第118話「先生という仕事」

 夏海ちゃんの文化祭があるということで、俺はこっそりと客席に向かった。

 体育大会の時は歓迎されたのに、文化祭ではあまりそうではない。

 というのも、やはり合唱コンクールがあるためそれが恥ずかしいのだろう。

 家庭教師の時にも「先生は来ないで」と散々念を押されたので、よっぽど来てほしくないみたいだ。


 まあ、行くけれど。


「やっぱり来たのね」


 俺が体育館に向かうと、亜弥が入口のところで呆れたように笑いながら出迎えてくれた。


「多分バレたら怒られそうだけど」

「果たして怒られるだけで済むかしら」

「怖いこと言うなよ」


 まあ、それも甘んじて受け入れよう。


 ただ、今回足を運んだのは夏海ちゃんのクラスの合唱だけが目的ではない。

 夏海ちゃんが通っている学校の文化祭には、学年発表というコーナーがある。

 1年生の場合、自分の名前の意味や過去の自分などを調べた自分史新聞の発表、そして2年生は先日の職業体験のまとめの発表だ。

 ちなみにだが、3年生の場合は、このコーナーがなく、代わりに学年での合唱が通例となっている。


 そして、発表する生徒は何名か選ばれるのだが、なんと夏海ちゃんが選ばれたみたいだ。

だから夏海ちゃんは去年よりも来てほしくないと強く反発していたのかもしれない。


「もうすぐ夏海たちの合唱が始まるわ」


 亜弥は俺を催促し、体育館の中に入る。

 中は中学生のMCが壇上でマイクを握り、次に合唱を発表するクラスの紹介をしていた。

 夏海ちゃんたちのクラスだ。すかさず亜弥がビデオカメラをステージに向ける。


 雛壇で立っている夏海ちゃんの表情はかなり引きつっているようだった。

 かなり緊張しているな、とニヤニヤしながら俺は夏海ちゃんを見守る。


 課題曲も自由曲も、夏海ちゃんはちゃんと歌い切った。

 口パクで済ましているか、と少し疑ったが、歌っている際に少し納得のしていない様子を所々確認できたので、ちゃんと声は出していると思う。


「今回も特訓したの?」

「したわ。今年の自由曲、すごく難しくてね。夏海も苦労してたみたいだけど、なんとか乗り切れたわね」


 ひそひそと俺達は声を潜めて会話をする。


 その後、他のクラス全ての合唱が披露され、学年発表のコーナーになる。

 選ばれた生徒たちがパワーポイントなどを駆使していろんな体験や発見を発表していく。

 おそらくこの資料は同じ職場のグループみんなで作ったものなのだろう。


 ペコリ、と女生徒が下がり、夏海ちゃんの番になった。

 不思議と、合唱の時ほど顔は引きつっていない。それほど緊張していないということなのだろうか。


「私は、小学校に行ってきました」


 いつもの淡々とした口調で、夏海ちゃんは堂々と発表する。

 こういう舞台で凛とした態度を見せるのもやっぱり親子だなあ、と隣でじっと見守る亜弥を眺めながら思った。


「私は、まだ将来どうなりたいとか、どんな自分になっていたいとか、よくわかりません。小学校を選んだのだって、友人が行くから、と言う理由でした」


 そこまでぶっちゃけるか、と内心ヒヤヒヤしている。

 基本的に夏海ちゃんは裏表がない子だけれど、さすがに時と場合を覚えてほしい。


 彼女は続けた。


「初めは教師という仕事、学校という職場にあまり興味がありませんでした。それまでのイメージは、やることが大変で、残業も多くて、給料も少ない。というマイナスなものばかりです」


 クスクスと会場のどこかでチラホラと笑いが起きる。

 無理もない。調べた仕事のネガティブキャンペーンをしているのだ。滑稽にも映るだろう。


 でも、と夏海ちゃんの言葉で、会場の空気は少し変わった。


「私はこの職業体験を通じて、いろんなことを学び、見えてこなかった教職の新たな発見を見つけました」


 そう言って夏海ちゃんはスライドショーを用いて教職の説明をしていく。

 どういう仕事か、どうやったらなれるのか、1日のタイムスケジュール、なんと給料までも大々的に発表していた。

 給料のところでもやっぱり笑いが起きた。


 これを小学校に行ったみんながまとめたものなのか、それとも夏海ちゃんのソロプレーなのかはわからないけれど、しかし夏海ちゃんの発表に会場は引き込まれていった。

 特段話し方が上手いわけでもない。

 むしろ、たどたどしくて、話し方自体は他の生徒たちとほとんど差支えがない。


 では彼女と他の生徒との明確な違いは何か。

 堂々とした立ち振る舞いだ。

 ピンと背筋を張って、全体を見渡すような真っ直ぐとした目をして、不安というものを微塵も感じさせない。

 これを合唱の時にやってくれたら、といったら怒られるだろうか。


 あとは話の構成もあるだろう。

 普通に説明するのではなく、まずネガティブな部分をさらけ出して周囲の興味を引く。

 すると、発表も自然と入っていく、という算段だ。


 あとは、夏海ちゃんがもともと持っていた観察眼もここで活かされていた。

 体験中の細かな出来ことをエピソードとして語っていくので、非常に面白い。

 よくこんな風にまとめられたな、と関心しながら話を聞いていると、夏海ちゃんはさっきよりもキリッとした表情を見せる。


「実は、私には家庭教師の先生がいます」


 ……俺のことだよな?


 なぜ俺のことが出てくるのか、亜弥の方を見てしまった。

 亜弥も、まさか発表に俺が出て来るとは思っておらず、同じように目を丸くして向かい合う。

 やっぱり、夏海ちゃんは何を考えているのかわからない。

 途端に背筋がぞくっとした。

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