第11話 魔王、疑念を抱く
う~ん、やっぱ労働の後のアイスコーヒーは一味違いますねぇ。めっちゃ美味い!
運動部がただの水道水をあれだけ美味しそうに飲むのが常々不思議だった。だけど、こういうことだったのか。まあ脱水症状にでもならない限り、水道から直接飲むとかは絶対にしないだろうけど。
というわけで、私たちは今、近くのファーストフード店に入店していた。
謎の獣少女……《狼》から話を聞こうとしたら、どこかで腰を落ち着かせてからにしましょうと魔理沙が提案。あまりにも常識的な意見だったので、私と龍之介はお互いの目から鱗が落ちるのを目の当たりにした。
女の子はオレンジジュース。私たち女子二人は飲み物とポテトくらいだが、龍之介はハンバーガー三つにポテトのLサイズ、さらにはナゲットも注文していた。おいおいもうすぐ夕食の時間だぞ。男子の胃袋ってすげえんだな。
「……そんな、感じ、なの」
「なるほど」
説明がたどたどしく途切れ途切れだったので、私が脳内で簡単にまとめる。
彼女の名前は
先ほど生やした獣の耳は自由に出し入れすることができるらしく、今は無くなっている。さっきのは、自分が《狼》だと信用してもらうためだった。しかもただの飾りではないようで、普通に狼並みの聴覚もあるらしかった。
そして……。
「つまり私たちと同じ年に地球に転生したけど、間違えて狼に生まれてしまった。知能が獣並みだったから、失敗に気がついたのは死亡した後。それでまた慌てて転生して、今年で七歳ってわけか」
「……うん」
獣耳が無くても分かるくらい、申し訳なさそうにしょんぼりする寧々子ちゃん。
あー、ほっぺぷにぷにしたい。
「今が七歳ってんなら、だいたい八年くらい狼やってたんだろ? 意外と短命だったんだな」
「北海道の山奥に生まれちゃったから……」
「野生だったか」
龍之介がポテトを口一杯に頬張りながら問いかける。
その仕草は是非とも寧々子ちゃんにやってほしいものだ。きっとリスみたいに可愛いらしいに違いない。あー、もっと近くに寄ってクンカクンカしたいなぁ。
「あの獣の耳は何ですか? 魂の波長に合わせて変身できるほど魔力があるようには見えませんが」
「慌てて転生したから、失敗しちゃって……」
「ははあ。珍しいこともあるみたいですね」
珍しいで片付けていいのか魔理沙よ。病院で診られたら大事だぞ。
にしても、本当に可愛いなぁ。女児に獣耳とか反則だろ。一緒にお風呂入りたい。
「じ、実は『約束の日』にも会いに行ったんだけど、怒られると思って、話しかけられなかった、の」
「もしかして、私の帰宅時にどっかから覗いてた?」
「……うん」
やっぱりかぁ。桃田がいなくなってからも、なんか視られてた気がしてたんだよなぁ。
ボランティア中に度々見かけたのも、謝ろうとしていたのだ。いや、実際に謝ってきたこともあったっけ。けど怒られるのが嫌で、なかなか名乗り出られなかったんだ。
もう、そんなに私が怖い女に見えたってわけ!? ぷんぷん。
もう少し女児に頼ってもらえるよう、優しいお姉さんの雰囲気を全面に押し出していかなきゃいかんなぁ。
と心の中で反省していると、寧々子ちゃんがこちらを向いて深々と頭を下げた。
「ご、ごめんなさい」
子供に頭を下げさせるなんて、あたしってホント最低。
んなこと今はどうでもいい!
あー、もう辛抱たまらん! この可愛さは犯罪的すぎる!
私は欲望のおもむくままに寧々子ちゃんを抱きしめた。
「いいよぉ~許す許すぅ。こんな可愛い女の子に転生してくれたんだもの。セラマオちゃん、ミジンコたりとも怒ってないよぉ~」
「あううぅ~」
いや~ん、ふわふわで良い匂~い。ペロペロしたらさすがに犯罪だよね?
そんなんでいいのかよと半眼で呆れる龍之介と魔理沙は見ないことにした。
だってぇ、どうせ未だに中間報告も済ませてないし? こうやって怒られる覚悟で会いに来てくれたんだから、お姉さんとしては許してあげないと。調査なんて、今から頑張ればいいんだよ!
「すーはーすーはー……うん、よし、お終い!」
べたべたしてたらどこまでもヤッちゃいそうだったので、一旦落ち着くことにした。
自制心を自由に操れる私って、やっぱりすごいのでは?
「《狼》と合流。そして鬼頭と桃田の一件も解決して、とりあえずはひと段落って感じだな」
「後者はあんたが勝手に張り切ってただけだけどな」
「だまらっしゃい」
いかん、汚い言葉を使ってしまった。
私はクールなお姉さんだ。誰が何と言おうとクールなお姉さんなんだ。
「寧々子ちゃんの事情を把握したところで、次の話に移りたい。今度はお前だ、魔理沙」
「私、ですか?」
意外そうな口ぶりで驚いてはいるが、内心はまったく読めなかった。
本当に予想外だったのか、それとも想定していた上で演技をしているのか。どちらにせよ、私が問い詰めることには変わりないが。
「さっきのチンピラどものことだ。明らかに動きがおかしかっただろう? 俊敏さにしても、腕力にしても。鬼頭を殴った金属バットなんて、バトル漫画みたいな凹み方してたぞ。それにさ……」
一番言いたかったのはこの先だ。
言葉を溜め、私は真正面から魔理沙を見据えた。
「お前に魔力を活性化させてもらった少しの間に、私は見た。ほとんどのチンピラに、ほんのわずかだが魔力を感じたんだ。おそらく奴らは無意識下で魔力を使い、身体能力を高めていたんだろう」
「あっ、そうそう。それは俺様も見たな」
龍之介も確認したということは、私の勘違いではないらしい。
どの世界でも共通して言えることだが、魔力を持ち、なおかつその使い方を知らない場合、魔力は身体能力の補助的役割を担うことになる。つまり魔力をエネルギーとして、無意識のうちに身体強化というある種の『魔法』を行使しているのだ。
先ほどのチンピラたちにも、その傾向が見られた。
意図的に魔法を使っていたわけではなく、魔力を自然に強化エネルギーへと変換させる。あれは間違いなく、自分の中に魔力があることを知らない人間の動きだった。
「転生する前、お前は言ったはずだ。地球は魔力が存在しない真っ白な世界だからこそ、私たちが人間として転生できる、と。だが実際には魔力を持った人間も存在していた。なら、お前の提言は矛盾しているのではないか? 私たちはどういう理屈で人間に転生できたんだ?」
一切の動揺を見せることもなく、魔理沙はまるで午後のアフタヌーンティーでも嗜むかのようにアイスコーヒーで口の中を潤した。
その仕草は、私に対してまだ言葉を続けろと言っているかのよう。
「それに私は覚えているぞ。お前は個人的に地球で調べたいことがあるから私に協力すると言っていたな。あれはなんだ? お前は何を隠している? そろそろ話してくれてもいいんじゃないか?」
私だけでなく、龍之介と寧々子ちゃんの視線も魔理沙へと集中する。
コーヒーを置いて視線を上げた魔理沙は、まさに魔女のように妖しく微笑んだのだった。
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