第106話「面談」
お盆が明けてしばらく経った頃、俺は1枚のメモを基にとある場所へと足を運んでいた。
「ここか?」
メモに記されていたのは、雄星くんが住んでいるマンションだ。
数日前、誠司さんから、向こうの学校の松坂先生が雄星くんのところに家庭訪問をしに伺うらしい。
その際、是非一緒に来てほしい、とのことだ。
「え、お邪魔じゃないでしょうか」
「いえ、是非あなたにお越し頂きたいと」
「えっと……亜弥と一緒に伺うのは可能ですか?」
「もちろん」
即答だった。
これはそもそも亜弥と和泉との問題だったはずだ。だから、決着をつけるなら今しかない。
「わかりました。では住所を今から言いますので……」
そうしてメモを取ったのがこの場所だ。
それなりに立派なマンションで、亜弥たちが住んでいるところよりも綺麗なたたずまいをしている。
「ああ、佐伯さん。遠路はるばる申し訳ない。おや、今日はお1人ですか?」
「ええ。仕事の都合がどうしても合わないらしくて」
向こうの方から、松坂先生が誠司さんと一緒にやってきた。
この暑い中でスーツを着るその根性はさすがとしか言いようがない。
まあ、俺も同じなのだけれど。
「では、行きましょうか」
俺は2人について行った。
なんだか妙な緊張感が肌を刺激する。
さすがに初めて亜弥の家に行った時よりは随分と落ち着いているけれど、何とも形容しがたい独特な雰囲気が既にあった。
ピンポーン、と松坂先生がインターホンを押す。
今更言うのもアレだが、1対3というのはかなり圧迫感がないだろうか、とふと疑問に思ってしまった。
とた、とた、と少しおぼついた足音がドア越しに聞こえる。不安感はより不気味さを纏った。
ガチャリ、とドアが開くと、そこにいたのは変わり果てた姿の和泉だった。
目は虚ろで髪はボサボサ、顔つきもかなり痩せこけていて、その立ち振る舞いには相手を威圧するようなオーラは何処にもなかった。
「……どうぞ」
彼女は俺達をリビングに通した。
よく見てみると、真夏だというのに長袖の上着を羽織っている。
この前中学校に乱入した時はちゃんと半袖を着ていたはずなので、この家庭内で何かが起きていることは間違いない。
家の中はかなり綺麗にされていた。
塵ひとつ許さぬ、といった具合になっていて、それが逆に不気味さを駆り立てる。
それに、外はこんなに晴れているのにカーテンは閉まったままだった。
「それで、今日はどんなご用件で?」
和泉は冷蔵庫からお茶を取り出しながら、ふてぶてしく尋ねてきた。
「あなたの息子である雄星くんと、上手く家族関係ができているのかどうか調査したくて」
「できてますよ。まあ、あの日雄星から殴られたのは驚きましたけど、それ以来仲はいいんです」
淡々と返した。その言葉が作りものだということくらいすぐにわかる。
「ところで、どうしてアンタまでいるの?」
ギロリ、と和泉は俺を睨んだ。
覇気はないが、その分禍々しさというものが付与されたように思える。
「一応無関係ではないから」
「じゃあどうして亜弥はいないの?」
「仕事だ」
コトン、と和泉がお茶をテーブルに人数分置く。しかし誰も彼女が出したお茶に手を付けることはなかった。
ギスギスした空気が部屋を支配する。
「それで、今雄星くんはどちらに?」
「部活です。もうそろそろ帰ってくるかと」
和泉がそう言葉にした瞬間、ガチャリと玄関のドアが開く音が聞こえた。
それと同時に、和泉がびくりと身体を震わせていた。
静かな足音がこちらに近づいてくる。
彼女の身震いもだんだん激しくなっていった。
「……どうも」
雄星くんはこちらに顔を見せると、ペコリと頭を下げる。
しかし眉一つ動かず、これはもう彼の表情は完全に死んでしまった、と言っても過言ではない。
対して和泉は雄星くんから目を逸らし、ガクガクと震えている。
こんなの、健全な親子関係のそれではない。
雄星くんも自分の母親を視界に入れようとせず、冷蔵庫からお茶を取り出し、コップに注ぐ。
お茶を飲み干した彼が自室に戻ろうとその場を離れようとした時だった。
「ちょっとこっち来い」
松坂先生は雄星くんを手招きする。
彼はそれに不快な表情を見せることなく、しかし態度からはわずかに嫌悪感のようなものが窺えた。
「お前、お母さんのことどう思ってる」
単刀直入に、彼は雄星くんに尋ねた。直球勝負だ。
その問いを受けた雄星くんの表情は全く変わらなかった。
「大嫌いです」
部屋の中に、静かで、残酷な言葉がナイフのように飛び出した。
その刃の先は、当然和泉に向かっている。
さっきいまでガタガタと身体を震わせていた彼女は、雄星くんの言葉を受けてピタリと硬直し、彼を凝視した。
和泉の視線を感じた彼は、彼女に冷たい目を向ける。
まるで人を人と思っていないような、そんな目だ。その威圧感に俺まであっとうされてしまいそうになる。
「昔からずっと嫌いでした。ああしたほうがいい、こうしたほうがいい、そんな自分の感情を押し付けてばかりで、おまけに気に入らないものに対してすぐ攻撃的になって、正直、自分の親だって思いたくないです」
中々にヘビーな言葉が彼の口から放たれる。
教師陣2人は雄星くんの言葉を遮ることなく、黙って彼の話を聞く。
そして、刃の矛先にいるただただ絶望を具現化したような表情を浮かべていた。
異様。
今のこの空間を形容するなら、この言葉しか思い浮かばなかった。
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