私を連れ去って③

 景と真の二人は明智の案内に従い、ある校舎の前に来ていた。ガラス張りの窓の向こうには学生の姿がちらほら見える。校舎を見つめる景の横を多くの生徒達が抜けていく。そんな中、少し問題があった。


「名取さん、どうするんですかこれ?」

「僕にどうしろと……」


 建物の中を進む景たち三人の後ろには多くの女生徒が集まっていた。

 校舎に入ってすぐに景の存在が噂になってしまったのだ。まだ、校舎に残る女生徒の数名は景見たさに集まったというわけだ。


「笑って手でも振ればいいんじゃないですか?」

「僕はアイドルでも皇室の者でもないのですが」

「良いじゃないですかモテて。長い髪が似合うイケメンなんて中々いませんよ。それこそ中国ドラマの俳優みたいな」

「僕の髪が長いのには理由があります。ただ伸ばしているわけじゃありませんよ……。それに、多田くんこそ顔は悪くないでしょう、さぞ女性に好意を持たれたんじゃないですか?」

「俺が!? こんなのどこにでもいる今時の大学生でしょ」


 真は、髪型さえ整っていればどんな不細工もそれなりに見えると説明した。そんな身のない話をしているうちに、明智の足が止まる。


「ここです……」


 3-A

 明智が足を止めた場所は教室だった。

 中には数人生徒が残っており、放課後のトークに花を咲かせていた。そんな中、景は気にした様子なく教室へと足を踏み入れた。不思議がる生徒たちに事情を説明する明智と真。野次馬根性で集った女生徒たちにも真は仕事だから邪魔しないでくれと注意をした。


 ただ一人、教室で辺りを見回す景。時に天井、時に窓の向こうを見つめ、時に机、黒板を指でなぞる。

 しばらくして景は二人に向き直り、首を横に振った。


「ここでは、片桐さんの想影を視ることは出来ませんでした……。ここには、強い想いが多すぎます。この中から彼女のものを探すのは困難です」

「そうですか……」

「大丈夫だって明智さん。まだ宛はあるんだろ?」

「え、あ、はい」


 宛があるという明智に続いて三人が訪れた場所は、校舎から少し離れた体育館、横にあるプールだ。


「私と硝子は水泳部でしたので、よく来る場所といえばここでしょうか」


 プールサイドへ入る三人。そこには、部活中の生徒達がいた。勿論顧問と共に。


「明智⁉」

喜多村きたむら先生……」


 喜多村と呼ばれた男性は近づく。


「よく戻ってきたな。もう大丈夫か?」

「あ、えっと……その」

「そちらの二人は誰だ?」


 明智は事の経緯を喜多村に話す。

 喜多村はなるほどと納得し、好きなように調べてくれと景と真、二人の捜査を許した。それぞれ真は生徒から事情聴取、景は想影を視ていた。


「名取さん、面白い話が聴けましたよ!」

「僕も少し気になるものを視ました」


 真は、片桐硝子には彼氏がいたらしいと話した。その彼氏は片桐行方不明以来、不登校になっているという。

 そして、その彼氏というのは水泳部の部員でもあるようだ。


「明智さん、片桐さんの彼氏という男性について何か知ってますか?」

「は、はい……。同じ部活でクラスも一緒です」

「名前は?」

紀田きだくんです。名前は、確か……和希かずきだったと思います」


 景は見逃さなかった。紀田という名前を発した明智の影が揺らいだことに。だが、それは僅かで読み取れる程のものでもなく、すぐに消えてなくなる。景は次なるアクションを起こした。


「喜多村さん、紀田という生徒のご自宅はご存知ですか?」

「調べればすぐわかりますけど、個人情報ですのでお教えはできませんよ……」

「なんとかなりませんか?」

「うーむ……。ああそうだ! 新川あらかわ! いるか!」


 人の名前を叫ぶと、プールの奥の方から声が聞こえてくる。


「なんすか!」

「ちょっとこっちに来てくれ!」


 新川と呼ばれた人物は水の中を泳ぎながらこちらに来る。それは見事なクロールで。

 水から顔を出す少年。日に焼けた肌と水面越しでもわかる泳ぐことに特化したような筋肉。少年はよっこらせっとプールサイドに上がった。


「なんすか喜多村先生」

「この人たちを紀田の家へ案内してほしい」

「はぁ……。なんで?」

「俺は個人情報を教えることできないからな。けど、俺も紀田のことは心配だ……。だから幼馴染のお前に頼みたいんだ」

「ああ、そういうこと。で、この人たちなんすか?」


 景と真が来てから、一人来客を気に留めることなく泳ぐ人物がいたが、それが新川だ。


「僕たちは片桐さんを捜す手掛かりがほしいんです。そのために恋人であった紀田さんに話を伺いたいんです」

「別にいいけど……あいつが会ってくれるかわかんねぇぞ。あいつ片桐が消えてから変わったから」


 

 景と真は明智と別れ、代わりに新川と共に紀田家の前に立っていた。紀田の家に着いた頃には陽が落ち、辺りは薄暗くなりつつあった。そんな中、女の子を連れ回すのは危ないと景が明智を帰したのだ。

 新川が家のチャイムを鳴らす。直ぐに女性の声がインターフォン越しに聞こえる。どうやら紀田の母親の様だ。事情を話すと直ぐに玄関の扉を開け迎え入れてくれた。


「和希は一カ月ほど前から部屋に籠ったきりで、一度も出てこないんです」


 リビングの椅子に腰かけ、そう話す母親の顔はひどく憔悴していた。息子が引き籠った理由も周りから聞いて知っていた。


「まさか恋人がいたなんて……。和希、そんな話一つもしないから。でも、その子が行方不明になった頃から……」


 母親は天井を見ながら、ああなったと話す。


「せっかく、のぶくんも来てくれたし一度声かけてくれないかしら」


 信くんとは、新川の事である。新川信文あらかわのぶふみという名前らしい。


「おばさん、一応今日はそのために来たんで、ちょっと声かけてきます」

「ごめんね、お願い」


 親の承諾を得た事で、三人は二階の奥の部屋へと進む。扉の前に立つが、内からは物音ひとつ聞こえなかった。

 景には二階に上がってから、面影が視えていた。それはまさに、この扉の向こうへと続いている。だが、景が気にしたのその面影の質だった。それは、薄く黒い色をした影。景が触れて僅かに感じたのは恐怖の感情だったのだ。

 紀田は何かを怖れていたのだ。


「カズー、俺だ。信文だー! いるんだろ?」


 新川は扉をドンドンと叩く。だが、返事は返ってこなかった。やっぱりだめかとポツリ言葉溢す。新川は諦めて踵を返そうとしたが、景が扉の前に立つ。


「紀田和希くん。僕は名取景と言います。僕はあなたの恋人である片桐硝子さん捜して欲しいと依頼がありここまで来ました。何か知っていることはありませんか?」


 景も同じよう呼びかけるが返事がない。


「名取さん駄目ですよ。やっぱり精神的に参ってると思うし出直しませんか? また、今度は明智さんと一緒に来ましょうよ」


 真が何気ない発言した時、部屋の中で大きな物音がした。加えて、悲鳴までとも言わない何かに怯える様に、来ないで来ないでくださいと繰り返す。目の前の尋常ならざる様子に新川は扉を蹴り開けた。


 そこには、ベッドの端で布団に包まり震える紀田の姿があった。

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