第20話 魔王、本懐を思い出す

「私はまだ死にたくない!」


 勢い任せに部長席の机を叩きつけると、今日の放課後から会議に参加してくれている寧々子ちゃんがビクッと肩を震わせた。んあ~ん、ごめんねぇ寧々子ちゃん! 別に怯えさせるつもりはなかったんだ。ただちょっと私のストレスがマッハだっただけだから! 後で安らぎのハグしてあげるから待っててねぇ。


 もちろん、それ以外の三人は呆れ顔だ。セラマオがまたアホなこと言ってるぞとでも言いたげな哀れな視線を寄こしてくる。まあ私にはいくつもの前科があるから仕方ないか。


「で? 昨日、何があった?」


 そんな中、龍之介が間髪入れずに問いただしてきた。

 私も茶化すつもりはない。


「『空白空間』の中で、女神が取り引きを持ち掛けてきた」


 即座にシリアスモードに切り替えた私は、昨日の出来事を事細かに話した。


 ある程度の予想はしてたっぽい魔理沙はすまし顔。鬼頭と寧々子ちゃんは少し驚いたような顔をしており、龍之介は嫌悪感を露わにしながら舌打ちをした。


「チッ! とても女神とは思えない要求だな。腐ってやがる」

「そもそも私たちが実際に女神を見た回数なんて数えるほどしかないけどな」


 アレがニュートラルとは思わないが、意外と下品な奴も多いのかもしれない。私たちが女神に抱いているイメージなんて、所詮は幻想だ。


「俺様は取り引きに応じるのは大反対だ。セラマオ一人を犠牲にして地球を救うなんてのは馬鹿げてやがる。たとえあんたに原因があったとしてもな」

「どのみち私は死ぬ運命なんだぞ? だったら生贄に捧げようって考えにはならないのか?」

「ならねえよ。誰かを見捨てて生き永らえようなんて意地汚くはなりたくねえし、んな選択を迫る女神はマジで気に食わねえ。あんたが死ぬ時はみんな一緒、地球が滅びる時だ」

「おお……」


 ちょっと感動したし嬉しくもあった。そういえばコイツ、意外と義理堅いんだっけ。


「女神は《勇者》候補の確保は止めないと言っていたのだな?」

「そうだ。だからお前の恋び……好敵手である桃田もほぼ間違いなく異世界へ連れて行かれるだろうな」

「ならば俺も反対だ。女神の好き勝手にはさせたくない」

「ああ」


 鬼頭がそう言ってくれると頼もしいな。


「魔理沙はどうだ?」

「私は《魔王》様の判断に従います」

「分かった」


 魔理沙の返答は予想通りだ。


「ね、寧々子もがんばる! お姉ちゃん助けるの!」

「うん、ありがとう!」


 今日も一日頑張るぞい、とでも言いそうに意気込む寧々子ちゃん、めっちゃ可愛い! しかも私を救おうとしてくれるとか感無量だ。後で感謝のハグしてあげるからね!


「んで? 方針は決まったみてえだが、具体的にはどうするつもりだ?」

「私が死なない。《勇者》候補の確保も止める。地球も救う。この三つを同時に成し遂げるには、やっぱり女神をぶっ殺すしかないんだろうけど……お前ら何か案はないか?」

「「「「…………」」」」


 四人とも、あの魔理沙ですら閉口したまま首を横に振っていた。


 分かる。女神の能力が落ちているとはいえ、今の私たちはそれ以下の状態なのだ。しかも奴は時間が進むにつれて徐々に力を取り戻していく。一ヶ月もすれば、ありとあらゆる世界の魔王よりも強大な力を持つことになるだろう。対抗できる手段などあるわけがない。


「だからこそ、やるべきことは決まっている」

「なんだ?」

「女神に嫌がらせをする。徹底的にな」

「は?」


 拳を握って宣言すると、龍之介をはじめとするみんなが唖然と口を開けた。


「桃田が囚われていたように、確保した《勇者》候補は『空白空間』で保管されるはずだ。ならば彼らを順次解放していく。どれだけ時間がかかろうとも」

「解放したそばからまた連れて行かれるだろ。そいつに《勇者》適性があるってのは、もう知られてるんだから」

「かもしれない。けど女神は分身ができるわけでも協力者がいるわけでもない。確保した《勇者》がいなくなったと知れるのは、『空白空間』を確認した時と外を出歩いているのを目撃した時だけだ。二手に分かれられる私たちなら、決して後れを取らないと思う」

「それでどうなる? 確保と解放が繰り返されるだけじゃないか?」

「そう。だから嫌がらせ以上の意味はないんだってば。ただ腹を立てた女神が再び私たちの前に姿を現す可能性は高い。女神を叩くとしたら、チャンスはそこしかないんだ」


 いや、あの短気そうな女神なら必ず来るはずだ。


 問題は、再び相まみえた時にどれだけ力が戻っているかということ。冷静だった奴なら確実に私たちを消せると判断するまで出てこないだろうが……こればかりは運に頼るしか無さそうだった。


