックスだが声音にそこまで毒はない。

 彼に対しピンク色の癇癪玉のような妹のことも含め家族に苦労させられているなと内心同情した。


「お前の父親ならトマス程じゃなくても鍛えてそうだけどな」


 逞しいレックスの体を見ながらそう言うと、彼は勢い良く首を振って否定する。


「いや俺は樵だった爺ちゃん似なんだよ、親父はひょろくて戦うどころか農作業も無理だ」


 だから父は自警団に入った後も極力肉体労働はせず内勤をずっと続けている。レックスの言葉に俺は無意識に眉を顰めた。

 つまり自分は戦わないけれど魔物退治の功績は自分のものにしたいというタイプか。

 この手の人間はあまり好きでない。会社員時代に似たような上司に苦労させられたことがあるからだ。

 直接戦わずとも適切な指示を出し人を動かす軍師のような人種かもしれないと思ったが、それなら自警団はレックスが悩むような事態にはなっていないだろう。

 レックスは兎も角、巨大スライム退治に連れてこられた団員は酷いものだった。戦闘力を考慮する以前に戦う気持ちが皆無だったのだ。

 トマスやその息子に対する蔑みの感情を抜きにしても有り得ない態度だった。戦わないことだけではない。

 巨大スライムの危険性を認識することすら出来ず、魔物の近くでのんきにお喋りを楽しんでいたからだ。

 今までは魔物との戦いを冒険者や元冒険者のトマスに任せきっていたと言われて納得するしかない。

 あんな連中ばかりでトマスも街を去ったなら、ローレンを拠点にしていた冒険者たちの行方を捜しに出かける必要はあるだろう。

   

「だったら尚更魔物の相手は冒険者に任せるべきじゃないか。自分は椅子に座ったまま部下に敵と戦えと命じても、反感を買うだけだろ」


 反感を押さえ付ける程の権力が団長にあるなら別だが。俺の皮肉にレックスは情けなく笑った。


「無理だな。俺がガキの頃から上下関係なんて大して無かったさ。力仕事もするが自警団は基本街の雑用係、荒事は冒険者たちに任せとけって感じだった」


 その代わり冒険者たちが拠点となる家を借り易くしたり、彼らが便利に暮らせるように町長と話し合い便宜を図ったのがレックスの父なのだと言う。


「爺ちゃんは熊も一人で倒しちまう豪傑だったけど親父はそうじゃなくてさ、でもちゃんと自警団の団長としてやれてたんだよ」


 適材適所を考えたり、その為の根回しや人付き合いも得意だった。まるで亡くなった人間を懐かしむかのようにレックスは呟く。


「今はそうじゃないのか?」

「そうだな、人が変わったみたいだ。腕利き冒険者だったトマスさんが自警団に入ったことで、団長の座を取られるって焦ったのかもな」


 丁度おかしくなったのはその時期だし、変節についていけず辞めた団員はそう言ってた。

 疲れた表情でレックスは固い荷台に仰向けになった。体こそ立派に鍛えられているが肌も表情も若い。

 過去のことを思い出しているから余計幼く見えるのかもしれない。 


「トマスさんがこの街を出て行ったことで親父が元に戻るなら不幸中の幸いだけどな」

「だが自警団団長が冷静さを取り戻しても肝心の冒険者が居なければ街は魔物に困り続けるってことか」

「そういうこと。ミーファが強い冒険者を口説いて自警団に入れるとか息巻いてるが五年は待たないと無理だろ」


 ミーファとは彼の妹でクロノに黄色い声を上げていた少女の一人だ。

 なるほど、美少年剣士に対する単純な憧れだけでなくそういう意図もあったのか。 


「だが腕の良い冒険者が自警団入りしたらお前の親父は又地位を狙われると思うんじゃないか?」


 俺が思いついた内容を口にするとレックスは瞼をぎゅっと閉じた。


「そんな心の狭い野郎じゃなかったんだけどな……」


 年取ると人間って変わっちまうのかな。まだ十代の青年の嘆きは痛々しく不安に満ちている。


「……年齢に関係なくきっかけがあれば人は変わるさ、俺だって変わった」

「きっかけ、か……」


 俺のどこかで聞いたような言葉を、しかしレックスは深く噛み締めているようだった。

 その後無言になった彼を気にしつつこちらから話しかけることはないまま俺たちを乗せた馬車はアキツ村に到着した。

 結局クロノの華奢な姿が道中目に入ることはなかった。

    

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