幼日の姉姫④
景と朱音、猿渡は各々近隣住民へ聴き込みを行っていた。景と猿渡は合流し、お互い成果がないことを伝え合う。
「そちらもダメでしたか……」
「くそっ! こんなに見つからねぇなんて……」
そこに、聴き込みを終えた朱音が走って姿を表す。
「あの! 手掛かり見つかりました!」
息も絶え絶えに朱音は成果を伝えた。
「マジかよ! で、どこにいたんだ⁉」
「待ってください! 見つかったのは手掛かりです……!」
「朱音さん、それはどんなものでしょうか?」
「えっと、私、幼稚園に聞き込み行ったんですけど……。そこで、なっちゃんと呼ばれている人を捜してますって伝えたら、保母さんが教えてくれて……」
「子供じゃねぇのか?」
「はい。最初は子供を紹介されたんですけど、ちょっと違って……。その紹介された子供の友達が、お母さんだ!って言ったんです」
「それはつまり……」
「たぶん、その子の母親が探し人の可能性があります!」
朱音からの報告を聴いた景は、捜し人に繋がる情報を手に入れた事に安堵した。
しかし、そんな景とは裏腹に猿渡の表情は青ざめていた。
「母親って……まだそんな年じゃないだろ……」
「え? でも猿渡さんより幾つか年上ですよね?」
「あ、ああ。だけど……」
「朱音さん、少しいいですか?」
景は朱音を呼び一旦、猿渡から離れる。
「すみません……。詳しくはお伝え出来ないのですが、捜し人……彼女に関する事は、今はまだ猿渡さんに聞かないでください」
「どうしてですか? 折角手掛かりが見つかったのに……」
「はい。その手掛かりを元に捜します。しかし、彼女の現在の状況が完全に分かるまでは猿渡さんに伝えないで下さい」
「わ、わかりました……」
「本当にすみません。これは、猿渡さんにとって、とてもデリケートな話になります。もちろん朱音さんには感謝しています。朱音さんがいなかったら、僕たちは彼女の手掛かりさえ得ることが出来ませんでした。……ありがとうございます」
「い、いえそんな! 気にしないでください!」
頭を下げる景に、朱音は大丈夫ですからと頭を上げる様にお願いした。
二人は猿渡が落ち着いたように見えたタイミングで戻り、件の幼稚園へ向かう旨を伝える。先程までの動揺を見せる事なく応じる猿渡。三人は車へと乗り込み、捜し人の情報がでた場所へと景は車を走らせた。
車で移動してすぐ、三人の前には小さな建物がある。横には備え付きの公園があり、遊具も設置してある。建物の入り口からは少し中の様子が見えた。そこには、数人の園児たち部屋の中で遊んでいる様子が見て取れた。
景は先頭に立ち、建物のインターフォンを押す。微かに音楽が流れた後、少し枯れた女性の声が聞こえた。
「はい? どういったご用件ですか?」
「どうもこんにちは。僕は名取景と申します。先程、僕の知り合いがお尋ねしたと思うのですが、その件について詳しくお話を伺う事は可能でしょうか?」
「少々お待ちください……」
そういうと、インターフォンのノイズだけ数秒続き、今度は先程よりも声に張りのある女性が出てきた。
「はい。先程いらっしゃった。井澤さんのお連れ様ですね。どうぞ、お入りください」
そう言われ、インターフォンが切れる。景は二人に行きましょうと眼で伝え、二人もその意図を汲み取った。
入り口の門を抜け、直ぐにガラス張りの扉に行きつく。そのガラス越しに一人の女性がやって来るのが見えた。女性は扉を開け、景たちを迎え入れる。
「どうぞ。お話は中でお伺いします」
小さな応接室に通される一行。目の前には年若い女性が座る。
「こんにちは、私は片岡といいます。井澤さんは先程ぶりですね」
案内を終えた、片岡を名乗る女性は朱音から話を聴いているといった風に挨拶をする。景や朱音、猿渡に対して笑顔を向けるあたり、朱音と同じかもしくは低い年齢ではないかと景は判断した。
「あの? 片岡さん、先程聞いたなっちゃんと呼ばれる女性についてなんですけど……」
「秋奈ちゃんのことですね」
「はい! あのとき母……知ってるって言ってた子です」
「ごめんなさい。今すぐに話を聞くことは出来ないんですよ……。お昼寝の時間で……」
「いえいえ、そんな! 急に押し掛けて来たのはこちらなので、お話を聞けるなら待ちます。ですよね? 名取さん」
「ええ。僕たちが秋奈ちゃんから話を聞くことを許してもらえるのであれば、お願いしたいです」
「……わかりました。15時にはおやつの時間があるのでその時にしましょう」
「ありがとうごさいます」
聴取の約束を取り付け、15時まで時間を潰すことにする。昼食を食べていなかった三人は近くのコンビニで適当なものを購入していた。ここは景の計らいで、だがしやなとりがお金を負担していた。
車の中で昼食をしながら景は話し始める。
「子供一人に大人三人で行くのは威圧感を与えてしまうので一人だけにしましょう。朱音さんお願いできますか?」
「え? 私ですか? 名取さんじゃなくて?」
「私が行くよりも朱音さんのほうがいいでしょう。一度面識もあるみたいですし」
「分かりました!」
朱音は景に頼られたことが嬉しかった。先程は、危うく母親についてなんて聞きそうになっていたが、朱音はそれをギリギリ言い留めたのだ。一方、猿渡は応接室から一言も口を発していなかった。
15時になり、朱音は車を降りる。
朱音が戻るまでの間、景は猿渡に対して大事な話があると口火を切っていた。
「猿渡さん……、僕からあえて言わずとも何となく察しているとは思いますがどうしますか?」
「何をだよ……」
「このまま行くと確実に捜し人に相対する事になります。依頼をキャンセルするなら今が最後です……」
「……」
景の言葉に猿渡は返すことができず、長い沈黙が続く。
朱音が戻る頃には、もう引き返すことはできない。そんなことは、猿渡も分かっていた。だが、彼の中では様々な感情が渦を巻いていた。景には、その感情の渦が視えている。
色の違う絵の具を、雑に混ぜ合わせたような、そんな感情。猿渡がどんな答えを出しても景はそれに答えるつもりでいた。
「俺は……。もう一度……会うって決めてた……。だから、ここで逃げるのは漢じゃねぇよな? 名取さん!」
「そこで僕に振るんですか……。ふふっ、でも僕なら逃げ出しているかも知れません……辛い現実は、耐え難いですから……。そうですね、そういう意味では、猿渡さん立派な漢ですよ」
「はは、ありがとな。名取さん……」
景には視えていた。一度、秋奈という少女を確認した時に、確かに見えていたのだ。あの、サクラソウの咲く広場で消えた、想影が……。
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