 ま、何もしなければどのみち死ぬんだ。危険は承知である。


「ですが問題があります」


 と、魔理沙が手を上げた。


「それは行方不明者を捜すということになると思いますが、どうやって捜索するのですか? 寧々子さんは本人の私物がなければ匂いを追えませんし、須野さんも誰が行方不明者なのかを認識していなければ捜し当てることはできません。何人かは新聞にも名前が載るかもしれませんが、全員ではないでしょう。つまり誰が《勇者》候補として連れて行かれたのか、それを調べるところから始めなければなりません」

「それも考えてある」


 そうして私は部長らしく偉そうに胸の前で腕を組んだ。


「私たちの本懐とはなんだ!? はい答えろ、龍之介!」

「は? ……勇者を倒すための情報収集だろ?」

「ちがーう! ボランティアだろ、ボランティア!」

「……はあ?」


 何か言いたそうに口を開けた龍之介だったが、室内を見回した後に閉口した。納得いったとまではいかないものの、反論は浮かばなかったらしい。


「ボランティアを通して地元の人たちから行方不明者の情報を集めるんだ!」


 私は魔理沙を指でさした。


「魔理沙! お前は男女問わず他校の生徒を魅了しろ!」

「あら」

「龍之介! お前はおばさま方に気に入られろ!」

「はあ?」

「鬼頭! お前は少年たちのヒーローになれ!」

「うむ」

「寧々子ちゃん! 寧々子ちゃんはおじさま方の心を掴め!」

「うん!」

「で、セラマオはどうするつもりだ?」

「私は少女を狙う!」

「「「もしもしポリスメン?」」」

「通報しようとするな! 三人ともスマホを置け!」


 なんでこんな時だけ息ぴったりなんだよ!


 やっぱり私が信頼できるのは寧々子ちゃんだけだ。目を輝かせるほどの尊敬の眼差しが眩しい。はー、好き。


「ゴールデンウィークも後半に差し掛かる! 一旦は女神のことを忘れて、ボランティアに従事しよう。そして行方不明者が出たら情報収集し、警戒を怠らずに捜索する。どのタイミングで女神が現れるかは運次第だが……私たちにできることはこれしかない! いいな!?」


 誰からも異論はなかった。皆が皆、首を縦に振っている。


 正直、できれば「おー!」とか掛け声が欲しかったんだけどなぁ。まあ、別にいいや。特にノリの良い奴らってわけでもないし。


 と思ってた、ちょうどその時だった。


「ちょっと待った!」


 快活な叫び声とともに、勢いよく引き戸が開かれた。


 部員の許可なく堂々と入ってきたのは鼻息を荒くした桃田と、その後ろで子犬のように震えた須野さんだった。


「話は聞かせてもらった! なんでも、昨日私を攫った金髪の女が大規模な誘拐を企てているらしいじゃないか。しかもそいつは女神で、最終的に地球を滅ぼそうとしており、瀬良君たちはそれを阻止するために動いている。そうだな!?」

「ええ、まあ、そうですけど……」

「分かった。私も協力しよう!」

「はあ……」


 詳しい話は鬼頭から聞いたんだろうけど……えー? 普通、信じるかぁ?


 誘拐に関しては実体験したから現実味があるものの、犯人が女神で地球を滅ぼそうと企んでいるなんて荒唐無稽にもほどがあるだろう。


 と思ったけど、やけに興奮した桃田を見てたらなんか納得した。


 コイツ好きそうだもんなぁ。地球の危機とか、正義のヒーローとか。きっと子供の頃は勧善懲悪もののアニメとか特撮とか食い入るように見ていたに違いない。ま、私が言えたことじゃないけどね。


「人数は多い方が助かりますけど、危険ですよ? 最悪死ぬかもしれません」

「百も承知さ。地球を守って死ねるなら本望だ!」


 おお。言い切ったよ、この人。どんだけ影響されてるんだ。


「あ、あの……私も及ばずながら協力させていただきます……」


 恐る恐るといった感じで須野さんが名乗り出た。

 むしろ作戦の肝は須野さんだ。須野さんがいるのといないのじゃ、効率が段違いだからな。桃田よりも役に立つだろう。


「うん。須野さんもありがとう。でも、いつでも逃げられる準備はしておいてね」

「は、はい!」


 これで役者は揃ったな。


「それでは早速女神討伐作戦に移行する……と言いたいところだが、まずは休日のボランティアで情報を収集するのがメインだ。内容は例によって私に任せろ。今日は心機一転するためにも、この埃臭い部室を掃除する! いいな!?」

「うむ。そういうことなら私も手伝おうではないか。がんばるぞ!」


 何故か部外者の桃田がノリノリだった。

 嫌っていた《勇者》属性を持つ桃田と一番馬が合うとは、何とも皮肉なものだ。

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