悪役令嬢専門の小説家なんだが悪役令嬢じゃなくて王女になってしまった

六野みさお

第1話 「あなたは王女です」

「キト、君をこの番組の最初のゲストに迎えられてうれしいよ。今日はよろしく」


 いつも通り高価なブランドの服に身を包んで、天原間葉あまはらかんよう――この国の第二王子は、私に席を勧めてきた。


「こちらこそ。まあ、ちょうどいいんじゃないですか? 私たちは真逆のスタイルなんですし……」


 私はそう挨拶を返しながら、用意された丸椅子に座った。


 部屋にはコンパクトサイズのテーブルが置かれ、その両側の丸椅子に、私と第二王子が座っている。もちろん安いものではないのだろうけど、私にはこのセットの簡素さは王子の服の高級さと少し合っていないように感じられる。もちろん、そのギャップがかわいいという女の子たちも多いのだけど。


 他の多くの国ではこうはいかない。そもそも王子というものは、本来は王宮でやわらかいソファーに座って、何人もの警備員に守られているのが普通だ。でも、私が住む天原王国では、王族と国民との距離が近い。こんなふうに、王子がテレビに出てくることもしょっちゅうである。


 そして、これも天原王国の王族独自の文化なのだが、王族はだいたいにおいて副業を持っている。むしろ王族としての仕事が副業であるかのような働きっぷりである。さらに稼ぎに応じて所得税を払っているのも美点である。


 とにかく、この間葉かんよう第二王子は、その副業として小説家をやっているのだ。専門はファンタジーで、何冊も本を出している。少なくとも私よりは稼ぎは大きいと思う。


 そう、言い忘れていたが、私も小説家をやっている。といっても、私は間葉王子とは真逆ーー恋愛小説家である。悪役令嬢ものとかを書くことが多い。


「むっ、そういえばこれは生放送だったね。申し遅れましたが、視聴者のみなさん、こんにちは。第二王子の間葉です。このたび新番組『セカンスの部屋』を主催させていただくことになりました。どうかよろしくお願いします」


 間葉王子は立ち上がって、優雅に一礼する。私もそれにならう。


「それにしても間葉王子、『セカンス』というのはどういう意味で?」

「あれれ、わかってくれないのか……あれだよ。セカンド・プリンスーー第二王子の略だ」

「…………」


 ……ネーミングセンスがださい。君は本当に小説家なのか、と疑ってしまうようなクオリティーだ。こんな感じだから、『間葉王子はゴーストライターに小説を書かせている』とかいう噂がネットに飛び交うのだ。もちろん、単に深く考えていないだけという可能性もあるけれど。


「……ま、まあ、そのことはいいから、早く対談を始めよう。まずはキト、君は最新巻の発売が明日だと聞いているけど」

「そうですね。『悪役令嬢になってみたい!』の第9巻です。みなさん買ってくださいね!」


 そう、私は明日に最新巻の発売を控えているのだ。今日私がここにいるのは、半分はその宣伝のためでもある。


「うーん、でも、王子の新作は、まだ1ヶ月くらい先ですよね?」

「そうだね。だから、今日は小説について語るつもりはあまりないんだよ。あくまで二人の芸能人の対談と思ってほしい」


 ははあ、今日はそんなのでよかったのか――と、私は少し安心する。てっきり私は『恋愛小説とファンタジー小説はどちらが優れているか』という問題について議論しなければいけないのかと思っていた。


「それにしても、キトはずいぶん高価な服を着るようになったねーー絶対僕より稼いでいるだろう?」

「そうかもしれませんわね。今の異世界恋愛は破竹の勢いですもの」

「ぐむむ。ーーまったく、僕が新人のころのファンタジーの勢いはどこへやら……」


 ーーそんなことを言っておきながら、この王子はいまだに常に総合ランキング1位を争うほどの勢いを持っている。絶対私より稼いでいるはずなのだが……服もやろうと思えば私より高いものが買えるのだ。


「しかし、その胸のペンダントだけは、あまり高価な感じがしないね」


 おっと、さすが王子、慧眼ですね。――でも、ただの安物でもありませんよ。


「これですか? 確かにこれはブランドものではありませんね。でも、私にとっては大切なものなのですよ。実はこのペンダントは、私が生まれた日に両親が買ってくれたものなんです。宝物ーーといえば少し言い過ぎですが、いつも大事な日にはつけていますね。なんてったって、今日は王子との対談ですから。そんなことなかなかありませんよ」

「………………」


 間葉王子はなぜか何も返事をしなくなってしまった。もしかして、王族にはそういう『記念』の文化がないのだろうか。私が少しうらやましいのかもしれない。あるいは、何か王子の心の奥の記憶が刺激されてしまったというのもありえる。ーー王子にもやはり宝物があるのだろうか。


「これはきた……」


 王子は何やらわけのわからないことを呟いている。やはり王子の中で何かがつながったのだ。全国放送の対談の序盤がこんな展開なのはいささか珍しいだろうけど。


 と、王子はいきなり立ち上がった。


「対談はとりあえず中断だ」


 王子はこれまでにないほど真剣な、でもそれでいて少し面白がったような表情をしていた。


「ついにこの時が来たーー僕がその役目になるとは思わなかったけど。でもこれで、僕は少なくとも大きく前進した」


 私には王子の言っていることはほとんど理解できなかったけど、とにかくこの場の雰囲気はさっきまでとまるで違ってしまっているということはわかった。


 そして、王子は私の方を向いて、人差し指をビシッと私に向けた。ーーああ、これはあれだ。よくある婚約破棄のシーンだ。私はいったい何をしてしまったのだろうーーどの王子とも婚約などしていないというのに。


 でも、王子の口から出た言葉は、私の予想のはるかに上をいくものだった。


「キト……実は、君は天原王国の第三王女であるようなのだよ」


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