67話 空っぽの鍋と後片付け

「いやー本当いい食いっぷりだったぜ。まさかあのでかい寸胴鍋が空になるとはな!」


 食後、器が片付けられた後の卓を囲みながらレックスが言う。

 恐らく嫌味ではないだろう。

 しかし大量にあった料理の半分以上がクロノの薄い腹に収まったことは事実だ。

 若干気まずい気持ちになりながら俺は口を開いた。 


「……悪かったな、材料費ぐらいは出す」

「は?いらねぇよ」


 寧ろ作りすぎたのを綺麗に片づけてくれて助かった。

 そう自警団の青年は茶を飲みながら俺に告げた。

 クロノは俺たちの分の茶を入れた後、台所で洗い物をしている。

 良ければ掃除や洗濯もしますとレックスに言っていたので、食べた分だけ労働で支払うつもりなのかもしれない。

 あれだけの量を食べて直ぐにてきぱきと動き出せるのは凄い。

 俺は胃もたれこそしていないものの明確に腹の中身に重さを感じていた。良い具合に腸詰状態になってそうだ。


「作りすぎた?あれは元々何人で食べる分だったんだ?」

「予定としては二人分だが、前の癖で材料をぶち込んじまってな」


 もうあいつらはいなくなったのに。どこか寂しそうに言うレックスに俺は首を傾げた。

 ここは自警団の寮みたいなものだと彼は説明していたが、現在入居者は二人だけということか。

 それならば確かに多いかもしれない。もう一人の住人がクロノ級の胃袋をしていれば話は別だが。


「食費は月初めに貰ってたからいいが、部屋散らかしたままでトンズラしやがってなあ」


 全員いい歳だったのに。そう溜息を吐くレックスは誰かに愚痴を聞いて欲しそうだった。

 食事代代わりにその役目を請け負うことにする。


「そいつらも自警団だったのか?」

「そうだよ、つーかあんたも知ってるやつだぜ」

「俺が?」

「巨大スライム退治で足引っ張りまくってた三人組」


 一瞬誰だと考え、すぐに答えに辿り着く。

 あの脅さないと全く動こうとしなかった役立たず連中か。


「ああ、あの……」

「トマスさんも見る目がないよな。確かにあの自警団の詰所に居たのはあいつらだけだったけど」 

「確かに、もっとマシな人間を選んでほしかったな」

「だろ?揃いも揃って面倒な仕事は怖い見張りがいないとやらないし直ぐ人に押し付けるんだぜ」


 洗濯や洗い物だって一番遅く入ったからって俺に押し付けてさ。

 そう唇を尖らせて言うレックスは確かにあの三人組に比べると十歳以上は若く見えた。


「俺があの人たちに指導やサポートして貰う立場ならわかるけどさ、寧ろ害獣退治とか俺に押し付けて隠れてたんだぜ」


 そしてもう少しで倒せそうなぐらい敵が弱ってから止めだけ刺して威張り散らすんだ。

 ダン、と茶器をテーブルに叩きつけて青年が言う。成程、往来で妹の頭を叩いた理由がわかってきた。

 彼は俺の立場に自分を重ねて苛立ったのかもしれない。

 まあクロノは率先して働くタイプなのであの連中とは大違いだが。


「……あいつら、あの黒髪の坊主やトマスさんが巨大スライムを見てすぐ逃げ出したって言ってたけど本当か?」

 

 レックスが自棄に真剣な顔で有り得ないことを聞いてくる。

 口に運びかけた茶を思わず吹き出しそうになりながら俺は答えた。

  

「そんな筈あるか、クロノは救援を頼みに行っただけだ!」

「じゃあ、トマスさんは?」

「……俺がクロノの手伝いをするように頼んだ。救援を頼みに行った相手は神出鬼没なんだ」

「マジか、やっぱりあいつら嘘つきだな。自分だけが悪者になりたくないからって」


 そりゃ親父に雷落とされるわ。ざまあみろとレックスは笑う。親父というのは自警団団長のことだろうか。


「でもトマスさんまで自警団辞めちまったのがなあ、魔物退治はあの人で殆ど持ってたようなもんだから」

「……そうやって一人に役割を集中させるのは止めておいたほうがいい」


 灰村タクミ時代の会社勤めの経験を思い出し、つい口にしてしまう。

 

「だよな、でもあの人自警団にいるのが勿体ないぐらい強かったし何より冒険者たちにコネがあったんだよ」

「コネ?」

「そう、あの人も元凄腕の冒険者だからさ。街暮らしになった後も昔から付き合いがある冒険者たちと仲良かったんだよ」


 だから人手の足りない時に魔物の討伐を手伝って貰ったりとかさ。

 そうレックスが語る内容に俺は妙な点を感じた。


「……それは元々は街の住民が自警団に依頼したものをか?」

「あー、やっぱそこ気になるか」

「気になるというか、ギルドに怒られる奴だろ」


 通常冒険者への依頼はギルドを仲介して行われるのが一般的だ。

 だがそうなるとギルドに仲介料を支払わなければいけない。

 それでもギルドを通すメリットは幾つかある。

 依頼人が冒険者と知り合いでなくても仕事が頼めるということ。

 ギルド職員が依頼に合った冒険者レベル等を選定し条件付けて募集してくれること。 

 そしてギルド経由で派遣された冒険者にはある程度の質が保証されていることだ。

   

「……別に住人が知り合いの冒険者に直接仕事を依頼するのは禁止じゃないぜ?」

「わかってて言ってるな、それはあくまで個人の話だ」


 トマスのやっていたことは自警団がギルドの役割を奪いかねない。

 俺は「自分たちでやれ」と落書きされた自警団からの依頼を思い出した。

 落書き自体は冒険者の誰かのものだろうが、消しもせずそのまま張り出したのはギルド職員の判断だろう。

 自警団とギルドの関係は決して和やかなものじゃなさそうだ。温い茶を飲み干すと異様に渋く感じた。

 

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