第16話 魔王、決意する

「生存戦略ぅ~!」

「「「…………」」」


 部長席(私が勝手に決めた)で声を張り上げると、一同がポカンと口を開けた。

 いいぞ、いい反応だ。まさに一ヶ月前、クラスメイトが私に向けたのと同じ白い目だ。


 不意に触れられる黒歴史はダメージがデカい。悶え転げ回りたくなる衝動に駆られるくらいにはなる。なので私は、常に恥を上塗りしていくスタイルに決めた。いつ思い出されてもいいように、黒歴史は身近にあるものだと日頃から実感しておくわけだ。覚悟した者は幸福になれるからね。あー、胸が痛い。


 朝っぱらから号泣してしまった本日は普通に登校。普通に一日の授業を受けて、普通に放課後を迎えた。女神が襲撃してくることもなければ、世界が滅亡するような予兆もない。普通に何事もない一日だった。


 ボランティア部の部室に集まったのは、私を含めたいつもの四人。須野さんは今日も司書の仕事で、寧々子ちゃんは言わずもがな。私の精神安定剤を常置できないのは本当に辛い。


 ま、無いものをどうこう言っても仕方ないか。

 何も言わずに部員の顔を見渡していると、やっと龍之介がツッコミを入れてくれた。


「……なんだって? 何の戦略だって?」

「私たちが生き残るための作戦会議をするぞ。具体的に言えば、地球を滅ぼされないためにあの女神をぶっ殺す! こうなったのは私たちの責任だからな。自分のケツは自分で拭く!」

「とても女が使う言葉じゃねえな」

「黙れ」


 つーか、お前らが男に寄りすぎなんだよなぁ。本来、《ドラゴン》や《鬼》の概念体って、性別はどちらでもあるはずなのに。それだけ人間として過ごしてきた十五年十六年の影響が強いってことなのかな。


「女神の暴挙を阻止するってのは賛成だ。俺様たちのせいで地球が滅亡するのは寝覚めが悪いからな」

「同じく」

「でもよ、どうやって女神を止めるつもりだ? どこにいるかも分からないんだろ?」

「そのために魔理沙が持っている情報を共有したい。話してくれるな?」

「私が知っていることなら、すべてお話しいたしますわ」

「よろしい。まずは昨日の繰り返しになるが、あの女神は本当に地球を滅ぼせられるのか?」

「それ自体は可能です。ですが世界を滅ぼすなどという愚行、神界に露見すれば確実に極刑になるでしょう。もしくは私たちが想像もできないような拷問を課せられるか。もちろん私も神界については言伝にしか知りませんので、確かなことは言えませんが」

「なら途中で『やっぱりやめた』ってこともあり得るわけだな?」

「そうですね。女神が世界を滅ぼすなど、本当に無益な行動。ただの自殺行為です。それもただの腹いせなので、途中で復讐心が冷めて気分が変わるかもしれません。ですが、ひとまずは女神が地球を滅ぼすという前提で話を進めた方が良いかと」

「確かにな」


 これから先、女神が取る行動は大きく分けて四つ。


 世界を滅ぼす。魔力を持ち込んだ私たちだけに復讐する。私たちのことは完全に無視して、引き続き地球で活動する。さっさと違う世界に行く、だ。


 う~ん、でもなぁ。昨日のブチギレ具合から察するに、後者二つはあり得ないと思うんだよなぁ。一番可能性が高いのは、リスク最小限で私たちだけを殺しに来るってパターンだ。それは覚悟しといた方がいいだろう。


「いやでも、怒り任せに殺しにくるなら昨日のうちにやっているはずだ。女神の奴、何らかの理由で能力が制限されてるんだろ?」

「その通りです。女神は現在、魔力を疑似的にゼロ、もしくは限りなくゼロに近いほど抑え込んでいるはずです。そのため能力的には普通の人間と大差ないかと」

「やっぱりか。なんでそんな面倒なことしてるんだろう」

「それはもちろん、自分の魔力を地球の人間に伝染させないためですね」

「あ、そっか」


 他世界から地球に来てるのは、なにも私たちだけじゃない。女神自身もだ。


 私たちの魂についてきた極小の魔力ですら、こうして収拾がつかなくなるくらい感染が拡大しているのだ。膨大な魔力を所持する女神なら、地上に降り立つだけで暴風雨が如く魔力を振り撒いてしまうだろう。


