あべんじゃ~ず!

秋山 楓

プロローグ1

「追い詰めたぞ、魔王シャドウグール! 貴様の悪行もここまでだ!」


 大広間への扉を開け放った青年が、声高に雄叫びを上げた。


 聖なる剣を携え、世界最高位の鍛冶屋によって作られた鎧を身に纏い、世界各地で名を上げた魔導士や武闘家を従えた彼。


 幾多もの修羅場をくぐり抜け、齢二十には到底見えない精悍な顔つきをした彼こそが、魔王討伐を託された勇者である。


 勇者は声も響かないほど巨大な謁見の間を見回した後、キッと正面を睨みつけた。


 赤いカーペットの先で玉座に身を預けるのは、この世界を恐怖のどん底に陥れた張本人。


 魔王シャドウグールだ。


 普通の人間では対峙しただけで膝を折ってしまいそうなほどの巨躯。ただ存在するだけで禍々しいオーラを放つ魔王は、一人の従者をつけることもなく、玉座に腰を埋めたまま愉快そうに勇者一行を見下ろしていた。


「追い詰めた、だと? くっくっく。果たして追い詰められたのはどちらかな?」


 魔王の余裕は決して虚勢などではない。


 勇者たちが満身創痍なのは、誰の目から見ても明らかだった。


 何故ならここへ辿り着く前、彼らは四天王等と死闘を繰り広げてきたのだから。


「我の部下たちは強かっただろう?」


「ああ、強かったよ」


 一度撤退して傷を癒すという選択肢はなかった。


 撤退は魔王に逃げる余裕を与えてしまう。再び戦力を整えた魔王は必ずや復讐を目論み、人間世界へとさらなる災厄をもたらすであろう。


「だから俺たちは負けるわけにはいかない! この場でお前を……倒す!」


「よかろう。聖なる剣に選ばれし者よ、世界の行く末を決める戦いを始めようではないか」


 魔王が立つ。たったそれだけの動作で、大広間は凄まじい威圧感に包まれた。


 未だ傷の癒えていない勇者たちの膝が震えだす。だが心まで折られることはなかった。魔王の命と引き換えならば、その身を犠牲にするくらいの覚悟はすでにできている。


「うおおおおおおおおお!!!!」


 自らを奮い立たせた勇者が、聖なる剣を掲げて最後の戦いに挑む。


 そこで繰り広げられた戦闘は、まさに世界の運命を左右するに相応しいほど壮絶だった。


 一太刀振るうごとに空間をも断裂させる勇者の聖剣。


 詠唱も無しに、腕を払うだけで最上位魔法を放つ魔王。


 仲間からの回復魔法による支援、または魔族に備わる自己再生能力を駆使しながら、両者一歩も引かず相手を殺すことだけに注力する。


 だが、どちらの力も決して無尽蔵ではない。


 数時間の死闘の末、床に伏せたのは魔王だった。


「我は……負けたのか?」


 その胸に聖剣を貫かれても尚、魔王は未だ現実を受け入れてはいなかった。


 とはいえ、もうすでに指すら自力で動かせる力は残っていない。聖剣から流れ込む聖なる力が身体を蝕み、魔に満ちる細胞を塵芥へと変えていく。あとはただ、自らの身体が消滅するのを待つのみだった。


「ああ、そうだな。どうやら世界は人間の存続を選択したらしい」


 魔導士が慌ただしく負傷者を手当てする中、魔王の消滅を看取るため勇者が側に立った。


 彼はたった今まで命のやり取りをしていた仇敵に向けて、静かに声を落とした。


「最期に何か言い遺すことはないか?」


「ない。だが一つだけ問いたい。何故我々は負けたのだ? 組織力も、種族としての能力も、単純な戦力も我々が圧倒的に勝っていた。貴様ら人間の利は、魔族に有効とされる聖なる剣の存在のみ。にもかかわらず、どうして我ら魔族は人間などに引けを取った? 世界は何故人間の勝利を選択したのだ!?」


「あー……」


 最後の力を振り絞った断末魔の問いかけに、勇者はバツが悪そうに眼を泳がせた。


「悪い。世界の選択だなんてカッコつけたけど、実は俺、この世界の人間じゃないんだよ」


「なんと、異世界からの転移者だったか」


「そう。いきなり女神に拉致られて、国王たちから勇者だと担ぎ上げられて、世界を救う使命を負わされた。それが二年前の話だ。魔王を倒すまで元の世界に還さないって言うから、俺も必死に頑張ったんだよ」


「…………」


 勇者の言っていることは真実だ。彼の仲間と態度を比較してみれば分かる。幼い頃から魔王の脅嚇に怯えていた現地人なら、今際の際の言葉など聞かずにさっさとトドメを刺すだろう。


「世界の選択、か。異世界の住人に頼ってまで、世界は魔族を排除したかったのだな」


 掠れた声で呟いた魔王は、自嘲気味に口の端を吊り上げた。


 結局、この先の未来に魔族は無用だと世界に切り捨てられてしまったわけだ。どう足掻いたところで勝てるわけがない。


 まあ、それももう終わった話だ。


 聖剣の力によって身体は塵となり、魔王シャドウグールは静かに息を引き取った。

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