第192話「約束の日」
約束のデートの日。
いつものように俺は駅で亜弥が来るのを待っていた。
今日は大事な日だから、この日のために服を新調した。
紺を基調にしたコーディネートだけど、亜弥の目にはどう映っているのだろう。
個人的にはとても良い出来だと思うけれど、これで反応が悪ければ肩を落とすどころではない。
「お待たせ」
亜弥が少しはにかみながらこちらにやってくる。
ロングスカートとブラウスで全身を白に纏い、心なしか彼女背後から神々しい光が放たれているようだ。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」
「なんでもないことないでしょう? それよりどう? この服変じゃないかしら」
頬を桜色に染めて、亜弥が尋ねてくる。
もちろん似合っているし、今までの亜弥の衣服の中で最も美しいコーディネートだと思う。
だけどそんなこと、恥ずかしくて言えるわけもない。
「……変じゃない。すごくいい」
「そう? よかった。あなたのもとても似合っているわ」
さらりと服を褒められ、ほんの少し有頂天になる。
脳内ではもう何発も特大の花火が打ち上がっているが、本心を胸の奥に閉じ込めて亜弥の手を繋いだ。
「行こっか」
「そうね、行きましょう。今日のデート楽しみにしてる」
ふふふ、と僅かに挑発的な亜弥だったけれど、俺の心はそんなことに気を配る余裕なんてなく、バクバクと暴れる心臓の鼓動を宥めることしかできなかった。
電車からの景色もなんだか久しぶりだ。
亜弥と再開してしばらくはよく同じ風景を眺めていたけれど、最近はご無沙汰だったから、なんだか懐かしく感じる。
「今日はどこに連れて行ってくれるの?」
「前行ったあの紅葉が綺麗な場所。近くに桜のスポットもあるんだって。だから一緒に観に行きたいなって」
「あら、いいわね。その前にモールで買い物したいかも」
「いいよ。いくらでも付き合う」
「言ったわね?」
ニヤリと亜弥は不敵な笑みを浮かべた。
まさか大量の買い物をしてその荷物持ちにさせるのではないだろうな。
電車は目的の駅に到着した。
亜弥は早速駅構内のショッピングモールに足を運び、様々な店を渡り歩く。
「買わないの?」
「別に今いらないし、邪魔になるでしょう?」
それもそうだ。
どうやら亜弥はウィンドウショッピングに付き合えと言いたいのだろう。
まだ時間には余裕があるし、こうなることも想定済みだ。
「時間的には大丈夫なの?」
「予約しているものはないし、そういう意味では問題ないかな。でもランチをしようとしてる店の昼限定メニューがあるから、それには間に合わせたいな」
「わかったわ」
と言いつつ亜弥は足を止めない。
次から次へと店に入っては、何も買わずにまた別の店へと赴く。
まるで時間を気にする素振りなどなく、気に入ったものがあれば長くその場に留まるが、それでも買わなかった。
「何か買おうか?」
「大丈夫、間に合ってる」
「そっか」
その後も亜弥は気に入ったものがあるとその商品の前に立ち止まってじっくりと商品を眺める。
欲しいのかなと声をかけるけれど、亜弥はそんなつもりはないらしい。
そういうものなのだろうか、と今度は何も声をかけなかったら、「声くらいかけたらどうなの?」と逆に怒られてしまった。
その通りに声をかけたら「いらない」と言うのだから、多分買う買わないはどうでもよくて、単純に俺をからかいたいだけなのだろう。
現に亜弥は俺を見てケラケラと笑っている。
しかし時間はちゃんと守ってくれたようで、お昼前には「行きましょう」と言って俺の手を引っ張り、バス停に向かった。
本当に亜弥にはいつも振り回されっぱなしだ。
でも、一緒にいて退屈しない。
そこが彼女のいいところでもあるのだけど。
「あなたが見つけたお店、昼限定ってなっているみたいだけど、数量限定ではないのよね?」
「多分。そんなことは書いていなかった。そもそもランチセットが昼限定なんだ。それ以外を頼むと少し高くつく」
「なるほどね」
バスはいつも降りる紅葉のスポットを抜け、別のバス停で停留する。
俺はもちろん亜弥も足を運んだことがない場所らしく、物珍しそうに周囲をキョロキョロと見渡す。
元々この街は紅葉の景色でとても有名だが、桜の隠れた名所としてもネットに名前が挙がっていた。
訪れたのは公園の通りだけど、それでも綺麗な桜が並んでいる。
「こんな場所があったなんて」
「俺も調べるまで知らなかったよ。また夏海ちゃんと一緒にお花見したいね」
「そうね。お弁当を作る腕が鳴るわ」
亜弥は写真をスマートフォンに収めていく。
しかしこんな綺麗な風景、写真では到底再現できないだろう。
「綺麗ね……」
彼女が呟いた。
君の方が綺麗だよ、なんて気の利いたことが言える度胸でもあればよかったのだけど、残念ながら俺にそんなキザな台詞は言えない。
もしそんなことを口にしようものなら恥ずかしくて爆発四散してしまうだろうし、そもそも亜弥にからかわれかねない。
そうだね、と相槌を打ち、俺は彼女手を繋いだ。
「さ、近くに洋食屋さんがあるはずだから、そこでお昼を食べよう」
春の陽気が気持ちがいい。
それは亜弥の温もりを直に感じているからだろうか。
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