 魔力が存在する他の世界なら気を遣わないで済むが、地球ではそうはいかない。魔力が伝染しないよう、細心の注意を払って活動していたはずだ。そりゃどこの誰とも知らない馬の骨に狩場を荒らされたら憤慨するわな。ごめーんね。


「いくら女神とはいえ、いったんゼロにした魔力を一気に取り戻すのは肉体的にも精神的にも害を及ぼす恐れがあります。人間が海の中で活動できるよう、徐々に身体を慣らしていくのと同じようなものですね。完全に力を戻すのは……おそらく数ヶ月はかかるでしょう」

「世界を滅ぼすとしたら、それからか?」

「はい。ただ神界に露見しないよう一瞬で滅亡させるためには、それなりの準備期間が必要です。甘く見積もっても二年は猶予があるかと」

「二年、か……」


 意外とあるな。


 ただ少しずつ魔力を取り戻していくとなれば、すぐにでも私たちが対抗できるレベルを越えてしまうだろう。話し合いではなく、実力行使で女神を黙らせるならば、実質数日しかないと思った方がいい。

 が、


「難しいよなぁ」


 けっこう絶望的な状況だった。


 地球は広い。遠くへ逃げられでもしたら、追う手立てがないのだ。仮に女神が私たちを殺そうとしているのだとしても、それは確実に勝てると判断してから実行するに違いない。完全な詰みである。


「いえ、諦めるのはまだ早いと思います」


 頭を抱えていると、魔理沙が今まで通り抑揚のない声で宣言した。


「今後の女神の行動を予測してみました。魔力を取り戻すまでの間、彼女が何をするのか」

「……何をするというんだ?」

「地球はせっかく見つけた魔力の無い世界。なら、魔力が広まるまでにできるだけ多くの《勇者》を確保しておきたいはずです。つまり《勇者》適性のある人間を乱獲するのではないか、と」

「なるほど。《勇者》補完計画ってわけか」

「「「…………」」」


 だーれも反応しない。これ見よがしにゲンドウポーズしてるのになぁ。セラマオちゃん、寂しすぎて泣いちゃいそうだワン。


 ともあれ、魔理沙の予測は的を射ている。可能性が高いどころか、間違いなく奴は《勇者》候補を確保するために世界中を奔放するだろう。


 だがそれはただの行動予測であり、決して解決策ではない。


「奴がどこで人間を乱獲するのか分からなきゃ意味がないぞ。もしかしたら地球の裏側かもしれないしな」

「いえ、しばらくはこの近隣で活動を続けると思われます」

「なんで?」

「桃田さんのようなあからさまな人物なら話は別ですが、普通は《勇者》適性があるなど普段の行動を観察してなければ判明しません。さらに女神は私たちを監視するついでに、この地域の《勇者》候補に目星をつけているはずです。まずはその方たちから確保するのではないかと推測されます」

「お前たちも地元生まれだろ? 私たちが転生してから、もう十五年以上も経ってるんだ。ここら辺の人間は大なり小なり『魔力の種』ってやつを持ってるんじゃないか?」

「極小の魔力など取り除けばいいだけですし、多少能力が不自由になってもそのまま異世界へ《勇者》として送り込めばいいだけです。魔力が存在する他の世界から新たにスカウトするよりかは断然マシでしょう。『空白空間』に閉じ込めておけば、老化も魔力の増加も抑えられますしね」

