ドーナツ
春雷
ドーナツ
僕はドーナツが好きだという事を誰にも言っていない。その理由は、僕がみんなから硬派なスポーツマンだという印象を持たれていて、実際に野球部のキャプテンもしていたから、そんな僕がドーナツ好きだとみんなに知れると、馬鹿にされるのではないかと危惧していたからだ。いや、言い訳はやめよう。単純に恥ずかしいのだ。
僕はいつものように、帽子を目深に被って、近所のドーナツ専門店を訪れた。長年の研究により、客が来ない時間帯を僕は明らかにしたのだ。平日の昼過ぎが狙い目であるのだが、僕が中学校に通っている時間帯なので、基本的にはその時間に行くことはできない。しかし、だ。今日は学校の創立記念日。つまり普通の人は平日を過ごすことになるが、僕らは休日を謳歌することができるのだ。僕は今日をドーナツ記念日と命名しようかと思ったくらいだ。絶好の機会である。
店内に客はいなかった。当然だ。客がいない時間を狙っているのだから。さっき外から店内を覗いたので、客がいないことはわかっていた。
じっくり選んでいる暇はない。僕はあらかじめ頭で想定しておいたドーナツの組み合わせを再確認する。そして、現実に置かれているドーナツたちを眺める。
全部ある。完璧だ。
オールドファッションドーナツをはじめ5種類のドーナツをトレイに乗せ、僕はレジに向かった。その時、僕が大きな誤算をしていたことが判明した。
「あれ、高井君。久しぶりだね」
姉の友達の桜庭さんが働いていたのだ。僕は膝から崩れ落ちて、頭を抱えたい気分でいっぱいだった。フェードミー。そう叫びたかった。
桜庭さんは大学生だ。だからこの時間でも働けるのだろう。ああ。もう計画は完全に頓挫した。彼女のシフトをどこかで入手しない限り、この店を訪れることはできない。
僕の頭には2つの考えが浮かんでいた。
もう彼女にドーナツ好きということは、ばれてしまったのだ。もう何も気にせずにこの店に来てもいいのでは?
いや、まだドーナツ好きとばれたわけじゃない。家族のために買ったと言い訳することもできる。どうにか彼女にドーナツ好きとばれないようにしよう。
「どうしたの?黙り込んで」
「ああ。いや、ちょっと驚いてしまって。いつから働いているのですか?」
「先週かな。友達に紹介されたんだよ。ほら、あそこでドーナツ揚げているのが私の友達」
彼女は少し恥ずかしそうにしながら、キッチンにいる友達を手で示した。その友達は、キッチンの奥の方で一生懸命ドーナツを揚げていた。すらりと背の高い、男の人だった。
「ドーナツ好きなの?」
どう答えるべきか迷った。
僕は密かに彼女に憧れていた。家に彼女が遊びに来た時、僕はそっけない対応をしながらも、どうにか彼女と仲良くなれないか、そんな計画を頭で練ったりしていた。
彼女が初めて家に来た日を覚えている。彼女は嬉しそうにドーナツを食べていた。その姿を見て、僕は素敵な人だな、と思ったのだ。
彼女の瞳が僕を映す。彼女は大学に入り、ますます綺麗になったようだった。
「好きです」
素直に、僕はそう言った。
店を出た。彼女はサービスだと言って、スコーンを一つくれた。スコーンも大好物だ。早速食べる。歩きながら食べるのは少々行儀が悪いが、今日くらいはいいだろう。
いつの間にかスキップしていた。スコーンが食べにくい。落としてしまわないように注意して食べる。僕は今ならどこまでも行けると思った。
空も、雲も、公園も、電柱も、小鳥たちも、いつもより僕の目に大きく映った。風がいつもより心地よかった。草木が風に揺れるたび、僕の心は弾んだ。
僕は家に帰った。2階へ上がり、自分の部屋に行く。床に腰を下ろし、今日買ったドーナツの袋を開け、眺める。
また、明日会いに行こうかな。
明日もし会えたら、何を話そうか。
ドーナツを指輪に見立て、妄想したりしながら、僕はドーナツを頬張った。
ドーナツ 春雷 @syunrai3333
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