「魔力を抽出するとなると、身体に悪影響が出るんじゃないか?」

「少量なら何も問題ありません。それに魔力を取り戻した女神が接触すれば、どのみち『魔力の種』が人間に移るのは避けられないかと」

「ううむ」


 聞けば聞くほど魔理沙が正しいように思えてくる。反論の余地が無い。

 ふと、名前が出たことで気づいた。


「鬼頭、その桃田は大丈夫なのか?」

「ぬ。そういえば今日は欠席だったな」

「今すぐ連絡を取ってくれ」


 言うと、鬼頭はポケットから取り出したスマホを机に置いた。

 両手の人差し指で、恐る恐るディプレイに触れている。


「……何やってんだ?」

「普通に操作すると破壊してしまうから慎重に扱っている」

「お前の個人情報ガバガバだな」


 覗き見防止のフィルムとか売ってるから買えよ。


「っていうか、そのまま机に耳を押し当てて話すつもりなのか?」

「セラマオ殿は何か勘違いしているかもしれないが、別に俺は手に持った物をすべて破壊してしまう不思議な能力があるわけではないぞ。通話は普通にできる」

「とは言ってもだな……」


 ええい、まどろっこしい! 電話くらい普通に掛けろ!


「貸せ!」

「頼んだ。履歴から呼び出せる」

「ふーん」


 何気なく頷いてしまったが、えっ、履歴から? 普段から桃田と連絡取ってるってこと?


 悪いとは思ったものの、ついつい気になって過去の履歴を見てしまう。私や両親や知らない人の名前や登録していない電話番号もあるが、その三分の一くらいは桃田だった。


 え、ナニコレ。ナンデこんなに多いの? 友人ってレベルじゃねえぞ? コレ完全に恋人同士の頻度じゃね? えっ、ナニ、ちょっと待って。お前ら付き合ってるわけじゃないよな? だったら一昨日のアレなんかただの茶番だったやんけ!


 い、いかんいかん。邪推してしまった。同志のプライベートに首を突っ込んではいけない。


「……出ないな」

「それはおかしいな。携帯が手元にあれば、桃田は必ず二コール以内に出るはずだ」


 その信頼も意味が分からないが。


「先ほども言いましたように、桃田さんは《勇者》候補筆頭ですからね。私の予想通りなら、すでに確保されているかもしれません」

「くそっ」


 悪態をついて、スマホを鬼頭に返す。

 女神の奴、行動が早いな。


「桃田には部室を取り計らってくれた借りがある。奴を助けるぞ」

「ああ。俺からも頼む」


 深々と頭を下げる鬼頭。

 お前らマジで付き合ってるわけじゃねえよな?


「んで、当てはあるのか?」


 水を差す龍之介の言葉は正論だ。女神同様、確保された人間がどこに保管されているかなど予想もつかない。


「桃田さんの私物を拝借して、寧々子さんに協力を求めるしかありません」

「一人で街中を駆け回るのは無理があるぞ」

「ですが私たちに探索能力はありませんよ」

「そこで、だ。須野の力を借りることにする」

「須野さん?」


 問うと、龍之介が得意げな笑みを浮かべた。


「実はアイツもちょっと変わった能力があるんだ。図書館にある本のタイトルを一発で探し当てられるっていう不思議な能力がな。もちろん初めて訪れた図書館でだぞ」

「……ただの偶然じゃないか?」

「いえ、あながち不思議でもないかもしれません」


 私は否定的だったが、魔理沙は思い当たる節があるようだった。


「あくまでも常識的な範囲内ですが、妙に勘の鋭い人や手先が器用な人など、生まれながらにして特殊な能力を持っている人間は稀に存在します。加えて須野さんは中学の頃から龍之介さんに勉強を教えてもらっていた。『魔力の種』が移っていることは確実でしょう。そして彼女は魔力の使い道を自らの特技のレベルアップに割り振った。たまにいるんですよね。無意識下で魔力を操れる人間が」

「そういうわけだ。俺様も失くし物があった時には毎度頼ってるから、お墨付きだぜ」

「それは心強いな」


 だけどまずは物を失くさない努力をしろよな!


「よし! じゃあ須野さんにも協力を仰いで桃田救出作戦を開始するぞ! いざ、出陣!」

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